1038 審判の時
ガラガラ小気味よい音を立てて石畳を行く馬車の中、オレはそわそわと窓の外を見回していた。
「……逃げんなよ」
不貞腐れた低い声に釘を刺され、ギクリと肩が跳ねる。
そんなまさか、カロルス様が頑張ってるのにオレだけ逃げるわけないじゃない?
でもさ、もしかすると精霊さんに攫われちゃう……なんて不可抗力が起こるかもしれないわけでね?
だけど、そんな時に限って空気を読まない風の精霊さんは、全然やって来ない。
「ユータちゃんも今後、度々訪れることもあると思うの。今のうちに慣れておいた方がいいわよ」
「確かにな。お前は、俺よりよっぽど呼び出しが多そうだ」
ふふん、と笑う大人は、あからさまに俺に八つ当たりしてるよね?!
「ユータ様は、どうしてお城がお好きじゃないんでしょう。マリーは、日課としてユータ様を着飾って練り歩きたいくらいなのですが」
やめてね?! オレも怒られる! 果たしてマリーさんを怒ることができる、ツワモノがいるかどうかは置いといて。
「なんで僕まで……。研究が僕を待っているっていうのに」
ご機嫌ナナメな王子様が、唇を尖らせて書類を読んでいる。多分、研究関連の資料だろう。
何でも適当だと思っていただけに、こんなにマトモに研究しているなんて、意外でしかない。
「……すごく失礼な気配を感じるんだけど?」
「そんなことないよ! 黙って書類を眺めていれば、賢そうに見えるなって思っただけ!」
「そう? ありがとう」
「お前それ、褒められてたか……?」
馬車内でご機嫌なのは、オレを膝に抱っこするエリーシャ様と、前の席から瞬きもせずにガン見しているマリーさんだけだ。あの、マリーさんちょっと怖いです。
「ユータはともかくさ~、僕はいらなくない?」
まだぶつくさ言うセデス兄さんを、じとりと睨み上げる。
「何で中心人物が除外されると思ったの?! 元凶はセデス兄さんでしょう?!」
そう……オレたち一同は、今、王都にいる。
まさに、城へ向かう馬車の中。
……なんで早々にバレたんだろう。
しばらくはバレないと思ったのに。
何が悪かったんだろうなあ、とぼんやり思い返してみる。
やっぱり、ラキのストーリー仕立て岩壁レリーフが楽しめる、『天使教教徒必見! 休憩所』がダメだったんだろうか。いや、もしかして巨大天使胸像とその手を柵代わりにしたアイディア作『天使様の手の内・休憩所』の方だろうか。
違うな……タクトリクエスト、『おひとり様OK☆闘技場付き・BBQ設備完備休憩所』がドン引きされたのかもしれない。
それとも、『全室個室・無料大浴場付きラグジュアリー休憩所』が――
『それね』
『俺様、それだと思うんだぜ』
『スオー、それだと思う』
『それでしかないな』
一斉攻撃を受けて、むっすり頬を膨らませる。
オレのは、普通だったでしょう?! 奇抜でもなく、ごく一般的なニーズに応えたものでしかなかったじゃない!
