1026 名を継ぐに相応しい
「――ふう。たまにこうして運動すると、気持ちいいよね」
晴れやかな顔で髪を解いたセデス兄さんが、手を拭って上着を羽織った。
乗馬でもしてきたかのような爽やかさだけど、辺りは草原でも邸宅の前でもなく、うめき声溢れる薄暗い裏通り。
「普通に運動したら……? 人に迷惑かけちゃダメだよ」
「心外だなあ。迷惑かかってるのは僕だってば。降りかかった火の粉は払うしかないでしょ」
「火の中に飛び込んでおいて、それはないんじゃ……」
とは言え、ごろつきをぶちのめして困ることは特にない。褒められはしても怒られは……ええと、エリーシャ様とマリーさんには怒られるかもしれないけど。
これで、戦闘は好きじゃないなんて、一体どの口が言うのか。
「さて、じゃあそろそろお昼かな? どうする? 鍋底亭には行くけど、今は忙しいだろうし……食べてから一旦出なきゃいけないよねえ?」
「うん、むしろ手伝わなきゃいけないかも」
「へえ……それって配膳とか、そういうことだよね? 僕、やったことないな」
「セデス兄さんに手伝ってとは、言わないと思うけど。オレはいつも手伝ってるから」
まさか、次期領主様が直々にやって来ると思わないだろうし、それだけで結構驚かせる事態だと思う。
「え~、僕もやってみたいんだけど」
なんで、そういうどうでもいい所に興味を持つんだろうか。ホール対応なんて、絶対にセデス兄さんに必要ないスキルだと思うんだけど。
「絶対断られると思うよ……」
「でも、彼らは僕の顔を知らないよね?」
にっこり微笑む顔は、本気だ。そんなだまし討ちみたいなことして、怒られないだろうか。いや、忙しい時のプレリィさんなら、知らずに使えてよかったと思うかもしれない。
ひとまず、手伝いがいるかどうかも分からないし、一旦向かおうとやってきたのだけど。
「……セデス兄さん、屋台で食べる?」
「うーん、むしろ手伝ってから食べるのもアリ、って気がしてきたんだけど」
お昼時真っ只中、そこは戦場になっていた。
こそっとセデス兄さんの影に隠れながら、満員御礼の店内と、外まで並ぶ人たちを眺めた。
手伝う……? 結構……大変なんだけど。
普段のほのぼの顔が嘘のように、男前な表情でキッチンに立つプレリィさんと、駆けまわるキルフェさん。なんで今日に限って、とびきり忙しそうなんだろう。
――と、戦々恐々としていたら、バチっとプレリィさんと目が合ってしまった。
にっこり。
ものすごい圧をもった笑みが向けられる。
「でかしたっ! ちょうどいいところに! さあ、手伝っておくれ!」
「わわっ?!」
阿吽の呼吸でキルフェさんに伝わり、がしりと首根っこを掴まれてしまった。
そこで初めてセデス兄さんに気付いたらしく、彼女がハッと姿勢を正した。
「失礼しました、高貴な方。ユータ、こちらは……?」
「僕、全然高貴じゃないから! ユータと遊びに来ただけなんだ。忙しそうなら、手伝おうかなと思って」
「えっ……? しかし……」
戸惑うキルフェさんに、セデス兄さんが有無を言わさぬ笑みを浮かべる。
「手伝いたいなって思うんだけど? ほら、呼ばれてるんじゃない?」
「は、はい……! ユ、ユータ、任せるよ!」
全てを丸投げしたキルフェさんが、再びホールへ戻って行く。
セデス兄さんが、わくわくした瞳でこちらを向いた。
「任せるって。まず、どうすればいい?」
「……忙しいんだから、迷惑かけないでよ? 後々の研究に響くよ」
「うん、それは困るね。分かった、不詳セデス、ロクサレンの名を背負って粉骨砕身の働きを約束しよう」
いやあ……ロクサレンの名を背負うと、割とろくでもないんだよね。
とりあえず、猫の手も借りたい状況なのはその通りだし、オレとシロが加われば多少マシだろう。
『ぼく、頑張るね!』
シロ用のメイド衣装を身に着け、ぴかぴか笑顔のフェンリルが一声上げてキッチンへ駈け込んだ。
「シロ、入りまぁーす!」
慌てて厨房へ声をかけ、オレの方はセデス兄さんを引っ張って奥へ引っ込むと、貴族っぽい恰好を引っぺがして、そこにあったプレリィさんのエプロンを身に着けさせた。ソムリエエプロンというやつだろうか、オレのふりふりと違ってカッコイイ。
「うん、これでちょっとは手伝いに……見える、かなあ?」
『消えてないわ、王子様オーラが』
『お忍びの王子様なんだぜ!』
ねえ、もうちょっとキラキラしいの押さえてくれない?
