第90話 破滅への分岐
『客の全員を1人1人上までチマチマ運んでいたら間に合わねぇ……!! こうなったら、車体ごと上まで運ぶしかねぇ!!』
「おォォいッ!! 乗客全員、聞こえるかァァァッ!! 死にたくなけりゃ、今すぐ真ん中の車両に集まれェェェッ!! 5号車だッ!! 全員が集まるんだッ!! ぎゅうぎゅう詰めでもなんでも集まるんだァァァァッ!!」
車外に出て自身が打つべき手段を定めた雄弥は全力で息を吸い込み、10両編成の汽車全体に届くように喉が飛び出そうなほどの大声を張り上げた。
1度目ではまだ誰かが動く気配はなかったが、彼が2度、3度と魔狂獣にも引けを取らない叫びを上げ続けると、ようやく乗客たちは彼の指示した5号車にどかどかと集い始める。
『ぜぇ……ぜぇ……だ、だが……1両に全員が集まったところで、俺の『波動』の飛行で橋の上まで運べるのか……!? あんなクソ重そうなモンを……!! でも他に方法は思いつかねぇし……!! えぇいやぶれかぶれだ!! あとはみんなが集合しきったのを見計らって他の邪魔な車両を破壊しーー』
彼は色々考える。考えた。作戦にもならない作戦だが、彼にしてはよくやった方だ。
だが……今はそんな余裕をぶっこける状況じゃないことを忘れている。
突然、"慈䜌盾"の上で身動きが取れずにいる汽車を、100を優に超える数の触手が包囲した。海面にいる化け物が、列車と中にいる人々を今度こそ海の藻屑にしようと、10メートル下から追撃をしかけてきたのだ。
「く……くそがァッ!! ちょっとくらい時間くれてもいいじゃねぇかよッ!!」
触手の群れは一斉に汽車へと襲いかかり、1人外にいる雄弥は情けない台詞とともに必死にそれらを迎え撃つ。
迫り来る化け物の魔手を『波動』の乱射で次々と消し飛ばしていくが、それらはいつまで経っても減る気配が無い。
腕2本vs100本。地獄難易度のモグラ叩き。圧倒的な手数の差はどんどん表れていく。
やがてあっという間に"詰み"は出来上がった。
「ぐぁあッ!!」
車両と乗客を守ることばかりにかまけていた雄弥は自分自身への防御を完全に失念しており、背後から振り下ろされたれた1本の触手によって、慈䜌盾の上からはたき落とされてしまった。
「ッ!! ゆ……うさ……ッ!!」
集まった乗客で満杯になっている車内から、フラフラのユリンは彼の危機を察知。しかし当然、今の彼女にそれをどうこうする余力など無い。
「がは……ッ!! ぐ……ま、まずい……ッ!! 早く戻らねぇと……!!」
怪物の標的が無防備、しかもユリンも動けない。背中に広がっている鞭で叩かれたような熱を伴う激痛に意識を明滅させながらも、雄弥はなんとか飛行の体勢をとろうとする。
ーーその直前。海面に背中を向けて落下する彼の隻眼は捉える。
透明な円形の魔力の"床"。その上に乗る黒鉄の機関車。
落ちている最中の彼は、それを、真下から見ているのだ。
瞬間の閃き。
雄弥は爆速で計算に必要な要素を整える。
"慈䜌盾"の強度。自身の『波動』の威力と、橋の上までの距離。アイオーラ戦の傷が治りきっていない両腕……。
……解答は、可能ッ!!
「ユリィィーーーンッ!! 術を解くんじゃねぇぞォォォォォォーーーッ!!」
相棒に届くことを願ってそう叫んだ彼は飛行をせず、代わりに落ち続けたまま全身から魔力を解放し、両腕を上に向ける。
狙いは、自身の頭上の空中にいる汽車と、それを乗せる慈䜌盾。
すぐさま彼の両腕から、青白く輝く『波動』の激流が放たれた。
「いっけええええええェェェーーーッ!!」
『波動』の砲閃はそのまま"慈䜌盾"に真下から激突。すると……なんとその魔力でできた巨大な床は、乗せた汽車および乗客ごと上昇を始めたのだ。
雄弥の莫大な魔力から生成された、超パワーのエネルギー波。その破壊の力はユリンの"慈䜌盾"によって遮断され、残るは宇宙ロケット並みの推進力のみ。
たかだか10両程度の機関車……鉄の塊を押し上げるなど造作もなかった。
「ユウさん……素晴らしい、です……ッ!!」
汽車はものの一瞬で橋の上に到達し、それと同時にユリンが雄弥への賞賛を噛み挟みながら術を解除。車体と中の乗客全員は無事にもとの地上へ降り立ち、危機を脱した。
「や……やったあッ!!」
限界出力の反動で両腕を血まみれにしながらも、落下中の雄弥はガッツポーズ。
だが……また彼は頭からトばしている。自分の身の安全について……。
「へ」
素っ頓狂な声を出す空中の彼の腹に、海面の魔狂獣が伸ばした触手の1本がぐるりと巻き付く。そして……
「う!? わぁああああああああァァァッ!!」
そのまま彼を力の限りに海へと引っ張り込んだ。
乗客を救った高揚感に取り憑かれて完全に気を抜いていた雄弥は悲痛な叫びを上げるだけで飛行もできず、されるがまま海の中へ。満足に息を吸い込むことも叶わなかったゆえ、潜水直後から酸素不足による危険信号が肺から発せられる。
「ぶッ……ぼが……ごぼぼ……ッ!!」
苦悶を示す気泡を口端から漏らす彼の視界に映ったのは、薄暗い海中に鎮座する触手の主たる魔狂獣の全容。
そのサイズはやはり規格外。そしてよく見てみると、うぞうぞと生え揃っている無数の触手の根本に、いくつもの小さな穴があった。……中には何か、牙のような突起物がある。雄弥はその穴が全て、この魔狂獣の"口"であることを理解した。
『こ……このクソッタレののデカブツが……ッ!! 腕が潰れてたって術は撃てるんだ!! その気色悪い面を粉々にしてやる……ッ!!』
雄弥は両手の代わりに右の眼球を魔力でギラリと光らせ、かつてのレイド戦でも使用した"眼からの『波動』放射"による触手魔狂獣の始末を試みる。
が、魔狂獣はそれより先に、雄弥の腹を拘束した触手を思いっきりブン回すと、その勢いのまま彼を近くにあった岩壁へと叩きつけたのである。
「ぶァがッ!!」
背中に打ち込まれた自動車に轢かれたほうがマシとも思えるような衝撃で骨も内臓をくまなく痛めつけられた雄弥はたまらず口を開き、体内の空気を全て吐き出してしまった。
「おご……ッか……!! …………が…………バ…………」
同時に彼の中を埋め尽くす、文字通り溢れんばかりの海水。
窒息の苦痛が最高潮に達する頃には、雄弥の意識はブラックアウト。彼は充血で真っ赤に染めた白目を剥き、水草の如く水中で波に身体を揺らしながら沈黙した。
ーー魔狂獣……"ドルマルン"。
それが、この触手の化け物のコード。
ドルマルンは体内を海水詰にされて気絶した雄弥を自身のもとへ引き寄せ、触手の根本に無数にある"口"のひとつで、彼の身体を呑み込んだ。
そしてぷるぷるの葛餅のように柔らかな巨体をしならせると、一気に水中魚雷の如き猛スピードまで加速。どこかに向かって海の闇の中を泳ぎ進んで行った。
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