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第81話 涙の引き換え




 左眼があった場所から血をどくどく流しながら雄弥(ゆうや)は歩く。




 ジェセリ……お前の言ってた"どうにもならねぇこと"ってのは、こういうことか……?


 どーでもいいクソムカつくガキを庇った結果がコレだ……たしかに夢も希望も無ぇぜ。


 守りたくないもののために身体を張り、キライなヤツを助けようと命を差し出す。

 お前は……他の人たちもみんな、ずっとこんな思いをしてきたのか? 形は違えど、理不尽とぶつかり続けてきたのか?


 ……それが兵士になることだっていうならーー



 俺も、なってみせるよ……!!




 全身から、ぼうッ、と魔力を発する。


 それは彼が歩を進めるごとにゆっくりと下降していき、彼の"足首から下"に集約。


 そして次の瞬間ーー




 雄弥は、勢いよく空に飛び出した。




「!? えッ!?」


 あまりにも予想外の事態に離れた位置にいるユリンも愕然。


 雄弥は両足裏から『波動(はどう)』を放射し、それを推進力として大空へとーーそこに浮かぶ翼竜型魔狂獣(ゲブ・ベスディア)へと、弾道ミサイルの如く突き進んでいく。


「ゴゲゲェーーーッ!!」


 空中という安全地帯で余裕をきめこんでいたアイオーラも新たに向かって来るその敵を6つの眼全てで補足。フルの臨戦態勢を取ると、自身もまた雄弥に向けて突撃を始めた。

 上昇する雄弥と、下降するアイオーラ。猛スピードで飛ぶ2者の距離はものの数秒足らずで詰まっていき、真正面からぶつかった。


「ぐはッ!!」


「コァアアアアッ!?」


 2者の激突の威力は拮抗。互いに跳ね飛ばされた。

 6枚もの翼、莫大な魔力による圧倒的な加速。飛行出力はほぼ互角である。


「カァアアアア!!」


 アイオーラはすぐさま体勢を立て直しつつ雄弥から離れると、彼に向けてその3つの口から火球の乱射を浴びせだす。


「!! ちッ!!」


 後退する雄弥だが、その分厚(ぶあつ)い弾幕には隙が無い。徐々に彼の身体には火球が掠り始めていく。おまけにスピードだけならジェット機並ではあっても、普段重力に従って生活している彼には滞空制御もままならない。優雅かつ鋭い旋回飛行を見せつける空の悪魔の攻撃から逃げ切るのが不可能なのは明白であった。


 ……そこで雄弥はどうしたか。


「避けられ、ねぇなら……避けなきゃいいんだあッ!!」


 彼は後退をやめると、壁のような密度の火球弾幕へと両手から『波動(はどう)』の光弾を撃ちつつ突進。光弾と火球が相殺したことで発生する強力な破壊エネルギーの爆発の渦中に身を投げたのである。


 やがて彼は全身火傷まみれになりながらもそれを突破。アイオーラを目視で捉えた。


「お返しだぜぇえええッ!!」


 そのまま光弾のターゲットは空の悪魔に変更。1発命中しただけで勝負を決める攻撃が、機銃同然の連射速度でアイオーラに迫る。だがアイオーラは凄まじく緩急のついたジグザグ飛行でそれを器用に避けていく。


「う……ぎ……ッ!!」


 ……まもなく、大砲連射のツケが来た。雄弥の両腕が、みしみしと音を立てて少しずつ崩壊の兆候を見せる。


 アイオーラは彼が痛みに怯んだ瞬間を見逃さなかった。その隙に弾幕が薄い領域に脱出すると、全ての翼を大きく振りかぶる。

 そして雄弥に向けて、先程リュウに食らわせたのと同じ風圧の爆弾をお見舞いした。


「うわあッ!!」


 雄弥は糸の切れた(たこ)のように吹き飛ばされるも慌てて自身のロケットエンジンである両足のバランスを取り、姿勢を整える。


 その間、わずか10秒。だがアイオーラの飛行速度からすればこれはあまりにも大きすぎる猶予。

 風圧を放った直後から雄弥への急接近を始めていたアイオーラは、姿勢制御に手間取った雄弥の死角……左眼を失い視界を封じられた左真横から頭のひとつの大口を開けて彼に襲いかかり、その胴体へと噛み付いた。


「!! しまッーーぐがぁああああッ!!」


 肉食魚のような無数に立ち並んだ細い牙を腹と背中にずぶりと食い込まされた彼は絶叫。噛む力はどんどん強くなり、アイオーラの口元は彼の鮮血でみるみるうちに真っ赤に染まる。


「…………が…………ッが…………」


 意識が消える。消えていく。


 ……その寸前で、彼の脳裏に何かが映る。




 ーーエミィが泣いている。アーレン夫人が、チャック少年が泣いている。


 見たくねぇ。こんな……"取り返しのつかない涙"は……!


