1021 使い道はいろいろ
――ここに来るのも、なんだか久々な気分だ。
どうせバレていると思うけど、そっと足を忍ばせて木の陰から顔を覗かせた。
木漏れ日の下、影かと見紛うような、凝る漆黒。
美しい獣が、木に背中を預けるように足を投げ出し、前足を組んでいた。
まるで何も気付いていないように、興味がないように、湖に向けられた視線。
……でも、その耳はこちらを向いて、わずかな音も逃すまいとくりくり動いている。
そのしっぽは、先端だけがぴこぴこ動いている。
一体、何に興味を示しているんだろうね?
笑みを堪え、瞬発力を最大限に活かせるよう姿勢を低くし――
「よーい、ドン!」
オレの素早さをMAXに使った、超短距離走。
一足飛びに、そのもふもふに突っ込んだ。
「はあぁ~帰って来たって感じ」
オレの好きな、胸元のたっぷりした被毛。多分、傍から見ればオレの上半身は、ほとんど埋まってるんじゃないかな?!
しばらく埋もれたまま、その匂いと温かさを堪能する。
「ただいま、ルー」
やっと漆黒の海から顔を上げたオレを一瞥し、ルーはフンと鼻を鳴らした。
おかしいね? 当たり前みたいな顔して。
ピクリともしなかったルーがおかしくて、くすくす笑った。
もっと前は、飛び込むことにも、抱きしめることにも反応があったのに。
「いちいち飛びつくな」
「これは挨拶の一環だよ。礼儀だよ礼儀」
「そんな挨拶いらねー!」
大きく振られたしっぽが、まふっとオレの後頭部を叩いた。
嫌なら、避ければいいんだよ。ルーはとっても素早いんだから。でも、オレはその画期的なアイディアを伝えたりはしない。
「あのね、あちこち行っていろんなことをしてきたよ! どこから話そうかな?!」
さあいざ話そうとすると、詰まってしまう。
だって、言うべきことが盛りだくさんだ。
『ゆーた、頑張って! はじめから順番にお話しするといいよ!』
シロの素敵なアドバイスに頷いて、『はじめ』がどこかと考えた。
「えーと、森人郷に出発……くらいかな? そっか、Cランクになってから随分たつような気がしてたけど、実際そんなに時間経ってないよね」
日々が濃いからだろうか。オレ、もうこの世界で何十年も過ごしているような気分だ。
「森人郷に行くって話になってね、そこから……色々、ホントに色々あったなあ」
なんだか遠い目になってしまう。
すっごく美味しいスープを味わったり。草原の牙の特訓をしたり。
すっかり慣れてしまったけど、森人郷の、あのでっかい蜘蛛だとか。
あちこち話を飛ばしながら、思いつくままに話す。返事はないけれど、きっと、聞いているから。
「――それでね、森でまたステージをやっちゃって……あ、そうだ。なぜか神獣だとか精霊だとか偉い存在は、おばちゃん厨房歌が好きそうなんだけど、ルーはどうなんだろ。ちょっと恥ずかしいんだけど、もう結構慣れてきたし、ここで歌って――」
「いらねー。別に好きじゃねー」
そうなの? ……あれ? ルーに披露したことあったっけ? 魔物とラ・エンと、森でのコンサートくらいじゃなかったっけ。
でもまあ、今回もほとんど記憶のないオレのこと。そういうこともあったのかもしれない。
「ルーは見たことある? ヨルムスケイル。あんなデッカイ生き物もいるんだねえ……。あ、水の中だからはっきり分からないけど、サイア爺も同じくらい? さすがにヨルムスケイルの方が大きいか」
返事はないし、オレも返事を期待してない。でも、きっと聞いている。
思いつくまま、おしゃべりしながら手を滑らせる。
久々のブラッシングに、ルーは完全に目を閉じてしっぽを揺らしていた。
金色が見えないのは残念だけど、目を閉じた姿が見られるのは、ある意味特権。そして、効果的なブラシさばきの証明だ。
元々艶やかな被毛は、丁寧にブラシをかけるにつれさらに輝くようで、オレの満足度も上がっていく。
ブラッシングが終わるのと、今回のオレの話が終わるのは、どっちが先だろうね。
首筋に触れるふわふわ柔らかい毛並みが、まるでルーと正反対でくすりと笑った。
「そうだ……! これ、見て!」
まだ見せていなかったはず!!
