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第95話 混血




「なんで止めた!! 術を使えばあんなヤツら俺の相手じゃない!! どうにだってできたんだぞ!! お前あんなことされて黙ってるつもりかッ!?」



 どうにかあの場から逃げ、森の中の小屋に帰って来た2人。

 雄弥は怒りで血圧を上げすぎるあまり、棍棒を叩き込まれた頭の傷から血を鮮烈に吹き出しながら、自身の反撃を阻止したイユに対して怒鳴り声を発する。


「うるさい……!! 余計なお世話よ……ッ!! あなたには関係ないでしょ……!?」


「か、関係ないだ……ッ!? ざけんな!! 眼の前であんな胸クソ悪いモン見せられて関係ないだと!? それに俺だってアタマカチ割られてんだぞ!!」


「あなたが勝手についてきたんでしょう!? 偽善ぶったこと言わないで!!」


 ベッドに腰かけてスキンヘッド男に蹴られた右頬を濡らした布で冷やす彼女は、眼元に涙の跡を浮かべながら、痛みと恐怖でいまだ細い肩を強張らせていた。


「だ、だいたい……あいつらなんなんだ!? なんでお前にあんなことするんだ!! 周りにいたヤツらも揃いも揃ってシカト決め込みやがるし……!! ……あいつらが言ってた"混血"がどうとかと、関係あんのか……!?」


「……あなた……街を歩いてて、私みたいな見た目をした人を他に1人でも見た……?」


「は……? それは……髪とか肌とかが白い人、ってイミか? だったら見てねぇけど……」


「……そういうことよ。私が……私の姿が普通じゃないからよ……」


 白肌の少女は、白い唇をぎゅっと噛み潰す。



「……言ったでしょう……私も半分は猊人(グロイブ)だって……。私は猊人(グロイブ)の父と人間の母の間に生まれた、混血児……。この真っ白な身体はその証なのよ……」



 それを聞いても尚、雄弥には全く納得がいかない。


「……な、なんだと……!? それだけか……!? そ、それだけで街のヤツらは、お前を……!?」


「……人間の猊人(グロイブ)に対する迫害意識は、猊人(グロイブ)から人へのそれとは比にならない……。人間にとって彼らは獣と同じ……いえ……魔狂獣(ゲブ・ベスディア)と大差無いわ……。身体の半分にそんな血が流れる私もね……」


「……く……くだらねぇ……!! 馬鹿げてる……ッ!!」


「……そう思うってことは、あなたは誰からもぶつけられたことがないんでしょうね……"(いわ)れのない悪意"を……。そんな幸せ者のあなたがどう思うかは勝手……でもこれが"ヒト"の本質……。"ヒト"にとっての"差別"は、"安心"を得るための1番の薬だもの……。麻薬と同じ……やめられるわけないわ……」


 少女の黒曜石のような黒い瞳は諦観で満ちていた。頬の痛みは仕方のないことだと、完全に受け入れてしまっていた。



「んなふざけた理由なら……余計引き下がれるかってんだよ……ッ!!」



 やりきれないなんてものじゃない。雄弥は再び街に戻ろうと、家の戸に手をかける。


「やめてよッ!! もういいって言ったでしょ!?」


 しかしやはり、イユはそれを望まなかった。


「知らないのだろうから教えてあげる……!! 公帝軍兵士たちにはね、ある一定以上の戦闘力を持つ者に対する監視、あるいは拘束が許可されているのよ!! 民間人の反乱を未然に防ぐという名目でね……!! 確かにあなたの術は……魔力は強大だわ……!! 強大すぎる!! そんなものを街中で使えば、あなたは絶対それに抵触する……!!」


「!! なに……!? そんなムチャクチャな……!!」


「あなたがどうなろうと知ったことじゃないわ……!! 私に迷惑なのよ……!! あなたがそんなことになれば、あなたと関わった私にも火の粉が飛んでくる……!! 私はただでさえ目立つのに、軍の眼まで抱えたくないの……!! 静かに生きたいの……そうするしかないのよ…………ッ!! お願いだからその邪魔を……しないでッ!!」


 ……消え入りそうな声でそう訴えられた雄弥は、さすがに何も言い返せなかった。

 


「…………ッう…………う…………ッ」



 全てを言い終わったイユはとうとう我慢の緒が切れたように、ベッドに突っ伏して涙の呻きを漏らし出す。

 ……いたたまれなくなった雄弥は、戸をカチャリと開けて外に出た。




 ーーどうしようもねぇことってのはあるのさ……。特に……こういう世の中じゃな。




「ぬ……がぁあああああーーーッ!! くそッ、くそォッ、くそがァァァッ!!」


 小屋から歩き、かなり離れた森の中。


 雄弥はぶつける場所をを失くした怒りをどうにかしようと、1本の木を何度も殴りつけながら叫ぶ。


 ……そんなもので抑えられるなら安い怒りだ。


「ち……ちくしょう……!! 俺ってヤツは……とことん理解が足りねぇな……ッ!! リュウの時とはワケが違う……!! こんな……こんなムカつく気持ちさえも、抑え込まなきゃなんねぇってのかよ……ッ!! それが兵士なのかよ……ッ!?」


 雄弥は頭を抱えたまま木の幹にもたれかかると、そのままズルズルと地面に座り込む。




 ……俺は兵士だ。どこへ行ってもそれは変わらない。その立場からすれば、イユの言う通りにすべきなんだろう。



 ーーだがそれ加えて、俺は"ヒト"だ。1人の"ヒト"だ。


 兵士と、"ヒト"。それを合わせたのが、俺という自分。


 その俺が譲れないものは? 譲れないことは? 譲っては……いけないことは……?




「……俺には……俺のやり方がある……ッ!!」




 答えは出たらしい。

 

 雄弥はゆらりと立ち上がると、隻眼の中に覚悟の灯火(ともしび)を宿しながら夕闇に呑まれつつある街に向かって歩き出したのだった。







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