第84話 異世界を知る男
「が……ッ!!」
アルバノは口からごぼりと血を吐き溢す。
突如彼の胸のやや右側部分を突き破って飛び出た真っ赤な氷柱。それは、彼自身の血液を凍結させられたものであった。
"躯刺血凍"ーー相手の身体を循環する血液の一部を凶器の形に凍らせ、対象の体組織を内部から破壊する。ゲネザーの術の中でも1、2を争う残酷さと殺傷能力を持っている。
……だが、今回の相手はアルバノ・ルナハンドロ。そうやすやすと殺せるような生ぬるい存在ではなかった。
『!! なんて野郎だ……!! 心臓と大動脈の付け根を狙ったのに、ギリギリでずらしやがった!! どんな反射神経だよ!?』
ゲネザーは彼の背中に手を触れたまま、自身の術の手応えの無さに驚愕。
だがそれは彼の失敗。驚くのは、1度距離をとってからにするべきだった。
「え」
素っ頓狂な声を出すゲネザー。
いつのまにか身体をよじって背後のゲネザーのほうを向いていたアルバノが、自身の背中に触れていた彼の腕をがしりと掴んだのだ。
口周りを吐血で真っ赤に染めながらも、アルバノのエメラルドグリーンの瞳からは全く生気が失われていない。
「……1手決めただけでもう勝った気か? 二流だ……!!」
静かにそう述べたアルバノは、拳を握り締めた右腕をゆっくりと振り上げ……
「お、おいちょ、待ーー」
制止するゲネザーに耳も貸さず、彼の顔面を思いっきり殴りつけた。
「おがァあああああァァァッ!?」
鼻血を撒き散らしながら弾丸ライナーの如くブッ飛ばされたゲネザーは10本以上の木々を薙ぎ倒し、その先にあった岩壁に激突してようやく止まることを許された。
同時に彼が先程発動した"白端蝕"が解除され、白く塗りつぶされていた景色が元に戻る。
「ゔ……が……ぐは……ッ」
パンチ1発、されどアルバノのそれは爆弾と変わらず。ゲネザーは顔の穴という穴から血を吹き出しながら岩の壁にもたれ、ずるずると座り込む。
『……ち……ッ! ば、バケモンめ……! あの爪楊枝みてぇなカラダのどこにこんな力があるってんだ……! くそ……ここで始末できりゃサイコーだったが、こりゃ無理だな。この場はさっさと撤退してーー』
「"渦葉頭錐"!!」
逃走を図ったゲネザー。だが、アルバノはそれに先回りして『展翅開帳術』を発動した。
「!? ぐあッ!!」
かつて雄弥にも使われた"渦葉頭錐"。地面や岩壁から生えた数本の鋭く大きな棘がゲネザーの脚や肩を貫き、彼の身体を画鋲を刺されたカレンダーのように固定する。ゲネザーの顔はたちまち苦痛に歪んだ。
「"華無愚離"!!」
だがアルバノは手を緩めない。ついさっきゲネザーが彼に喰らわせた術連打のお返しとばかりの怒涛の勢いで、もうひとつ『展翅開帳術』を使用。
すると地面から無数の太い蔓が現れ、ゲネザーの全身を拘束。彼は首から上以外が一切動かせなくなった。
「逃げよう、と思ったな……!? ……低脳め……!! 調子に乗るなと言っておいたはずだ……!!」
胸を突き破られながらも怒髪衝天スレスレの凄まじい圧を発するアルバノは、座り込んだまま身動きの取れなくなったゲネザーの眼の前に立ち、侮蔑の色で染めた視線を下ろす。
「……やっべーなこりゃ、いやマジで。……参ったぜ……」
大地に磔にされたゲネザーは、やけにあっさりと諦めの姿勢をとった。
「さぁ……くだらん遊びはここまでだ。何もかも教えてもらおうか」
「へぇへぇ……それで? 何が知りたい?」
「カスめ、たった今何もかもと言ったじゃあないか。貴様の目的は何か、貴様とバイランにはどんな関係があったのか、……なぜユウヤ・ナモセの事情を知っているのか……」
すると、ゲネザーがニヤリと笑った。アルバノの台詞の"最後"を聞いた途端にだ。それはどう見ても追い詰められている者の表情ではない。
「……ユウヤ・ナモセねぇ……へっへっへ、ヤツのことならなんでも知ってるさ。ヤツが転移者であることも、ヤツの持つ魔力の巨大さも、あの感情一直線の単細胞ぶりも。そして……」
そして彼が次に発した一言は、アルバノの中に雷を落とした。
「ーーヤツが……"どんな世界から"転移してきたのかも……」
……。
…………。
「…………なんだと?」
