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第77話 空の支配者 -アイオーラ-




 その魔狂獣(ゲブ・ベスディア)姿形(すがたかたち)をひと言で表すなら、"翼竜型(よくりゅうがた)"と述べるのがベストだろう。


 脚は短い。胴体も短い。しかし手もとい翼と、頭は極端にデカい。翼は羽毛ではなく、それこそプテラノドンとよく似た皮翼である。

 頭部にはぎょろりとふたつの三白眼を覗かせ、ペリカンの如き巨大な(くちばし)をぶら下げる。そこにはピラニアを思わせる細く鋭い牙が生え揃い、また、頭のてっぺんから首筋にかけては馬のような立て髪が茂っている。


 現在確認されている魔狂獣(ゲブ・ベスディア)の中での唯一の飛行種(ひこうしゅ)……『アイオーラ』。それがこいつのコードであった。



「ゴケェエエエエエエエエーーーッ!!」


 アイオーラは旋回飛行を繰り返しつつ、赤紫色の火球を野太い鶏のような鳴き声と一緒に口から吐き出し、宮都北部の町々に大空襲をもたらしていた。


 そんな空の悪魔に応戦するは、軍の飛空部隊。飛翔効果を持つ『漂扇(ひょうせん)』の魔術を使う者たちで構成された小規模部隊である。

 しかし現在交戦しているのはたったの4人。案の定と言うべきか、アイオーラを仕留めるのにはどうやっても足りなかった。


「おい!! 応援はまだ来ないのか!?」


「そ、それが宮都外れの山道でツアー団体が渡る吊り橋の崩落事故があったようで、飛空部隊の大部分がその救助に割かれているようです!! まだしばらく増援は見込めそうもありません!!」


「なんだと!? そんな偶然ありかーーうぉおおおッ!?」


 そんな焦りを吐き続ける彼らに、アイオーラの巨大な翼のはばたきが直撃する。

 災害の如き風圧。その圧倒的なパワーに、飛空部隊兵士4人はまとめて地上へと叩き落とされてしまう。


 

「軍医療部所属の者です!! 怪我をしている方はいらっしゃいますか!?」


 一方地上でもまた、大勢の兵士たちが慌ただしく駆け回っている。

 ユリンもその1人。怪我で動けない人々のもとへと向かい、治療。終われば次の患者を探してまた走る。


 雄弥はというとーー


「ふ……ッんぬぎぎぎぎ……ぐぬぁりゃあああッ!!」


 倒壊した建物の巨大な破片を、汗だくになりながら持ち上げ続けていた。


「おい、動けるかおっさん!?」


「へ、平気だ……ありがとう……!」


「どっか痛ぇとこあったら、オレンジ髪のユリンってヤツに診てもらえよ!」


 その下敷きになっていた者を引っ張り出し、救出、必要とあらば医者のところまで担いで連れて行く。その繰り返しだ。


「ふうッ! 早く別のとこ行かねぇとーーうおッ!?」


 すると、そんな彼の眼の前にある崩れた民家の瓦礫の山に、空から勢いよく落ちてきた何かが衝突。

 やがて土煙が晴れるとそこには、飛空部隊の兵士のうちの1人が仰向けに倒れていた。


「!? お、おいあんた大丈夫か!?」


「……うぐ……ぐ……」


 雄弥は慌ててそこへと駆け寄る。その初老の男性兵士は全身に無数の切り傷を負い、左肩にはひどい火傷もある。かろうじて意識はあれど、戦闘続行は誰が見ても不可能であった。

 雄弥は男が落下してきた上空を見上げる。……そこにいるのは、地上で慌てふためく人々を嘲笑うかのように飛び回るアイオーラだけだった。


「ま、まさか……飛空部隊は全員やられたのか……!?」


 雄弥が戦慄するのも束の間、空を舞うアイオーラが突如ぴたりと旋回運動を止める。それからしばらく滞空しながら地上をぎょろぎょろと眺めたかと思うとーー


「ケーーーーーーーーッ!!」


 翼を一気に扇ぎ、地上に向けて猛スピードで急降下を始めた。

 アイオーラの三白眼に映るのは、雄弥のそばに落下した飛空部隊の男性兵士。瀕死へと追い詰めた獲物に、とどめを刺そうというのだ。つまりこいつが今目掛けているのは……雄弥のいる場所だった。


「!? ちょ待て待て待て待てジョーダンじゃねぇぞォォッ!!」


 無論雄弥は大パニック。しかも彼は逃げられないのだ。彼がここから退いてしまえば、アイオーラのメインターゲットである飛空部隊兵士が殺される。

 彼の声を遠巻きに聞いたユリンがその危機的状況を把握するが、彼女は現在重傷者3人を同時に処置している真っ最中であった。


『く……手が離せないこんな時に……ッ!!』

 

 患者の1人は出血がひどい。雄弥への防御魔術に魔力を使う余裕など無いのだ。


 しかし考えるヒマもまた無い。アイオーラは空気を切り裂く金切音とともにどんどん迫り来る。


「ちっ……くしょうがぁぁあッ!!」


 雄弥は当たりゃお慰みとばかりに両手から『波動(はどう)』の光弾を乱射。しかしアイオーラは、見る者が思わず惚れ惚れしてしまいそうなほどの優雅なアクロバット飛行で、それら全てを少しの危なげもなく回避していく。


「ユウさん逃げなさいッ!! あなたまで殺されるッ!!」


 ユリンの必死の叫びも虚しく、空の悪魔はついに弾幕を突破。その(くちばし)の先端が雄弥の眼前に到達する。


『と……"砥嶺掌(とれいしょう)"をーー!!』


 そう思ってはいれど雄弥はもう察していた。


 間に合わない。どうやっても。瞬きする時間も……死を覚悟する時間すらも無い。



 が、絶望が決定的になりかけた、その時ーー



「ンゲェエエッ!?」


 雄弥の鼻先に触れかけてまでいたアイオーラが突然現れた何者かによって真横から強烈な飛び蹴りを喰らわされ、地面をピンポン玉のように跳ねながら民家のひとつに激突、瓦礫に埋もれてしまった。


「な……なに!?」


 死を前にして思考が停止しかけていた雄弥はワンテンポ遅れてその事態に気づく。


 アイオーラに一撃を叩き込んだ張本人は、彼の前にズダンッ、と降り立つ。


「へんッ!! やっぱダッセェなおまえ!! ヘーシのくせになんにもできねぇじゃんか!!」

 

 その正体は、彼に向けて変わらず悪態を垂れるモコモコ髪の少年ーーリュウであった。







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