第75話 妬き上がる……"男"心
ウワサをすれば……だ。
エミィが呼んだ名から、雄弥をブッ飛ばした男の子こそが"力持ち"のリュウくんらしい。
身長120センチ弱のリュウ少年の1番の特徴は、やはりその毛髪である。
エミィが言った通り、それは羊の毛のようにもこもこふわふわ。とても触り心地の良さそうな焦げ茶色の天然パーマだ。加えて眼尻の垂れ下がった灰色の瞳、さらに右口元にあるホクロも相まっ妙に色気のある少年だった。
が、その実態はーー
「あの……"ろりこん"ヤロウッ!! おとなのくせにデレデレしやがってッ!! キモチワリぃッ!!」
この有様である。アイドルの面を被ったチンピラそのものだ。
「待ってリュウくん、待ってってば……ッ!!」
「ああエミィ、だいじょーぶかッ!? なにしてんだよ! しらないヒトについていっちゃダメなんだぞ!」
「知らない人じゃない……ッ!! あの人がユウおにぃちゃんだよ……!! 前にお話したでしょ……ッ!?」
「ーーえ? アイツが……?」
それを聞いた彼は顔を引きつらせて驚いた様子を見せたがそれも一瞬であり、反省・謝罪の姿勢を示すどころか、これまで以上に雄弥に対する敵意を剥き出しにした。
「……へんッ! そんなワケあるか! エミィ、オマエはアイツにだまされてるんだよ!」
「え……ッ!? だ、だまされるって……なにを……」
「あのなァッ! あーんなよわっちいヤツがヘイシなワケねーだろッ!? あんな1パツでぶったおれるよーなヤツが、どーやってオマエをたすけたってんだ!」
そんな言いたい放題の少年に、ぬっ、と黒い影が覆い被さる。
「ーーおいガキんちょ……!! 人様のこといきなり蹴っ飛ばしといて随分な言い草じゃねぇか、ええ……ッ!?」
いつの間にやら復活していた雄弥がアタマのてっぺんにどデカいタンコブをこしらえながら、睨み顔で彼を見下ろしていた。
「なんだぁオッサン!! まさかそんなヘナチョコのクセに、このオレとやろうってのか!? オレのパンチはひかりのにおくまんばいはやいんだぞ!!」
「お、オッサンだァ!? ざけんな!! 俺はまだ酒も飲めなーー」
人生で初めて言われた悪口に彼が困惑した、その隙。リュウ少年は再び雄弥に向けて強烈なパンチを放った。
雄弥なまたもや避けられずまともにそれを食らう。ーーで、その命中した場所というのが……
「もぺェええええええええーーーッ!!」
彼の股にぶら下がる2人の息子であった。
「りゅ、リュウくん……ッ!! 何するの……ッ!!」
「むぐゥゥ……ッゥがァーーーッ!! このクソったれェッ!! ブッ殺してやるゥゥーーーッ!!」
カワイイ我が子にゲンコツをくらわされた雄弥はとうとう大沸騰。瞳を真っ赤に血走らせながら、自身の半分未満しか歳をとっていない子供に向かって猛烈な勢いで襲いかかった。
ーーが。
「おげッ!?」
「ぶふッ!!」
「へべれッ!!」
彼は殴り・蹴りの全てをリュウ少年にかわされ、逆にリュウ少年の攻撃はぜーんぶモロ受け。
試合終了のゴングが鳴った頃には、無傷のリュウがボロ雑巾となって倒れる雄弥のアタマを踏みつけていた。
「へッ! なんだよ、ザッコいなァ! オラオラ、もうおわりか!?」
「へべろ〜」
チビッ子の煽りすら、眼を回している雄弥の耳には入らない。
「おいおきろッ! まだショーブはおわってーー」
「リュウ、くんッ!! もうやめてッ!!」
そこで、エミィの怒声がなおも拳を振りかざそうとするリュウに放たれる。
「それ以上やったら、わたし、もうリュウくんと遊ばないッ!!」
「! ……ちぇッ、なんだよ」
その迫力に圧倒された少年が不貞腐れた様子で渋々アタマを踏んづけている足をどけると、エミィは意識をスッ飛ばしながらワケの分からないことをぶつぶつと唱えている雄弥の元に駆け寄った。
「おにぃちゃん……ッ、大丈夫……!?」
「玉がひと〜つ……玉がふた〜つ……玉が……な〜い……」
「ちょ……ちょっと待っててね……! 先生呼んでくるから……ッ!」
そうして少女が病院へと走っていく中、ポケットに手を入れながら不服そうにぶらぶらと歩き回るリュウ少年の脳内には、かつてのエミィの言葉が思い出されていた。
10日ほど前。エミィとリュウが入院する病院の駐車場で、1台の自動車が暴走した。
運転手は末期ガンの患者。医者から余命宣告を受けたことで絶望、自暴自棄になっての行動だった。それは10分近くもの間、歩いていた人々をはね、駐車されてる他の車への体当たりを繰り返した。
その惨劇を止めたのがリュウだった。
病室の窓からその様子を見た彼が一目散に駐車場に駆けつけ、自身に向けて猛スピードで突っ込んでくる車に真正面から一発の蹴りを見舞ったのだ。
車は吹っ飛び、やがて天井から地面に激突して沈黙。運転手は逮捕され、はねられた人々も迅速な治療を受けて全員が助かった。
「すごいよ……! リュウくん……!」
「へへーん、そーだろ! おれはいつか、かーちゃんによんでもらったほんにでてきたヒーローみたいになるおとこだからな! これからもなんかこまったことがあったら、おれにいえよな!」
一躍英雄へと成り上がった少年は鼻高々にエミィの賛辞を受ける。
「うん……! ……なんか、ユウおにぃちゃんみたい……」
「ーーは? だれ? ソレ」
しかし彼女の口から出た聞き知らぬ名に、リュウの顔の笑みは消し去られた。
「……私にもね、ヒーローがいるの……。兵士のおにぃさんなんだけどね……? リュウくん、その人と同じくらいかっこいいよ……」
「……へぇ。ソイツとオレ……どっちがつよいの?」
「え? え、えぇと……強い……? 分かんない……」
質問の意図を掴みあぐねたエミィはきょとんとする。
「……え、エミィはさ……ソイツのこと、スキなの……?」
恐る恐るに聞き込む彼に、今度はエミィは間を置かずーー
「うん……ッ! 大好き……ッ!」
……そう言った。今までにリュウが見たことのない、明るい笑顔とともに。
それは少年の心に"モヤモヤ"を落とすには……十分過ぎたのである。
「ーーなんでぇ、アイツとオレのどこがおなじなんだよ……! オレのほうがずーっとつよいじゃん……! なのになんでエミィは……あんなヤツのことを……ッ!」
リュウ少年は野原に生える草花を乱暴に蹴りながら、病棟へと帰って行った。




