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第92話 異地での出会い




「こ〜こはッ!! どーこなーのよーッ!!」


 両腕の表面を裂傷で埋めつくし、全身の服の破けた穴から擦過傷を覗かせる雄弥の、魂の叫びである!!



 暑いッ! 空には陽の光を遮る雲がぜーんぜん無い!


 彼が歩くのは真っ白な砂浜! コッチも熱いッ! 足の裏はとっくにお好み焼き状態!


 しかも進めど進めどキリが無い! 砂浜を横断する彼から見て、右は海! 左は森! どこまで行ってもその景色! 人っこ1人いやしない!


 喉が渇く! 腹も減る! 鳥ばっかりがノンキに鳴く! 泣きたいのはむしろ彼であるッ!


 

「ぢぐじょ〜……!! なんで俺ばっか毎回こんな目にィ〜……!!」


 そんな雄弥の口から出るのは溢れんばかりの愚痴と、たまの軽い吐血。何度でも言うが、彼は身体中傷だらけ。内臓にもダメージが残ってる。おまけに海中の波でさらわれたのか、右眼に入れていた白色眼膜も取れてしまっていた。

 眼が覚めたらここの海岸に転がっていた。起きた直後から10分近くも体内にあった海水を吐き続け、ついさっきようやく歩けるようになった。


 ……だが彼の頭からは、それ以前の記憶がすっぽりと抜け落ちていたのだ。

 

「俺……あの怪物に喰われたような気がしたんだけどな……。なんで生きてんだ……? どうやってあいつから逃げたんだっけ……? どうやって……ここまで来たんだ……?」


 汽車に乗ってたことは覚えてる。触手の塊のような魔狂獣(ゲブ・ベスディア)が襲ってきたことも覚えてる。落とされた汽車を『波動(はどう)』で橋の上まで押し上げたことも、その後魔狂獣(ゲブ・ベスディア)に海中に引きずり込まれたことも。

 それより後のことが、どうしても思い出せない。


「え……えぇい違うッ! 今だ! 大事なのは今だ! ど、どうしよう……人の気配も全然しねーし、いっそのこと森に突っ込んでみるか……!? でもめちゃくちゃ深そーだよなぁ……。それでもっと迷子になったらいよいよ野垂れ死に一直線だ……。あぁーもうッ!! ユリぃ〜ン!! 頼むから助けてくれぇッ!! ジェセリ、シフィナ、エミィ!! この際アルバノさん、てめぇでもいいからよーッ!!」


 眼が潰れそうなほどに青く明るい空に向けての叫び。彼はもう寂し過ぎてベソをかく勢いである。



 ーーしかし、よもやその声が天に届いたのか。

 彼の歩く砂浜の左隣に延々と茂る森。彼が今いる地点から100メートル先に見えるそこの木々の一部が突如、どかどかと倒れ始めたのだ。



「!? なんだ……ッ!?」


 腐って倒れたとかではない。鋭い刃物の一振りでバッサバッサと(なぎ)られているような有様である。


 やがて横転した倒木を蹴散らすようにして森から砂浜へと姿を現したのはーー



「ゲルォオオオオオオオオオオオオッ!!」



 芥子色(からしいろ)の身体中に木の葉を散りばめさせながら両手の鎌をやたらめったらに振り回す、エドメラルであった。


「いやなんでェ!? お前は呼んでないよォーッ!!」


 天の神たまのあまりのイジワルっぷりに絶望する雄弥。そうしている間にも、エドメラルは100メートル先から真っ直ぐに彼を目掛けて走って来る。


「じょ、ジョーダンじゃねぇぞ!! 今てめぇを相手する余裕なんか無ぇんだッ!!」


 雄弥は慌ててフラフラの身体に鞭を打ち、迫るカエル顔の怪物に背を向けて逃げようとする。


『…………え』


 その直前。身体を前に向けようとした直前。彼の視界に、妙なものが映った。


 雄弥は前に振り向くのをやめ、エドメラルの方をもう1度見る。


 走り迫るエドメラルより少し、5メートルほど手前。小さな影がある。


 両腕を必死に振り、両足を懸命に駆けさせている影。緑色の頭巾を被り、足首まで隠れる長いスカートをばさばさと揺らしている影。



 ……ヒトだ。ヒトが追われているのだ。あのバケモノに。



「な……な、な、な……く……クッソォォーッ!!」


 見てしまった以上、知ってしまった以上、その時点で彼から逃げるという選択肢は奪われた。

 雄弥は己の不運に対する怒りで顔を真っ赤にしながら、その頭巾のヒトのもとへと突撃する。


「ゲェアアアアアッ!!」


 いよいよ標的を間合いに捉えたエドメラルが自身の2歩手前を逃げる頭巾のヒトに対して右手の鎌を振り下ろすが、間一髪雄弥が命中直前で頭巾のヒトを前から突き飛ばしたことで失敗。

