第68話 作戦……成功?
ディモイドの駆除が完了してから小一時間後。
工場から脱出した雄弥は柵の外の地面に座り込み、同じく眼の前に座るユリンから術の使用でオシャカになった両手の治療を受けていた。
「ーーではユウさん、もう1度手をぐーぱーぐーぱーしてみてください」
「ッぐ……い、いぢぢぢぢ……ッ!! だ、ダメだ……やっぱり痛くて動かせねぇ……ッ」
すでに何回も『命湧』の治療を重ねがけされたことで彼の手は原型には戻りつつあったものの、骨や肉どころか神経まで切り潰した代償はさすがにその程度では完治せず、激痛に阻まれていまだに指を動かすことすらままならない。
「思ってた以上にひどい怪我ですね……これは治りきるまで少し時間が必要になります。全く、だからあれほど"砥嶺掌"の乱発はダメだと言ったのに」
「しょーがねーじゃんか! こうでもしなきゃこっちがやられてたんだしよーッ!」
「それに右足まで潰しちゃって。足で"砥嶺掌"を撃つのは完全に禁止したでしょ? 動けなくなったらそれこそ敵の格好の的になるから、って……」
「へん! それに関しちゃそこの頭上不注意野郎に言ってくれ! そいつがボーッとしてなきゃ、俺は右足を犠牲にする必要は無かったんだからなッ!」
雄弥がそう言ってアゴを向けたのは、ユリンのすぐ背後でスキットル型の水筒から水をガバガバと飲みながら立つシフィナである。
雄弥自身も彼女に聞こえるように言ったのであろうが、彼のいちゃもんを耳でキャッチしたシフィナは手に持ってた水筒をどっかにブン投げ、たちまち彼に突っかかり返す。
「何よッ!! それが命の恩人に対する態度!? あたしが行かなきゃ100%死んでた腰抜けに、そんなこと言われたくないわよッ!!」
「なーにが命の恩人だ!! てめぇだって俺がいなきゃアタマカチ割られておっちんでたろーがよッ!! 登場だけ散々カッコつけといて、ダセェったらありゃしねーぜッ!!」
「ぬかしやがったわねッ!? なんならもう1回その身体に雷落としてやってもいいのよッ!!」
「やってみやがれッ!! 俺だっててめぇにシビれるゲンコツをブチかましてやる!!」
「いい加減にしてッ!! 2人ともケンカするなら怪我が治ってからにしなさいッ!!」
そんな子供じみた口喧嘩に挟まれていたユリンの一喝で、ようやく彼らは罵声を発するのをやめたがーー
「フーンだッ!!」
2人揃ってそう言いながら、そっぽを向き合ってしまった。
シフィナはそのまま、雄弥とユリンから少し離れたところに何十台と停めてある車のうちのひとつまで歩いて行き、その屋根によじ登って大の字の格好で寝転んだ。
「やれやれ、終わった途端またケンカか。おめーも疲れてんだから少しは落ち着けっての」
そんな彼女に、夕焼けの陽光で金髪を煌めかせるジェセリ・トレーソンが歩み寄って話しかける。
「あ? 疲れてる? 誰にほざいてんの、ブッ飛ばすわよ。……それよりジェス、あのユウキとかいう人はどうだったのさ」
「ん? ああ、あのにぃちゃんは細けぇ擦り傷がちょっとあっただけだ。念の為病院に搬送したけど、まぁ大丈夫だろうさ。ユリンの診断だし間違いは無ぇよ」
「……そう」
シフィナは一面オレンジ色に染まっている空を見つめながら、何か思うところがあるような雰囲気を醸している。
彼女の脳裏に浮かび上がるのは、自身が駆けつけた際の雄弥の姿。両手を潰し、全身を化け物たちに喰いつかれながらも、なおも要救助者を守ろうと必死に足掻いていたあの姿だ。
『…………あいつは…………"他人のための痛み"を、躊躇しないヤツなんだ…………』
彼女は、ふぅ、とひとつ小さくため息をついた。
そんな中雄弥の両手と右足の治療が終わり、彼の両手は指先から手首まで包帯で分厚くぐるぐる巻きにされてお団子のようになっている。右足の方は1発しか撃ってなかったのもあって捻挫程度で済んだため、包帯も軽く巻かれているだけだ。
「はい、ユウさん。とりあえずここできることはやりきりました。でも後で病院に行って、もう1度ちゃんと手を手術しましょう」
「おー、ありがとよユリン。毎度のことながら助かっーー」
そこでいきなり、車の屋根を降りてユリンの後ろから再びスタスタと近づいてきたシフィナに、雄弥はアタマをぺしーんと叩かれた。
「ッてぇッ!! なーにしやがるこの野郎ッ!!」
雄弥は自身を見下ろす彼女に怒鳴りつける。
「アンタこそいつまで座ってんの。そろそろ帰るわよ」
「は、はぁ!? もー少しくらい休ませろよ!! こっちゃてめぇみてーなモンスターと違ってヘトヘトなんだッ!!」
「寝ぼけたこと言ってんじゃないわよ! 魔狂獣を仕留めた者は、その都度報告書を書かなきゃなんないのよ! まだ仕事は終わってないの! 分かったらーー」
そこでシフィナは1度言葉を止め、息を吸い直して一際大きな声を発する。
「さっさと立ちなさい!! ユウッ!!」
「!」
ーー雄弥は一瞬何を言われたのか分からず唖然とし、彼の前に座るユリン、そしてシフィナの後ろから近づいてきていたジェセリは眼をまん丸にして驚く。
シフィナはそんな彼らに全く構わず、雄弥に対しすぐくるりと背を向けてまた歩き出す。
「…………ちぇッ、分ーったよ。…………副長サマ」
雄弥は渋々立ち上がると、右足をわずかに引きずりながら彼女の後について行った。
「……ね、ねぇジェス。あなたの作戦、成功……したんですかね?」
「う……うう〜ぬ、どーだろ? でもまぁーー」
ユリンはジェセリの隣に行くと、彼にそんなことを尋ねる。ジェセリ自身も予想外と言わんばかりに頭をぽりぽりとかくがーー
「つーか俺、この手でどーやって報告書なんて書けってんだよ!!」
「タイプ打つくらいできるでしょッ!! そのくらい自分で考えなさいよ!!」
「……いいんじゃねーかな? あれはあれで」
「そうですね。あれはあれで、ね。……ふふ」
結局彼らは、相変わらず声をぶつけ合いながらもしっかり並んで歩いて行く雄弥とシフィナの背中を、微笑ましそうに眺めるのだった。
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