第80話 考える前に……
ほんの一瞬だが、思ってしまった。"ざまぁみろ"、"自業自得"、"いい気味だ"。
散々いわれなく自分を痛めつけたリュウが、いいように嬲り倒されている様を見ていた雄弥の気持ち。俺はやめろと、ここから帰れと忠告した。それを守らなかったお前が悪い。そういう気持ち。
……恥を知れ。それは餓鬼の理屈だろう!?
「コケァーーーッ!!」
上空に舞うアイオーラは意識を闇に沈めたリュウに対し、3つに分かれた首もとい頭の全てより火球の雨を吐き出す。
「く……"慈䜌盾"!!」
遠巻きにいるユリンはいまだ継続中の負傷者への治療を片手に減らし、もう片方の手でリュウを護るための盾を生み出す。
アイオーラの火球は地に倒れる少年の身体に辿り着く寸前でその魔力防壁に阻まれ、火の粉となって消えていった。
「ケェ!? ゴ……ガァアアアアアアアアッ!!」
アイオーラは驚いた様子だったがそれもほんの数秒であり、火球が届かぬと理解するや急降下を開始。自らの手で直接引導を渡そうとリュウに猛スピードで迫っていく。
『ダメ……!! 片手間じゃあの速さは捉えられない!!』
まだユリンは治癒の手が離せない。リュウの守護に魔力を回せば患者が危険だが、アイオーラを無視すればリュウが死ぬ。おまけに迷うヒマすら無い。
ーー彼女の頬から1粒の冷や汗が垂れ落ちかけた、その間。
雄弥は全速力で、少年のもとへと走っていた。
さすがに彼とてちゃんと考えた。自身を遥かに上回る身体能力を持つリュウが太刀打ちできなかった相手に、自分が何ができるのか。
今のアイオーラのパワー、タフネス、そして何より飛翔のスピード。雄弥が勝てる可能性は限り無く低い。駆けつけたところでどうにもならない。考えれば分かる。誰だって分かる。考えれば、考えれば、考えればーー
……悪ぃ、アルバノさん。
あんたは『悩む前に考えろ』って言ってたけど……俺、バカだからよ。考えると逆に、もっと大事なことを見失っちまう。だから……
ーー俺……もう考えねぇようにするよ。
雄弥がリュウのところに辿り着いたのはアイオーラとほぼ同時。……いやコンマ2秒、彼のほうが速かった。
雄弥はその瞬き2つ分の猶予で少年の身体を抱え上げ、飛び退く。アイオーラはそこを凄まじい衝撃波を撒き散らしながら通過した。
それによって雄弥はリュウを胸に抱いたままかなりの距離を吹き飛ばされ、ユリンのすぐそばへと背中から落下する。
「ユウさんッ!!」
「……………………う……………………」
ユリンが叫んでまもなく、雄弥はリュウを地面にそっと寝かせると、フラフラと立ち上がる。
「!? …………ユ…………ウさ…………!!」
その彼の顔を見たユリンは絶句した。
ーー左眼が、無い。
雄弥の顔の、ついさっきまで左の眼球が埋没されていた部分が、抉られて血で真っ赤に染まっているのだ。
ユリンが滞空するアイオーラを見上げると、その3つの頭のうちのひとつが、嘴の先で何かを啄んでいる。……丸くて小さい、何かを……。
「あぁ……ちくしょうッ……躱しきれなかった……。へ、へへ、痛ぇ……ッ」
雄弥は全身をわななかせ、残された右眼から痛みに耐えかねた涙を流す。
「ま、待ってて!! 今止血をーー」
「いいからッ! ……そっちが……先だろ」
慌てるユリンを、民間の怪我人を指差しながら遮った雄弥は着ていたパーカーを破り、抉られたところを覆うように顔にグルグルと巻きつける。
「……お前の言う通りだユリン。やっぱダメだよな、子供のままじゃ。つくづく自分の幼稚さに吐き気がするぜ……」
「え……?」
「いや……なんでもねぇ。それよりユリン。どうすりゃいい? 俺1人じゃ何をどうしたってあのバケモンには勝てねぇ。勝つ方法が分からねぇ。そこで相談なんだけどよ……なんか作戦とかあったりする……?」
彼の顔に巻かれたパーカーの患部に血の滲みがどんどん広がっていくのを不安そうに見つめながらも、助けを乞われたユリンは30秒ほどじっと黙り込んだ。
「…………5分」
「なに……?」
「私の術で、あの魔狂獣の動きを封じることはできます。ただそれにはこの怪我人の治療を終えて、魔術への集中を全てそちらに割かなければいけない。それまでにかかる時間が……あと5分必要です」
「5分……か……」
それを聞いた雄弥は天上に舞うアイオーラを見上げ、そのまま右眼を閉じる。
……やがて少しして彼は、何か覚悟を決めたように瞼を開けた。
「分かったぜ。じゃ、任せたからな」
雄弥はゆっくりと歩き出した。滞空する魔狂獣に向かって。
「わ……分かったってユウさん、どうするつもりなんですか!? 空も飛べないあなたが今のアイオーラとやり合うのは無謀です!! 格好の的にされるだけです!! ましてや、片眼を無くしていては尚更……!!」
背後からユリンが至極もっともな意見をぶつけてくる。
それを聞いた雄弥は1度ぴたりと歩みを止めると、右眼側から彼女のほうへと振り返る。
「ーー信じてくれよ。頼む」
そして瞳に燃え盛る闘志を宿らせつつ、絞り出すようにそう言った。
かつてない出立ちを見せつけられたユリンは一瞬ひどく呆気に取られるも、彼の強固な意志を察したのだろう。
「…………了解」
彼女もまた、強い眼差しとともにそう答えるのだった。
そう。彼は勝てない。敵いっこない。
ーー空も飛べないのならば……。
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