 雄弥は頭巾のヒトを胸に抱えたまま砂浜をゴロゴロと転がり、エドメラルの背後にて止まった。


「おい大丈夫か!?」


 髪の毛まで砂まみれになって仰向けになっている雄弥は、自身の上に乗っかる形で横たわる頭巾のヒトに声をかける。


「…………な、なに…………誰よあなた…………」


 以前のエミィほどではないがそれでもかなりか細い声で、頭巾のヒトは驚きを混ぜた返事をする。

 頭巾をかなり深く被っているため顔は見えない。だがやや低めながら透き通ったその声、華奢な体躯、身につけているスカートなどから、女性であることは判別できた。


「誰よとはなんだ!! わざわざ助けてやったんだろーが!?」


「…………はあ…………? 私がいつそんなこと…………頼んだのよ…………」


「な、なにをぉ!? てめぇ分かってんのか!? 今俺が庇わなかったらてめぇ死んでたんたぞ!!」


「うるさい…………頼んでないって言ってるのよ…………。…………あといつまで抱きついてるの。放しなさいよ」


「なんじゃその態度ッ!! ありがとうの一言くらいあっても……ーー!! 危ねぇッ!!」


 恩をやった頼んでないの問答を繰り返す彼らに、いつの間にか接近していたエドメラルが再び攻撃を仕掛ける。なお鎌では無く、口から吐く酸によるものである。


 雄弥は女性を抱いたまま飛び退き、服の端を灼かれながらもなんとかそれを回避。酸は彼らが寝ていた場所に、ジュワジュワと音を鳴らしながら大きな穴を開けた。


「ちょっと…………! どいてってば…………ッ!」


 今度は頭巾の女性が下になり、砂浜の上で雄弥が彼女を組み伏せるような形になってしまっている。

 女性はさっきよりも明らかに強い嫌悪を呟くが、もちろん雄弥はそれどころではない。


「まーだそんなこと言うか!! えぇいコレを見ろッ!!」


 彼は1人膝立ちで起き上がると、着ているパーカーの左前腕部分の袖をまくって女性に見せつけた。

 ……そこにあるのは、皮膚にくっきりと残る大きな火傷痕。以前彼がゼルネア地区にて、別個体のエドメラルに酸をぶっかけられたものである。


「!? …………ッ」


 毛細血管が剥き出しになっているそのあまりの痛々しい様に、女性はようやく恐れの息を呑んだ。


「こうなるよりゃマシだろ!? ぐちゃぐちゃ文句言うな!! OK!? んじゃさっさと逃げろ!! 俺はあいつを片付けるッ!!」


 雄弥は立ち上がると、半ば放心状態の女性を置いて、後ろから迫り来るエドメラルへと突っ込んで行く。


「ゲルァアアアアアッ!!」


「ぜあああああああッ!!」


 次の瞬間には、ゼメスアが両腕同時に振り下ろした鎌と、雄弥が両腕同時に撃ち込んだ"砥嶺掌(とれいしょう)"が激突した。


「ゲェッ!? ギアーーーッ!!」


 雄弥の両拳に込められた爆発的なエネルギーに触れた途端、エドメラルの両の鎌腕は肩まで抉られながら消し飛ばされ、人外怪生物の苦痛に満ちた汚らしい悲鳴がビーチに轟く。


「ゔぎぁ……ッーーぬあ……ッりゃああああーーーッ!!」


 両腕の骨中に広がる崩壊の波に失神しそうになりながらも寸前で踏みとどまった雄弥は、そのままのたうち回るエドメラルの顔面の前に飛び上がり、激しくスパークする魔力を宿らせた右足で怪物の頭に回し蹴りの一撃をお見舞い。エドメラルの身体はそのあまりの威力に首から上どころか上半身を丸ごと粉々にされ、傷口からヘドロのような体液を吹いて沈黙した。



「……ッが……!! は……はぁ……ッはぁ……」


 左脚以外の四肢を機能不全にした雄弥は飛び蹴り後の受け身を取り損ねて後頭部を地面に強打。彼が横たわる地面の砂は、彼の両腕右脚から溢れ続ける血で赤ワイン色にじわじわと染まっていく。


