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第87話 転移者は2人にあらず?




「…………な…………にが…………あった…………ッ!?」



 アイオーラ戦から3日後の朝。憲征軍総本部のとある執務室にて。


 失った左眼の部分に黒い革製の眼帯をつけ両手両脚の包帯もまだ取れていない雄弥は、傷と火傷だらけのその顔を驚きで歪ませながら1人呆然と立ちつくしていた。

 


「おい、そんなオーバーなリアクションはやめろ。まるで僕が死んだみたいじゃあないか」



 彼の残った右眼の前にいるのは、足を組みながらエラそうにソファに腰掛けるアルバノ・ルナハンドロ。

 彼はいつも通りのカッターシャツとスラックス姿だが、ボタンを開けたところから覗く胸には雄弥の四肢のようにぐるぐるに包帯が巻かれていた。……これが雄弥にとっての異常事態である。


「あ、あ、あんた……怪我をしたのか!? あんたが!? あのあんたがッ!? 何が起きたらそうなるんだッ!?」


「えぇいだからそれを今から説明するというんだ、どマヌケめ! 黙ってとっとと座りたまえッ!」


 慌てふためく雄弥を一喝して自身の前に座らせたアルバノは、起きたことの全てを話した。



 自身がゲネザーと交戦したこと。その際にこの傷を負ったこと。


 バイラン・バニラガンを逮捕直前で連れ去ったのもゲネザーであったこと。おそらくバイランを殺したのも彼であること。


 ゲネザーを拘束するところまではできたが、突如現れた魔狂獣(ゲブ・ベスディア)の集団によって彼を取り逃してしまったこと。


 

 それらを聞いた雄弥は、ただただ驚き混乱するので精一杯である。


「……馬鹿な……!! あのゲネザーってヤツは、あんたに張り合えるほど強かったのか……!? そ、そりゃ俺が歯が立たねぇわけだ……!!」


「おい、おいおいおいおい。"張り合う"だと? この僕に? いったい何を聞いていたんだ、このウスラボケめ。まともな勝負になんかなっちゃあいない。あんな人間如きの力がこの僕に並ぶなど、あるわけがないんだよ。……だが……僕以外の手に負えるかと言われれば、難しいところではあるがね。最高戦力以外だと、せいぜいジェセリくんくらいか……」


「ええ!? ジェセリ!? あいつもあんたと同じくらい強ぇの!?」


「ああ、彼は僕にも劣らぬ天才だ。……まぁそれはいい。とにかく、敵の力は予想よりも遥かに巨大だったということだ。しかも、本当に魔狂獣(ゲブ・ベスディア)を操る(すべ)を持っているらしい……。バニラガンが使役していたエドメラル、ディモイド、ゼメスア……あれらは全てあのゲネザーによってもたらされたものだと考えていいだろう」


