1046 普通の人
シュランさんから聞いた情報を元に、少し王都からは離れた森へと急ぐ。
ただの討伐ならいざ知らず、今回は種類が多いし、都度お目当ての魔物や素材を探す時間がかかるもの。
シロの『ちょっと駆け足』で、さり気なさを装いつつ馬車のトップスピード程度を維持する。
ココ博士によると、お目当ての素材は概ねその森か、途中の草原でなんとかなるらしい。
「あの……あなた方が規格外に強いのは知ってるんですけども。ええ、身をもって。でも、僕は一般人で、普通の人間なんですよね」
効率よく素材をとってくるためのシミュレーションをしていたココ博士が、ふいにメモ用紙から顔を上げて僕たちを見た。
「それは、もちろん知ってるよ?」
「僕らが普通の人間じゃないみたいな言い方~」
「任せろ! ちゃんと守るから! ユータが!!」
まあね、タクトは最前線に行く都合上無理だろうけども。
「そ、そうは言ってもですね……これから行く場所は魔物がすごく多くなってるんです! もし僕の想定以上だった場合、数の暴力で押し切られる場合もあるでしょう?」
ココ博士の真剣な瞳に、オレたちも顔を見合わせた。
「数の暴力かあ……どのくらいならダメだと思う?」
「数とかどうでもいいだろ、単体の強さじゃねえ?」
「僕が思うに~、どんなに数がいたとて、僕らの周囲の空間には限りがあるわけで~」
確かに。あのカニだかクモだかの時だって、割と空間を埋めるくらいいたけれど、別に脅威ではない。
「何言ってるんですか。たとえゴブリンでも、群れが押し寄せた時の恐ろしさは計り知れません!」
「ああ……まあ大変だよねえ」
以前の『統率者』の件を思い出し、オレたちは揃って苦笑した。
「とりあえず、ゴブリンクラスなら100でも1000でも大丈夫。心配ならモモを預けておくね」
「え、どうしてフラッフィースライムを……?」
「モモは、特別なスライムだから、シールドを張れるんだよ」
「……えっと……ここは、僕笑うところでしたか……?」
違いますけど?! 律儀な顔でおずおず聞いてくるココ博士に、タクトが腹を抱えて笑っている。
『まあいいわ。実際活躍を目にするまでは、ってやつよね』
まっふと跳ねたモモが、活躍の機会を狙っている。できれば、活躍しなくていいのが一番なんだけど。
『僕に乗っていたらいいよ。僕、ちゃんと危なくないように避けるからね』
水色の瞳を煌めかせながら、シロが振り返ってにっこり笑う。
「うん、お願いするね!」
オート回避機能付きのシロに乗って、万が一はモモが弾く。これで、ココ博士の安全は確保された。
「確かにシロに乗っていれば、逃げられそうではありますけど……本当に僕、死んじゃうので気を付けてくださいね?!」
「うん、大丈夫!」
任せろと笑ったオレに、ココ博士はとても疑りぶかい視線を寄越したのだった。
――討伐対象について、道中事細かにレクチャーを受けたものの。
「あれっ、どっちだっけ?! ミズリヤがツノだっけ?! それとも爪?!」
「つ、ツノはスズガヤです! ミズリヤは爪っ……うわああ?!」
あ、爪か。じゃあ剣で受けない方がいい、と避けたら、傍らのココ博士が悲鳴を上げた。大丈夫だって、拳ひとつ分以上開いている。かすりもしないから。
「なあ、こいつはー?」
「いやあぁあ! なんで生け捕りっ、持ってこないでぇ! 僕が討伐される!!」
一体何を掴んで持ってきたのか。刃物のような触手がのたうって、ビシバシタクトを打っている。気にしてないところを見るに、大丈夫なんだろう。
でも、オレだってそれは嫌!
なんでこんなに確認が必要かって言うと、分かりやすく角やら毛皮やらじゃなく、内臓が素材だっていうパターンの獲物がいたから。
抜き放った両の短剣で、右へ一閃、回転と同時に左へ一突き。
全体重を乗せて刃を押し込みつつ、浮いた足で飛び掛かって来た一体を蹴り上げた。
思った通り、増えるのは小~中クラスの魔物ばかり。
ただ、以前のように1種類ではないだけありがたい。
「なんかさあ、最近こんなんばっかじゃねえ?」
「確かに……魔物にまみれてるよね」
「お、お、お、多すぎますよね?! ひ、引いて下さい! このままでは全滅しますっ!!」
ひっきりなしに悲鳴を上げているココ博士が、縋るようにオレたちを見た。
「さすがに全滅はさせねえと思うけど……」
「うん、多分大丈夫じゃないかな……多分だけど」
「へ?」
間抜けな顔を晒して、オレたちの視線に釣られるように森の一角を見る。
「うふふ、狩り放題、狩り放題だね~。次、次、次~。タクト、早くしてくれる~?」
うん、無双してるね。
唯一、ココ博士に頼らずに素材を判別できるラキは、森へ入った瞬間から、違う人になっている。
「お前! 自分で拾いに行けよ!! 俺だって討伐してえのに!!」
ちょっと人に見せてはいけない種類の表情で、砲撃魔法を乱射しているのは、決して穏やかに微笑むオレたちのリーダーじゃない。
『俺様、わりといつもこんなリーダーだと思うんだぜ』
……確かに、なんて口にしてはいけない。
なんて言ってるものの、周囲は結構な数の魔物。普通、魔法使いが前に出る場面じゃない。
素材目当てに丁寧に狙撃していると、あっと言う間に他から距離を詰められる。
「ラキ、周囲も攻撃しないと危な――」
「邪魔、だね~」
形ばかりの微笑みが、その唇に浮かんだ。細編み加工、と静かな声が聞こえた気が……して。
「わっ?!」
「ぬあああ?!」
『避けるよっ……あっ』
ドッ、とラキの周囲へ一斉に放出された砲撃魔法。
ラキらしい、緻密で正確な幾何学的模様を描くような魔法。
ただ、ただね?! オレたちも周りにいるから?!
「お前、俺を殺す気かよ?!」
「死ぬわけないじゃない~、こんな些細な攻撃で~」
「けど、当たったら痛いからな?!」
「いやいやいやオレは死ぬよ?! 普通に!!」
「当たったらの話でしょ~? ユータは当たらないじゃない~」
そうだけど! そうじゃないよね?!
そうこうしている間に、落ちて来たココ博士はきちっとシロにキャッチされた。
どうやら、咄嗟のシロ機動についていけなかったらしい。
「ほら、よくあるでしょ? こういうこと」
背中だと危ないと判断したシロに咥えられ、ココ博士はまるで人形のようにぶらぶら揺れていた。






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