「…………ち…………またユリンの手をわずらわせちまうな…………」


 仰向けで空を見上げる雄弥は痛みによる熱を身体中に帯びながらも、そう呟きながら勝利の余韻に浸る。


 ……が、直後にとんでもない失念をしていたことに気づく。



「……あれ。し……しまった……! ユリンいねぇんじゃん……ッ!」



 転移して2年。いつも彼女が自分のそばにいるのが当たり前だった。彼はどんな大怪我をしたって痛みは3日で忘れることができたし、1週間もすれば動けるようにもなった。

 ……でも、今はいない。ユリンどころか、彼が知る者は誰もいない。ユリンの存在が"当たり前"であることを前提にした無鉄砲のツケが、決壊したダムの水のようにどっと押し寄せてくる。


『……や……やべぇ……ッ! せっかく森に入るのは躊躇ったのに……結局こんなワケの分からんところで行き倒れかよ……!?』


 苦痛からくるものとは違う冷や汗を額からどんどん溢れさせていた雄弥。


 その時、出血で霞み始めた彼の視界に、いつの間にかそばに来ていた頭巾の女性が真顔ながら恐る恐る覗き込むようにして侵入してきた。


「あ……!? て、め……逃げろっつったろーが……?」


「…………命令される筋合いは無いわ。…………あなた…………よくあんな無茶苦茶ができたわね…………魔狂獣(ゲブ・ベスディア)相手に…………」


「……兵士なんだよ俺は……他のヤツより……多少慣れてるってだけだ……」


「兵士…………? …………!!」



 頭巾の女性は彼のその言葉を聞いたのと同時に、ひどく驚いたように肩を硬直させた。

 相変わらず頭巾の影になって見えはしないが、どうも彼女の視線は横たわる雄弥の()()に向いているようだった。



 ……しかしそれも一瞬のことで、疲労が限界値に達している雄弥が彼女の様子の変化に気がつくことはなかった。


「ーー慣れてる、ね…………その割には随分とひどい有様だけど…………」


「う……うるせー……ッ! 誰のせいでこうなったと……ッ!」


「…………そうね。少しは…………私のせいでもあるわね」


 すると女性は、満身創痍の彼に右肩を貸して立ち上がらせ、一緒にゆっくりと歩き始めた。


「? お、おい……何のつもりだ」


「ウチに連れてくの。その傷じゃほっといたら1日も保たないだろうし。それは…………さすがに寝覚めが悪いわ」


「へ……なんだよ。助けてもらったお礼、ってことか?」


「…………おめでたい勘違いはよして。私はどうでもいい赤の他人に借りを作るのがイヤなだけ。傷が治ったら、とっとと出て行ってもらうわよ…………」


「て、てめぇ……とことんカンに触る野郎だな……。シフィナが可愛く思えるぜ……」


「…………ねぇ。さっきからてめぇだのお前だの…………そんな下品な呼び方やめてくれる」


「あ……? じゃあ……名前教えて」


「人に聞く前に自分から名乗りなさいよ。口も悪い上に礼儀も知らないのね…………」


 ぶっちん。

 

 怒りは……痛みより優先されるッ!

 


「だあーッ!! メンドくせーなぁもうッ!! 俺はユウヤッ!! ユウヤ・ナモセだ!! これでいーだろ!! で、お前はなんてーのッ!?」


 

 彼女のあまりにもあんまりな物言いに自分自身の状態のことをアタマの隅っこに置き去りにした雄弥は、体重を預けているすぐ隣の女性へ本日1番の怒鳴り声をぶっつけた。


 女性は耳元の至近距離で叫ばれたのにもかかわらずちっとも動じない。


 代わりに、彼に貸していない左側の手で、自身が被る頭巾を上げた。

 今の今まで覆い隠されていた女性の顔の上半分が露わになり、雄弥の隻眼に映り込む。



「!? な…………なに…………!? お前…………!!」



 雄弥は息を詰まらせた。


 白いのだ。何もかもが白いのだ。


 彼女は、髪も、肌も、まつ毛も、唇すらも、何もかもが真っ白だったのだ。

 老人の白髪とか、芸能人の美白肌、といった中途半端なモノではない。新品のキャンパス、舗装したばかりの道路の白線、紡いですぐの絹糸……浮かぶ例えがこんなものしかないくらいの純白であったのだ。



 色が異なるのはただ2つ。


 黒色をした、両の瞳だけ。



 おそらく肩まで伸びているであろう真白髪を後頭部にバレッタで留めている彼女は、まるで雄弥の反応は想定済みであったかのように少しも気にすることなく……




「…………イユ・イデルよ」




 細眼の澄まし顔で、静かに、ただそれだけを述べた。







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