「どう考えても、お前らなんだよなあ……。つうか、俺は関係なくねえか?」
「関係ないわけないわよね? 父親かつ領主様?」
にっこり微笑んだエリーシャ様に、カロルス様が急いで窓の外へ視線を逃がした。
「ばっちり、ロクサレンの銘が刻まれてましたしねえ。マリーは、セデス様とユータ様の治世を世に知らしめる良い機会だと思います!」
鼻息も荒いマリーさんに、オレとセデス兄さんが無言で視線を交わした。
「僕ら、まだ何も治めてないんだけど……」
「ええ、治める前からの手腕、素晴らしいです!」
きらきらの笑みが返され、乾いた笑みが浮かぶ。
「お前らの代、ヤバそうだな。俺は関係ねえけど。さあ、とっとと領地譲って、森の中にでも引っ込むか!」
心底嬉しそうに言うカロルス様を見上げ、ちょっとむくれる。
「……カロルス様、離れちゃうの? オレたちを置いて?」
ちら、とオレを見たセデス兄さんが、儚げに視線を流して追随する。
「しょうがないよ、ユータ……。父上には、父上の夢があるんだよ。僕らは……ただ笑顔で送り出さなきゃ。たとえ、胸の内で滂沱の涙を流していようとも」
「そっか……。寂しいなんて、自己中だったね。うん、オレは頑張れるよ。でも……でも、できればその時は、遠い方が嬉しいな……」
お散歩を断られたシロの顔で、切なく笑ってみせる。高々と上がっていたしっぽがへろりと垂れ、『うん……そっか、大丈夫。僕ね、次のお散歩まで我慢するね』そう健気に告げて笑う、水色の瞳を再現しようと試みる。
「うっ……お前ら……! それは卑怯じゃねえか?! クソ……長く務めりゃいいんだろ?!」
まんまと頭を抱えてうずくまったカロルス様に、オレとセデス兄さんは視線を交わしてにんまり笑った。
そして、残り二人はいつも通り静かに昇天していたのだった。
「――でもさあ、結局何を話すの? オレ、幼児だよ?」
なんだかそこそこ慣れてきた気のする豪奢な部屋で、不満を口にする。
「都合のいい時だけ幼児になるな」
「オレはいつも幼児ですけど?!」
遠慮なくテーブル上のお菓子を食べながら、カロルス様がだらけている。
以前、カロルス様誘拐? 事件があってからというもの、お菓子に釣られてほいほいついて行ってしまう大人には、こうしてたっぷりお菓子が用意されているらしい。
「うーん、直接話を聞きたいのは多分、ガウロ様ね。彼なら、対魔物の色々も聞きたいだろうし」
「それはセデス兄さんに聞くことで、オレじゃないよね?」
ガウロ様ならまあいいか、と思いつつ頬を膨らませる。
「何言ってるの、実際実験データを集めたのはユータでしょ?! しかも、一般向け『超絶!魔物退散君』を考案したのもユータだし」
「考案してないよ?! こういうことがあったって言っただけ! あとその名前やめない?!」
「あくまで仮称だから。『スペシャル・魔物退散君』でもいいかなと思ってるよ」
やめてほしいのはそっちじゃない! いやそっちもだけど! 王子様フェイスでその仮称を口にするリスクを考えてほしい。
「ユータちゃんには、もちろん辺境のあれこれよねえ……」
うふふ、と笑うエリーシャ様から圧を感じる。
「で、でも善意で休憩所を作ることは、罪じゃないっていうか……。場所だって、他人の治める土地でもないし……いいことかなって……」
もそもそ言い募るオレのセリフ、何ら間違ってないと思うんだ。
貴族の息子が、私財と使える力を使って慈善活動をする。それは、褒められこそすれ、怒られることではないはずだ。
『使える力が、ねえ……』
『主ぃ、何事も限度ってもんがあるんだぜ!』
だったら、その時に止めてよね?!
「何があったら、辺境の休憩所巡りツアーなんかできんだよ……」
「大変らしいわよ? 取り仕切る大本があるわけじゃないから、休憩所に入りきらない人たちからのクレームが……」
「マリーは素晴らしいと思います! ツアー同行のために、そこらの冒険者のレベルは各段に上がったそうですよ! 天使教信者も格段に増えたとか」
「あー、僕も聞いた。安全で快適な休憩所を拠点に、利用者がぐんぐん実力を伸ばしてるんだって? 一気に辺境に人が増えたもんだから、各貴族が土地を狙って大変みたい」
えっと……それってオレのせいってわけでも……。
ほら、そういうのって科学と似ているよね。
使う人によって、科学技術っていうのは良い物にも悪い物にもなり得るっていう……ね?
『ね? じゃないのよね……』
『俺様、ちょっと無理があると思うんだぜ』
マリーさんしか味方のいない部屋の中、オレは審判の時を待って汗を垂らしていたのだった。
わちゃわちゃしてますね……






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