第82話 アルバノを呼ぶ者
……強い。
とてつもなく強い気配。
強者のみが察知できる、強者の気配。
会ったことはない。話したこともない。だがアルバノは……この気配の主を知っていた。
現在、夕方。
腕まくりをした白のカッターシャツに黒のスラックスというシンプルな格好をしたアルバノがいるのは、宮都外れにそびえ立つ山の中腹……そこの吊り橋が"あった"、うっそうとした森の中だった。
昼間にここで起きた吊り橋崩落事故の救出活動も無事終わり、巻き込まれたツアー団体の人々も一部怪我人はおれど全員助かった。
「ルナハンドロ様! 怪我人の搬送、完了いたしました!」
「ん……ああ」
ポケットに両手を入れながら立つアルバノはどこか張り詰めた空気を漂わせ、報告に来た男性兵士への返事もそっけない。心ここに在らず……といった様子だった。
「あなたのおかげで迅速に解決できました。……しかし、やはりあなたはアイオーラ討伐の応援に行ったほうがよかったのでは……?」
「……そうしたいところだったが……こっちの方が何千倍もマズイ雰囲気なんでね……」
「は? そ、そんなにでしょうか……? 確かに飛空部隊の大半を駆り出す事態ではありましたが、最高戦力であるあなたをお呼びするほどでは……」
「いや……いい。それよりきみたちは早く山を降りたまえ。後の始末は僕が引き受けよう」
「え!? あ、あなたにそんなことをさせるわけには……」
「おい、僕は"引き受ける"と言ったぞ。その問答に意味があるか?」
「は、はいッ! で、ではよろしくお願いいたします」
そのイヤミったらしい物言いに対して男性兵士は素直に従う体を装いつつ、去り際にボソリとひと言。
「……めんどくせー人だなぁ、も〜……」
「悪かったね」
残念、アルバノの地獄耳はこれを逃がさない。
「!! あばあばあばあばアハハハハハーイ!! さ、さーみんな!! 帰るぞーッ!!」
男性兵士は眼球を溺れさせまくりながら、周囲の他の兵士たちに大声をかけつつ一目散に走り去っていった。
……太陽はもう、頭の先っちょしか見えていない。
高い木々が立ち並ぶ山の中。どこからかリーリーと、心地の良い虫の声がする。
やがて時間が経ち山から他の兵士たち全員が退却したのを察したアルバノは、両手をポケットから出しーー
「ーーわざわざ人払いまでしてやったんだ……もういい加減出てきてくれてもいいだろう? ただ言っておくが……この僕を呼びつけた代償は安くは済まないぞ」
自身から少し離れた位置にそびえ立つ大木を、ギロリと睨み付けた。
すると突然周りの木々に急速に霜が降り始め、気温がぐっと下がりだす。空は、山中に満ちた殺気に怯えてギャーギャー鳴きながら逃げ出す鳥の大群で真っ黒に染まる。
……まもなく大木の裏から、1人の男が姿を現した。
「へへェ……さすがさすが。強ぇだけじゃなく勘もいい。まったく惚れ惚れするなァ」
鼠色のブーツで霜柱が立った土の地面をメシメシと踏み歩きながら、男は邪悪な笑みを浮かべている。
長身痩躯、レザージャケット。
アシンメトリーの鈍色の短髪、左耳の青いリングピアス。
そして何より黒の瞳。
男の名は、ゲネザー・テペト。
「初めまして……だぜ。アルバノ・ルナハンドロ……」
「……孤児院以来、の間違いだろう? 横槍野郎め」
ーー夕暮れに集う2人の強者は、互いに殺意を込めた視線を交わした。
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