1050 もみ消し
「ねえ……知ってた? 悪事っていうのはもみ消したり、隠したりできるものじゃない? でもね、功績っていうのは中々存在をもみ消すのが難しいものでね。それを思えば、悪事よりもむしろ厄介なものなのかも、しれないよね……」
ふう、と窓の外を眺めると、胡乱な視線が寄越される。
『何を言っとるんじゃ……。そもそも功績をもみ消す必要がどこにあるんじゃ』
ここにあるんだよねえ。
だって、きっとまたガウロ様が頭を抱えることになるもの。
「だってさ……本当にどこに転がってるか分からないんだよ? 注意していたはずなのに……」
『だから何の話かの。ワシの知ってる功績とは違うようじゃの』
「多分合ってるけど」
「合ってるとおかしいのう……」
チル爺が深々と溜息を吐いた。
何もおかしくないよ。気を付けた方がいいよ、チル爺も。
今日は、オレだけ秘密基地で妖精さんたちと遊んでいる。
だって、サヤ姉さんが妖精さんサイズだって言うもんだから、試してみたくなるよね?
アンニュイなオレたちを尻目に、妖精トリオはきゃあきゃあ言いながら試作品の武器をあさっている。
『ぶき、おもーい!』
『みてみてー、かっこいい~?』
『ゆーしゃさまみたい~』
「振り回したら危ないよ? 気を付けてね!」
……とは言え、もったりもったり扱う、切れない剣では怪我をしそうな気はしない。
「ぬいぐるみサイズだと、ちょっと大きいかな? 妖精さんにピッタリサイズだと面白いよね」
『我らに武器は必要はないがのう~。身体を使うのは向いとらんからの』
「じゃあ、用途はおもちゃくらいなのかな?」
『そうなるのう』
そう言えば、前世ではミニチュアというのは、それこそただのおもちゃだったけれど。
でもこの世界では妖精さん用として、普通に需要が――
「ああっ?!」
『な、なんじゃ?!』
突如頭を抱えたオレに、チル爺が飛び上がって退避する。
いや……大丈夫。
ここには誰もいない。今ならまだ、もみ消せる。
何事もなかったように咳払いして、にっこり微笑んだ。
「ううん! これね、ぬいぐるみ用としてどうかなって。そうだ、チル爺たちもいるんだよ?! まだ見せてなかったよね!」
『何のことじゃ……? はっ! 厄介ごとか? 厄介ごとなら言うでないぞ?!』
サッと耳を塞いだチル爺に、むっと頬を膨らませる。
ぬいぐるみのどこが、厄介ごとだって言うの。
『厄介ごとでないとも言えないのが、なんとも……ね』
ま、まあ、それであれこれ奔走したりしているわけですが。
サッと取り出した、マリーさん作、妖精トリオ&チル爺ぬいぐるみ。
ついでに、オレぬいぐるみも取り出しておく。
マリーさんたち、さすがの器用さだ。オレたちのぬいぐるみよりもひとまわり以上小さな、妖精さんぬいぐるみ。トリオのカラーリングもばっちり、チル爺のおひげもバッチリの仕様となっている。
カチャカチャン! と金属音が響き、妖精トリオが武器を取り落とした。
ついでに、チル爺が杖を落としている。
4対の瞳が、オレの手に釘付けだ。
あ、あれ……? そんなに?
「えっと……これ王都で流行る……予定のぬいぐるみなんだけどね。みんなの分もあればいいかなって」
呆けたように見つめる視線の先は、しっかりと固定されたまま。
観念してそうっと差し出せば、ふらふら飛んできた妖精さんたちが、各々のぬいぐるみに手を伸ばした。
『こ、これは……これは……なんと』
『わ……』『ぬいぐるみ……?』『ふわわあ……』
おずおず伸びて来た小さな手に、それぞれ渡してあげると、しばし無言で眺めて抱きしめた。
か、かわいいな。ちっちゃな妖精さんが、おんなじぬいぐるみを抱っこしている。
オレたちにはとっても小さなぬいぐるみだけど、妖精さんたちにすれば、抱きかかえるサイズ感。
こんなに喜んでもらえたこと、マリーさんに伝えたら、きっと何よりもご褒美になるだろう。
妙に静かな妖精さんたちを眺めながら、ついにこにこしてしまう。
『こ、これは由々しき事態じゃぞ?!』
『そうじゃぞ!』『とんでもないじゃぞ!』『ゆゆしいじょ!』
最後は、ちょっと違うと思うけど。
やっと衝撃を通り越したらしく、大興奮して飛び回る妖精さんたちが、オレに詰め寄って来る。片手にしっかりとぬいぐるみを抱いて。
「何が由々しいの? かわいいでしょう?」
『かわいいが過ぎるわ! こんなものが世に出た暁には……』
『だいすきー!』『せかいいちかわいいー』『みてみて、かわいー!』
大はしゃぎの様子に、くすくす笑う。まさか、チル爺までこんな興奮するとは。いや、チル爺は割といつでも興奮してたかな。
『それだけでないわ! 見てみよ! このワシのなんと賢そうな……! つまり、ワシもかような衣装をまとえば……!!』
『どれす!』『ふく、きてる!!』『もっとほしー!!』
「ああ、服はマリーさんが張り切っちゃって。いつものシンプル衣装もあるよ!」
妖精さんらしいシンプル衣装だけでは耐えられなかったマリーさんが、ドレスやら礼服やら、異様に凝ったものを着せてくれた。小さければ小さいほどかわいいのだとか。分かるような分からないような。
『シンプルより、こっちの方が良いに決まっておる!』
「そうなの? じゃあどうしてチル爺はいつもそのシンプル衣装なの?」
何気なく、聞いたのが悪かった。
キッと視線を険しくしたチル爺が、オレの顔に突進してくる。
『お主! ワシらが好き好んでこれを着とると思っとるのか?!』
「ええ……そりゃそうでしょう」
『聞いとらんかったのか! ワシらは、身体を使うのに向いとらん、と……!!』
鼻先で指を突き付けてくるチル爺に、首を傾げた。
「も、もしかして……妖精さんって、裁縫とか工作が苦手……?」
身体を使うって、そういうのも入るの?! あの、自然派な住居や生活って……もしかしてあれ以上には技術的にできないとか、そういう……?
「アクセサリーだとか、そういうのがないのも……?」
チル爺が、重々しく頷いた。
『いいのう、こやつは……。こんな、美しく高価そうな衣装を……』
『これ、きてみたいー』『おなじふく、むずかしい?』『どれすー!』
うっとり衣装を撫でるトリオに、うっと呻いた。
妖精さんよりも小さなぬいぐるみの衣装が作れるんだから、妖精さんサイズが作れないはずがなく……。
『できない……?』『むり……?』『だめ……?』
ううっ……!
潤むつぶらな瞳から視線を逸らすと、チル爺と目が合った。
『そうか……やむにやまれぬ事情があると見た。うむ……うむ。仕方あるまい。夢は、夢であるから美しい……そういう、儚いものなのじゃ』
そっと、視線を下げて、名残惜しそうに衣装を見つめる。
「わ、わかったからぁ!! きっと、作れると……思う……」
『『『やったーー!』』』
『本当かの?! なら、ワシの方はさっそく里ぐるみでの取引体制を――』
「どうして……こうなっちゃったんだろ」
もみ消したはず……気を付けたはず。
いそいそ立ち去って行った妖精さんたち。
その光が消えた後を、オレはただ茫然と見つめていたのだった。






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