「で、でもんなことどーやって……!?」


「僕が知るか、アホめ」


 アルバノは胸の傷を右手でさすりながら忌々しそうに顔をしかめる。


「てか……なんで今回は俺だけを呼んだんだ? こういうのって、ユリンとかにも伝えといたほうがいいんじゃ……」



 ーー雄弥がそう言った途端、アルバノは組んでいた足を解いて前のめりの姿勢になり、神妙な空気を纏わせた顔を雄弥に近づける。



「今言ったことはユリンちゃんやサザデーさんにはすでに報告済みだ。……ただ、今回はきみとだけ話しておきたいことがあるのさ」


「は? 俺とだけ?」


「ああ。きみのアホさに備えて一応言っておくが、今からの話は他言無用だ。ユリンちゃんにも何も伝えるな。きみの胸だけに留めておくんだ……いいな?」


「あ……ああ。分かったよ」


「さて、ユウヤくん……まず聞いておきたいんだが」


「な、なんだ?」


 これから話されることが余程の内容であることは、彼の雰囲気を感じれば一目瞭然。雄弥はそれなりの覚悟をして耳を傾け、彼と眼を合わせた。


 ……だが次にアルバノの口から発せられたことは、その覚悟すら軽々と打ち砕くものだった。




「きみは、"いんたぁねっと"というものを知っているか?」




 …………。


 ……………………。


 …………………………。


「……………………………………………………なんて?」



 雄弥は、分からない。



「"いんたぁねっと"だ。知ってるか?」



 分からない。分からない。2度聞いても分からない。


 "いんたぁねっと"が、ではない。台詞が丸ごと分からない。

 その原因は、それとアルバノ・ルナハンドロがあまりにもかけ離れた存在であることにあった。


「え、や、え? なな、な、なんで、あんたがそれをーー」


「う〜る〜さい! 質問は後にしろ! どっちなんだ! 知っているのかいないのか!」


「し……知って、る……」


 強引に押し切られ、脳中をぐっちゃぐちゃにする雄弥。しかしアルバノの質問連打は終わらない。


「"かっぷらぁめん"は? "えーあい"は? "ヒコーキ"は?」


「ぜ、全部……知ってる」


「きみの故郷の国の名前はなんという?」


「日、本……だけど……」


「その国が最後に戦争をしたのはいつだ? きみがこちらに転移してきた時点から数えると何年前だ?」


「はあ? え、え、えと……太平洋戦争が最後だったから……1944……いや45年だっけ……? ……だいたい80年前……くらい、かな……」



 ……それら全てを聞いたアルバノはエメラルドグリーンの瞳を大きく見開き、やがて深いため息をついた。



「…………ちッ…………ヤツめ…………デタラメを言ってたわけじゃなかったのか…………」


「お……おいッ。なんなんだよさっきから……! なんであんたが俺のもといた世界にあったモンについてそんなに知ってんだ? 俺、聞かれたことも話したことも無ぇぞ……! ……え、無ぇよな?」


「ああ……無いな」


「じゃ、じゃあなんで…….? サザデーさんにでもきいたのか? いやにしたって、なんで今その話を……?」



「…………サザデーさんじゃあない。今の話は全て、ゲネザー・テペトから聞いたものだ」



「……………………は……………………ッ?」



 雄弥は、理解の全てを断崖に落とされた。


「ゲネ……ザーが……ッ?」


「ああ。僕から逃げる手筈を整える時間を稼ぐためのでっちあげかとも思ったんだが……きみに確認してここまで一致するということは、どうやら何もウソは無いようだな……」


「な、なんでだよ!! なんで野郎がそんなことを知ってんだ!? 俺はヤツにだってなんにも喋っちゃいねぇぞ!!」


「落ち着け、そんなことは分かっている」


「じゃあどうやって知ったってんだ!! あのクソッタレはッ!!」


「落ち着けというんだ、バカめッ!!」


 興奮のあまり立ち上がって怒鳴り声をあげる雄弥を、アルバノは"華無愚離(はなむぐり)"によって生み出した1本の(つる)で縛りつけて無理矢理座り直させる。


「ぐ……ッ!! 落ち着いてる場合じゃねぇだろ!! 俺じゃねぇなら、他に知る方法があんのかよ!?」


「……情報の出所はきみじゃない。なら、残るはひとつだけだろう?」


「!! ……俺の……前の転移者……!?」


「正解だ」


「ちょ、ちょっと待て……!! 先代の転移者がこっちに来たのは500年前だって聞いたぞ!? あんたがさっき言ったインターネットやらなんやらが俺の世界に誕生したのは、どんなに早いものでも100年前以内だ!! 俺の前の転移者が、それを知ってるはずがねぇ!!」


「ああ、僕もそう聞いたよ。可能性はそれしかないはずなのに、何をどう考えたって噛み合わない。全くイライラするハナシだ。……そして困ったことに、不可解なことはそれだけじゃあないんだ」


「ま……まだあんのかよ……!?」


「先代の転移者について把握しているのは、現議事院会議長とサザデーさんの2人。しかも直接の面識かあるのは、サザデーさんだけなんだ」


「なに!? あんたも先代とは会ったことが無いのか!? あんた最高戦力だろ!? 軍の幹部だろ!?」


「そうだ。そんな僕ですら転移と転移者について知らされたのは、きみがここにやってくるほんの少し前だ。もうその時には、きみの前の転移者はとっくに死んでいたようだしね……」


「"死んでいたようだ"……ってことは……」


「ああ。それもサザデーさんから聞かされただけさ。死んだそいつを見たわけじゃない。とにかく先代の転移者とそれに関わる情報について完全に把握していたのは、面識まで含めるとサザデーさんのみとなる。それだけ厳重に管理されていたはずなんだ。なのにあのゲネザーは……そんなものをどうやって入手したのか……」


 ……それを聞いた瞬間、雄弥の額に何かを察した冷や汗がつたっていく。


「…………あ、アルバノさん…………それって…………」


「……さすがのきみでも気づくだろうな」


「ま、ま、まさか……サザデーさんが、情報を漏らしたってのか……!? あのゲネザーに!?」


「そういうことだ。今のところそれ以外に択が無いのさ。残念なことに……」


「おい待てよ……!! いくらなんでもそれだけであの人を疑うのはーー」


「根拠はそれだけじゃあないから言ってるんだよ。……きみの配属初日に、きみとユリンちゃんが乗る汽車を襲った3人組……覚えているかい」


「あ……!? ……あ、ああ、たしか……レイドとかいうヤツを頭にした3兄弟だったか……」


「ユリンちゃんに頼まれて、総本部でヤツらの事情聴取を行った。あの時は『雹悔(はっけ)』の術を使うレイドがバニラガンの一件に絡んでいると思われていたからね。結局それは勘違いだったわけだが。ーーしかし……それ以外でも、ヤツらからは非常に興味深いことを聞けたよ。3日前の襲撃の後の今なら、尚さらな」