いそいそ取り出したものを、わざわざルーの目の前まで行って差し出した。
「ほら! ね? すごいでしょう? かわいいんだよ!」
「……随分お前に似た間抜け面だ」
「素直にかわいいって言って?!」
誰がどう見たってかわいいって感想になるでしょう?! ぬいぐるみなんだからさ!
「そうだ、ルーのぬいぐるみがなかった! 作ってもらわなきゃ!」
「いらん」
「オレはいるの!! あ、ちなみにこれはあげるよ。オレぬいぐるみはいっぱいあるから」
いらんと言われる前に、せっせとタテガミの中に埋めておく。いいな……すごく気持ちよさそうだ。
じろりと金の瞳に睨まれたけれど、きっと捨てはしないだろう。
「ルーのぬいぐるみ……でも、マリーさんルーを見たことないしなあ。あ! 見たことあるよね? 一回だけ……人型だったけど」
神獣のケイカさんから、助けに来てくれた時。
覚えてるかなあ……。ものすごい美形だもの、普通は記憶に残ると思うんだけど。
「でもオレ、この姿のルーがいいな。オレの分とルーの分だけ作ってもらってね、ぬいぐるみのオレを添えるんだ」
何なら、寝ているオレぬいぐるみでもいい。ただ、問題はルーの毛並みはどうやったって再現できないってことだ。
「いらん」
「オレはいるんだってば! あ、でも神獣の姿をかたどったものは、何かが宿るとか、危ないことが起こる?」
「そんなわけあるか」
じゃあ、いいね! むしろ日々崇拝されているオレぬいぐるみの方が心配だ。
オレの口頭伝達でどのくらい伝えられるか分からないけど、相手はぬいぐるみ。かわいい造形になってしまえば、そう違和感はないかもしれない。
ロクサレンに帰ったら、さっそくお願いしてみよう。オレのベッドが、またにぎやかになりそうだ。
そう言えば、王都での販売の目途などは立ったのだろうか。
……そして、一体犠牲になるのは誰なんだろうか……。
「オレが発案者みたいなものだから、売れなかったらちょっと責任を感じちゃうな」
まずは手近なところで、市場調査してみようかな。
こういうの、好き? って聞いてみれば反応が分かるだろう。
ひとまずは、学校にでも持って行ってみよう。
各自が自分で作れてしまうのは少々デメリットだけど、正式なぬいぐるみの方が、衣装バリエーションが多いとなると、なるべくお手本用に一体は買う……にならないかな。
学校でぬいぐるみを見せると、人気のあるラキなんかが被害に遭うかもしれないけど。お手製ラキぬいぐるみが溢れたら、ごめんね?
複雑な顔でうっすら笑うラキを想像して、くすくす笑った。
途端にぽふ、と頭にしっぽアタックを受け、止まっていた手を再び動かし始める。
「オレとルーぬいぐるみ用の、専用ケースも用意しようか。だってここだと濡れちゃうかもしれないし。汚れるだろうから、定期的に洗浄かけるね! 使ったあとは、ちゃんとケースに戻してね」
「……ぬいぐるみを、使う? ……何に」
訝し気な目でこちらを見るので、当然と頷いた。
「使うでしょう。抱っこしたり、膝にのせて本を読んだり。寝る時には必須になるし――」
いそいそぬいぐるみを咥えて丸くなるルーを想像して、オレはつい吹き出してしまったのだった。






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