「なぁ知ってっか? あいつがもといた世界にゃ魔術なんてモンはフィクションの中にしか存在しねぇが、代わりに科学技術はこっちとは比べものになんねーくらい進化しているんだ。ヒコーキっつーバカデカい鉄の塊が空を飛び、"いんたーねっと"を通してどんなに遠いところにいる相手とも一瞬で連絡がとれるらしい。他にも"あいふぉん"だの"かっぷらぁめん"だの"えーあい"だの……ワケの分からんすげーモンが山ほどあるんだぜ」
「…………おい。何の話だ」
「極めつけはよぉ、アイツの母国だ。ユウヤ・ナモセはニホンっつーとこの出身なんだが、何とその国は戦争をしねぇんだってよ。自衛のための軍隊しか持たず、大っぴらな兵器も持たず、それでももう80年近くも平和を維持してるんだと。とんでもねぇよなァ。その仲良しこよしの精神は俺たちもぜひ見習うべきだぜ。な、そう思うだろ?」
「おいやめろッ!! 何の話だ!?」
耐えかねたアルバノはついに怒鳴り声を挙げるが、ゲネザーの笑みは邪悪さをどんどん増していくばかり。
「へへへ……あんたの知らねーハナシ……さ」
……アルバノは彼を睨みながら頭をフル回転させる。
ーーこの世界に来た転移者は、ユウヤくんを含めて2人だけ。転移前の世界のことを知っているのも当然転移者だけ。
ユウヤくんがこの男に対して自分のもといた世界のことを話すはずがない。僕らにだって話さないし、僕らから聞くこともしていない。
……だとすればこいつの知っている情報は、先代の転移者からのもののはず。
しかし……こんなヤツがどうやって先代の転移者と会ったんだ!? もしくは……間接的にその者からの情報を入手するツテを持っていたのか!?
だが先代の転移者についての情報は最高機密の中でもさらに厳重に管理されているもの……!! 僕だってユウヤくんが来るほんの少し前にやっと知ったことだ!! しかもその頃にはすでに、先代の転移者は死んでいた!!
それまでで全てを把握していたのは、国会議長と……
サザデーさんだけなんだぞ!!
「貴様……なぜそんなことを知っている……!! それを誰から聞いた……!?」
「……俺に聞く必要あんのかなァ? それは」
戦慄するアルバノの心中はゲネザーに完全に見透かされている。アルバノは、いよいよ堪忍袋の尾を切らした。
「無駄口ばかり叩きやがって!! こうなったら苦痛を与えて無理矢理にでも吐かせてやる!!」
「おほほぉ〜う、おっかねぇ。やめてくれよ拷問なんて。俺は心が弱いからなァ、そんなことされたらコロッとなんでもバラしちまう。……ま、だからーー」
その時ゲネザーの黒眼が、ギラリと光った。
「わりーが……ここでお別れだ」
それと同時だった。
突如アルバノの周りに、どこから現れたのか大量の巨大な黒い影が姿を見せたのだ。
「!? なに!!」
30を優に超えるその影たちは、上から、横から、次々とアルバノに襲いかかる。影の正体とは……
「ディモイド、ガネント……エドメラル……!?」
全て、魔狂獣であった。
群れの半分をディモイドが占め、残る半分に同数程度のガネントとエドメラル。そんな阿鼻叫喚を凝縮したような集団は、アルバノをゲネザーから引き離すように次々と攻撃を仕掛けていく。魔狂獣にしてはあまりにも統率が取れ過ぎている動きである。
そしてゲネザーがフリーになったところで1体のエドメラルが彼のもとへ行くと、その両腕の鎌で彼を拘束していた蔓や棘を全て切り刻んでしまった。
「!! く……そッ!!」
アルバノはそれを察知してはいたが、もともと深傷を負った状態なのだ。その上でこの化け物の集団に加えてゲネザーにまで構う余裕は、さすがの彼といえどあるはずがない。
「ハッハァ!! んじゃーな!! 縁があったらまた遊ぼうぜ!! ルナハンドロさんよォーッ!!」
自由を取り戻したゲネザーは高らかな笑いを残して、すっかり闇に沈んだ夜の森の中に消えていった。
「…………お…………のれ…………ッ!!」
アルバノはただ魔狂獣に囲まれながら、腑を煮えくりかえすことしかできなかった……。
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