 それに比べりゃ痛みがなんだ……!! 出血がなんだ!! 左眼!? 火傷!? 問題じゃねぇッ!!


 傷なら癒える!! 血は止まる!! だが悲しみは永遠だ!!


 止められる!! 俺の傷は、命を救う!! 俺の痛みで、悲しみは消える!! 俺の血はーー



 誰かが流す、涙のかわりだ!!




 眼を開ける。

 歯を食いしばる。

 拳を握り、魔力を込める。発動するは"砥嶺掌(とれいしょう)"。

 


「……ぐ……ぬぐぁ……ッ! ーーッうぉおおおおおおォォォッ!!」



 雄弥の痛みを乗り越えたその渾身の一撃は、彼の胴を咥えるアイオーラの頭に振り下ろされた。


「ゲギャアアアアアアアアアーーーッ!!」


 3つの頭のうちのひとつを消し飛ばされ、アイオーラは苦痛に満ちた悲鳴を上げる。

 だが雄弥は止まらない。身体が解放されるとすぐさま悶絶するアイオーラに肉迫し、両拳の"砥嶺掌(とれいしょう)"による猛攻を仕掛けた。


「ギャーーーッ!!」


 翼を折られ、千切られる。身体中に次々穴が開き、頭はひとつに戻ってしまう。アイオーラはたちまち見るも無惨な姿となった。


「だぁあッ!!」


 撃ち込めるだけ撃ち込んだのち雄弥はより強力な一打を加え、全身をズタズタにしたアイオーラを地面に向けて叩き落とした。


 だがこれを最後に、彼の両手は過剰負荷によって潰れてしまう。

 そうでなくとも、彼はとっくに満身創痍(まんしんそうい)。追撃するにも1度が限界。だがアイオーラはまだ生きている。万事休すか?



 …………(いな)。すでに、時間は(かせ)がれた。



「5分だぞぉッ!! ユリィィーンッ!!」


 雄弥のその叫びは、アイオーラを追い越して地上に届く。


 落下する空の悪魔を待ち受けるのは、ようやく民間人の治療を終えたユリン。

 彼女は両手で(いん)を結び、そこにオレンジ色の魔力を宿らせる。


 そして静かに口を開く。



 ーー乳飲(ちの)み子よ

   愛らしき無垢(むく)なる者よ

   (きよ)きを吐き、(じゃ)(すす)

   母の胸に愛は無く

   父の腕に余裕(ゆとり)無し

   海は血汐(ちしお)

   陸は(しし)

   (かばね)(とこ)に安らぎを

   (きびす)を返せ

   ()()らせ

   枯れた心を()り砕き

   神の(のど)へと(そそ)ぐべし



「"慈䜌盾(しらんじゅん)"ーー『(のう)』!!」



 すると、落下途中のアイオーラが空中で透明な魔力球体の中に閉じ込められ、停止した。

 "慈䜌盾(しらんじゅん)"の檻……これがユリンの切り札であった。


「ゲェエ!? ケ、ケ……ゴケェアアッ!!」


 ボロボロのアイオーラはどうにかしてその檻を破ろうと足の爪や火球による攻撃を与えるが、破壊どころかヒビすら入らない。


「ぜぇーッ、ぜぇーッ、ぜぇー………ッ」


 その遥か上方で滞空したまま、喉をカラカラにして息を切らす雄弥。腹と背中は血にまみれ、身体のあちこちが水膨れで覆われている。


 ユリンはそんな彼を見上げ、半分は心配、……そしてもう半分は誇らしさを込めた、細い眼差しを送っている。

 



 ーーユウさん。


 あなたは、自分は誰の役にも立てていないと言った。


 確かにその力は、周りに比べれば劣るでしょう。シーナ、ジェス、アルバノさん……数えればたくさん。


 でもあなたを役立たずと思う人なんてーー



 もう、いないよ……。




 雄弥は急降下。標的は魔狂獣(ゲブ・ベスディア)アイオーラ。


 落下の最中(さなか)、右足に魔力を集中。それをアイオーラに向け迫っていく。


 落雷のようにーー



「ぬぁあああああああ"あ"あ"ーーーッ!!」



 やがて彼の残る全てを注ぎ込まれた蹴りにより、アイオーラの身体はそれを閉じ込める"慈䜌盾(しらんじゅん)"ごと粉々に砕かれ、爆散。青空の彼方に消えていった。




















「そうだ…………それでいい、()()()()()…………」


「お前が頑張れば、頑張るほど…………」


「未来のお前は…………自分の価値の無さを、より強く思い知ることになるんだからな…………」



 ーーその様子を遠く離れた場所から、()()()()()()()眺めていたサザデー。

 彼女は煙管(きせる)をご機嫌に吹かしながら、凶悪な笑みを見せるのだった。







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 また、今回初めてのレビューをいただくことができました。本当にありがとうございます。皆さんに面白いと思ってもらえる作品を書けるよう、これからも頑張りますので、応援よろしくお願いいたします。




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