1036 今回の被害者
ひとまず明日からの構想も練れたし、王都の広場にでも飾るのかというゴージャス天使像を作りそうなラキを止め、さて寝ようかと思ったところで、何かを忘れているような気がしてきた。
『あら珍しい、忘れたことを思いだす時もあるのね?!』
『主ぃ、進歩なんだぜ!』
喝采を浴びながら、不服しかない。
「オレだってちゃんと覚えてる時はあるよ! それで、今は何だっけ?」
『覚えてないだろうが』
今は! 覚えてないの。人間、そういう時もあるよね。
『スオー、ラピスたちの――』
あくび交じりに言いかけた蘇芳を遮るように、ふっと視界が陰った。
――お待たせしたの!
弾む声音とともに、休憩所脇にズズンと重い音が響いた。
あああ! そう、そうだった!! ラピスたちに依頼を……いや、こんな依頼はしてないよね?!
「え、え、どういうこと?! 大物を見つけにいく話だったはずだよね?! スパイスの効果があるかどうかって……」
なのに、なんでその『大物』が物言わぬ姿となって転がされているのかな……?
「あ、アリス?!」
頼みの綱のアリスを見上げれば、困惑顔をしている。
そういう話だったの? なんて思考が伝わって来る。そ、そういえばアリスには対象となる魔物を確認してもらっただけだった……。
「あの、ラピス? 討伐してくる話じゃなかったよね?」
――知ってるの! スパイスを嗅いでもらった上で、攻撃を受けたから討伐したの!
うん、まあ、そりゃあ攻撃は受けるよね。
「魔物の反応を知りたかっただけなんだけど……」
だからこそ、ちゃんと匂いに反応しそうな、虫や植物系じゃない獣系大物にしたのに。
一応、戦闘を考慮して美味しくいただける魔物にはしてあるけれど。
『考慮すべき部分が違うのよね』
『いやいや俺様、それは重要な視点だと思うんだぜ!』
チュー助と意見が合致してしまって、ちょっぴり自信をなくしつつ、大きな魔物をひとまず収納しておく。
「一応聞くけど、スパイスを嗅いでいただいて、その反応は?」
――分からないの!
清々しいほどにきっぱり言い切られて、がっくり膝をつく。
そうだよね、そうだと思った。
「あのねラピス……じゃあ、魔物を見つけた時点でオレを呼んでほしいなって……」
――分かったの! もうひと狩りしてくるの!
やめて、狩らないで?!
張り切るふわふわ毛玉をなんとか押しとどめ、あくびを噛み殺して小さな破壊神を撫でた。
「じゃあ、次は魔物がいた時点でオレを呼んでくれる……? でも、今日はもう遅いから――」
――分かったの! じゃあ、さっそく向かうの!
「……えっ。でも、また魔物を探さなきゃいけないから……」
――問題ないの! いっぱい予備を確保してるの! でも、いらないなら――
「あ、ありがとう! よしっ、じゃあさっそく行こっか?!」
弾けるように立ち上がり、既に寝袋に入る気満々だった体をなだめる。
しょうがない……森の大物ばっかり討伐されちゃ生態系が崩れちゃう。
泣く泣く寝袋を諦めると、二人が手を振った。
「いってらっしゃ~い」
「まあ、頑張れよ」
ラキはともかく、タクトは来るべきじゃない?! 大物だよ?!
遠慮せずに来ればいいのに、と勧誘したのに、討伐しねえのに行かねえなんて言われてしまった。
「とりあえず、早くすませて寝よう……」
ラピスの案内に従って転移すると、なるほど勢ぞろいした部隊の下に、大きな魔物がいる。
これはBランクの方だね……モノグログってやつだ。
大きなひとつ目の茶色い獣が巨大化したような……そんな感じだろうか。大きな目と大きな口で顔が埋まっているので、ちょっと不気味でおいしそうとは言い難いかもしれない。
『だから気にするのはそこじゃないのよね』
『主、大丈夫なんだぜ! 俺様主のせいで、けっこうゲテモノに強くなったんだぜ!』
ねずみに言われるのは心外なんですけど?!
ちなみに、ちゃんと食用だし、素材としても価値がある。ラキを連れて来ればよかった。
「うん、確かに目当ての魔物だね。あとは、どうやってスパイスを嗅いでもらうかだけど」
一匹ずつスパイスを持って近寄って、反応を見るしかないかな。
とにかく、早くしなきゃマズいことになる。
もし、万が一……オレが途中で寝てしまったら。
野放しになったラピスと部隊によって何が起こるか……。
『寝るな』
『スオー、魔物よりずっと危険と思う』
うん、それはオレも重々承知なんだけどね。
眠い目をこすりながら、ラピスたちに頑張ってもらおうと顔を上げたところで、勇ましい鳴き声が聞こえた。
――構え! 用意……てぇーー!!
「きゅっ!!」
え、何を? と思う間もなく、弾丸のように飛び出した管狐が、真っ直ぐモノグログの眼前へ突進した。
「ちょっと、危ない?!」
いや、管狐たちは危なくはないかもしれないけど!
思いっきり目の前だもの、ばっちり気付いたモノグログが牙を剥きだし、存外長い腕を振った。
ひゅっと何なくローリングで躱した管狐が、モノグログへ肉薄し――
「きゅっ!」
容赦なく顔面に小袋を叩きつけた。
そして――夜の森に響き渡る魔物の絶叫。
大きな魔物に、小さな小袋。
ただし……カレーのスパイス……。
もんどりうって転がったモノグログが、顔面を押さえるように転げ回る。
――効いてるの! 次弾装填! 双撃、構え! 用意……てぇーーー!!!
「「きゅっ!!」」
「ああっ!? 待っ……」
呆然とするオレが我に返るより早く、次々発射される管狐スパイス砲。
容赦なく、躊躇なく、魔物の大きな目や鼻口に叩きつけられる種々のスパイス。
木々はへし折れ、他の魔物は逃げ惑い、断末魔にも等しい絶叫が轟く。
そして漂う、ほんのりスパイシーな香り。
いろんな液体で、既にモノグログの顔はべちょべちょになっている。
あ、あの……ごめんね、こういうつもりじゃ……。
「と、討伐……しようか」
若干動きの鈍くなってきた魔物を眼下に、苦渋の選択をする。
手負いの大物を、放置して帰るわけにも……お、オレのせいだけど!!
ひと思いに討伐をすませたモノグログは、どこか安らかな顔をしているような気がした。
……帰ろう。ゆっくり、心身を休めて明日は心機一転だ。
意気消沈するオレの前に、ふわふわの破壊神が飛び込んで来た。
――ユータ、今回はラピス、ちゃんと反応を見たの! ばっちり効果あったの!
ラピスは無垢な群青の瞳を輝かせ、得意満面でオレのほっぺにすり寄ったのだった。






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