「これで、テーブルに料理を運んだらいいんだよね」
やる気満々で再び髪を結んだセデス兄さんが、王子様スマイルを浮かべた。
「注文を取ったりもあるけど……メモするものある? あとは、お皿を下げたりかなあ?」
「了解、まあやってみるよ」
「オレは裏で下ごしらえしてるから……モモとチュー助、セデス兄さんの付き添いお願い!」
『任されたわ』
『俺様に任せな!』
うん、チュー助は単に翻訳係なんだけど、まあいい。
うきうきホールに出て行ったセデス兄さんを見送って、オレは裏庭で例のごとくキッチン小部屋を作って管狐部隊を呼びよせる。
「助かるよっ! どんどん行くからねっ!!」
「オッケー!」
「「「きゅっきゅー!」」」
管狐舞い、野菜が飛び交うキッチンで、怒涛の下ごしらえが始まった。
「洗い物、任せられるかいっ?!」
「余裕っ!」
それこそ、洗浄魔法で朝飯前だ。
『持ってきたよー!』
お膳下げ係になったらしいシロが、取り付けたカゴいっぱいに洗い物を積んで、どんどん運び込んで来る。
「ねえラピス、セデス兄さんの方は大丈夫かな?!」
――大丈夫なの。くるくるしてるの。
てんてこ舞いってことだろうか。ひとまず、追い出されてはいないようなので、役には立っているのだろう。
モモがついているから、酷いことにはなっていない……はず。
それから、セデス兄さんのことなんて考える余裕もなくノルマをこなしてしばらく。
「――援軍、ホントに感謝するよ! これで撃ち止めだよっ!」
ドン、と置かれた最後の料理分、きちっとやりきって、達成感と共にキッチン台に伸びた。
「終わったぁ……」
あとの洗い物は急がないだろうし、ひとまず、下ごしらえ班の役目は終えた。
ホールの方はまだ忙しいだろうけど、シロもいるし……そうだ、セデス兄さんだ。
思い出し、慌ててホールの様子を覗きに行った。
とても、賑わっている。
もう昼食時間も終わりだと言うのに、なんだか、想定よりも賑わっている。
そして、黄色い悲鳴が聞こえる。
おかしいな、鍋底亭って外見がアレだし、お嬢さんが来るような店ではなかったんだけど。
そっと覗いたホールに、王子様がいる。
両腕に皿を並べてくるくるっと芝居がかったステップを踏み、スッと差し出される料理。
「コックル蒸しセットと、ランチBセットだよっ!」
爽やかな微笑みの後ろから、キルフェさんが料理名を叫んでいる。ただ、うっとり見惚れる女性は聞いているんだかどうだか。
優雅な手つきでコトリ、と皿を置いたら、ほんの一瞬――ささやかなウインク。
肝心の女性は胸を押さえて息を止めているけれど、周囲からきゃあっと悲鳴が上がる。
おかしいな、女性のテーブルにしては随分料理が多い。
『ここでも、ロクサレンしちゃってるのよねえ』
ぽん、と弾んでオレの胸に飛び込んできた桃色ボールを受け止める。
『兄さん、人気ありすぎなんだぜ! オーダーが留まるところを知らないんだぜ!』
ああ……そういう。セデス兄さんのサービスを受けたいばかりに。
決して残すことはないだろうし、まあいいんだろうか。忙しいけど。
やっぱり、『ロクサレン』の名を継ぐ次代は、セデス兄さんが相応しい。オレはうんうん頷きながら、キラキラを振りまいて優雅に舞う王子様を眺めていた。
◇皆様! もふしら20巻の予約が始まったそうですよ!!
今回も特別書き下ろしたっぷり! そしてキャラ投票の結果はどうなったんでしょうね?!
ぜひ楽しんでいただけますように!
あとがきクロスオーバーの感想も嬉しいです!ありがとうございます!
ディアンが保護者枠なら、ラキとタクトも保護者枠だったかな……?と思ったり(笑)
ラザクは……俺様は参謀だからな! とか言って執事さん枠に乗り込んで冷や汗ダラダラになってるかもですね(笑)10㎏くらい痩せて出て来そう(笑)






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