「襲撃後の今なら……? どういうことだ?」


「ヤツらは自発的に事件を引き起こしたのではない。あの列車強盗は第三者から金混じりの依頼を受けて実行したと、3兄弟全員が口を揃えていたよ」


「い、依頼だと!? 誰から!?」


「ヤツらが吐いた依頼人の人相は……サングラスをかけた、灰色に近い色の短髪の長身男性。ゴツゴツとしたブーツと黒の革ジャケットが特徴の、軽薄な言動が目立つ男だったそうだ」


「……そ、それ……ゲネザーか……!? それも、あの野郎の仕業だったのか……!?」


「ゲネザー・テペト本人を見た今となっては、それ以外に候補は無いだろう。さらにその時3兄弟は彼から、その列車にきみとユリンちゃんという2人の兵士が乗ることも教えてもらっていたそうだ。きみたち2人をエサに、我々軍から金をむしり取ればいい。……そう(そそのか)されたらしい」


「つまり……ヤツは知ってたのか……!! 俺の訓練期間がいつ終わるのか、配属先に発つのがいつなのかも……!!」


「そうだ。……あのゲネザーは、きみの動向を全て把握している可能性か極めて高い。きみの配属先であるヒニケ地区の森できみを襲撃したのも、きみが宮都に戻ってきていたこのタイミングに合わせてヤツもまた宮都に現れたのも、そう考えなければ不自然だ。まるで……ずっとどこからかきみを監視していたかのようだ。だがヤツ自身がきみの近くにいたとは思えないし、できるとも思えない。だとすれば、きみについての情報を逐一ヤツに伝える第三者がいたはず。きみが転移した時点からきみのすぐそばで教育兼世話係を担っていたユリンちゃんを介すれば、サザデーさんにとってそれは容易な役割だ」


「それらぜーんぶ……サザデーさんがバラしたってのか……!!」


「……憶測の域は出ないがね。それでもサザデーさんは限りなく黒に近いし、ユリンちゃんはさすがに白だと思いたいが仮にも彼女の娘さんだ。黒側に転んでもおかしくはない。だからこの話は、きみだけの耳に入れておきたかった」


「はあ!? じょ……冗談じゃねぇぞ!! ユリンまで怪しいってのかよ!!」


「警戒するに越したことはないと言っているんだ。それほどに何か……とてつもなく大きな謀略が動いている。我々どころか軍の手すらも遥かに逸脱した、巨大な謀略が。そして今のところ……その中心にいるのはきみだ」


「俺が……!?」


「きみがこの世界に来てから、どうにも妙なことが立て続けに起こり過ぎている。魔狂獣(ゲブ・ベスディア)関連では特にな。街中での出現率の異様な上昇、ゼメスアのような新種や3日前のアイオーラのような変異種の頻発……どれもきみが転移してから目立ち始めたことだ。偶然とは思えない」


「俺が……来てから……」


「とにかく気をつけろ。そしてもしまたあのゲネザー・テペトに遭遇したら、全力で逃げるんだ。あれはそのへんの魔狂獣(ゲブ・ベスディア)などとは格がまるで違う。アイオーラ1体に片眼まで奪われるようなきみでは勝負にならん。いいか、絶対に戦うんじゃあないぞ」




 ……話を終え、放心状態の雄弥がふらふらと部屋を出て行ってから30分。

 アルバノは夕暮れて薄暗くなってきた中部屋の電気もつけずに、いまだソファに腰掛けて思考を全開で巡らせていた。



 ーー先代の転移者がこっちに来たのは500年前……。だがそれではゲネザー・テペトが、ユウヤくんのもといた世界における"現代"の情報を得ていることと辻褄が合わない……。


 待てよ。そもそも転移者が2人だけというのは、サザデーさんが言ったことだ。その真偽を確かめる(すべ)は僕らにはない。……だから信じた。脳死で。無条件に。


 だがもし……彼女の言葉が嘘だったとしたら? 僕たちに知らせた"前提"そのものが、間違っていたのだとしたら?


 ゲネザー・テペトが知っていた情報の出所が、()()()()()()()()()()()()()のだとしたら。




 ーー2人以外にも、転移者がいるのだとしたら……?







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