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第67話 激烈殴打、雷鳴十閃




* * *




「ーーちっきしょぉお〜ッ!! 何で当たんねぇんだよーッ!!」


 時は少し遡り、バイラン戦から5ヶ月ほどが経った訓練時代のある日。

 雄弥は山頂の訓練広場のど真ん中でタダをこねる子供のように寝転がってじたばたと暴れ、悔しそうな叫びを上げる。


 そんな彼を呆れた様子で見下ろすのは、桜色の長髪を風になびかせるアルバノ・ルナハンドロだ。


「……あのねぇ、ユウヤくん。この僕がわざわざ仕事の合間を縫ってきみなんかの訓練に付き合ってやってるんだから、1度くらいはまともな成果を見せてほしいんだけどな」


「うるせーッ!! だったらもーちょっと手抜きしやがれ!! そんなデカい図体してぴょんぴょん飛び回るんじゃねぇッ!!」


「手を抜いたら訓練にならないだろう、アホめ」


 アルバノは道端の糞に群がる(はえ)でも見るかのような視線を雄弥に向けながら、ため息混じりにそう言う。


「ユ〜ウさん! ムキにならないのッ! そうじゃなくて、どうすればうまくいくかを考えるのが先ですよ!」


 そんな彼らの横から口を出したのは、白ジャージに身を包みながら腰に両手を当てているユリンである。


「口で言うほどカンタンにいきゃ苦労しねーよ!! "素早く動く標的に対してどれだけ正確に狙いをつけつつ術を撃てるか"だって!? 正確もクソも、そもそもチョロチョロ動き回るヤツにまともな狙いなんかつけられねーんだよ!! だったらめちゃくちゃに撃ちまくったほうがまだ可能性があるぜ!!」


「おばかッ!! そんなことしたらあなたの両腕はすぐボロボロになるでしょッ!! ただでさえあなたの身体は術の負担への耐性が低いんですから、いかに少ない数の攻撃で相手を仕留められるかが重要なんです!!」


 2時間以上もぶっ通しでアルバノという綿のような身軽さを持つ仮想標的に向けて『波動(はどう)』をブチかまし続け、しかも命中しなきゃ終われないというヘビーな訓練。溜まりに溜まった疲労のおかげでイライラをピークにさせた雄弥は投げやり気味にそんな文句を垂れるが無論ユリンが聞き入れるはずもなく、彼女に説き伏せられた雄弥は大の字に寝そべって不貞腐れてしまった。


「……だって……どーすりゃいいのか全然分かんねーんだよ〜。前にエドメラルとやり合った時みてぇな、標的の動きを止めてから撃つ、なーんてのは俺1人じゃできねぇし……。撃って当たんねーモンを当たるようにしろって言われたって、んな無茶なハナシがあるかよ〜……」


 これまた疲労のせいだろうが、今日の雄弥はやたらと弱気だ。普段の情けなさに拍車がかかりまくりである。


 しかしユリンは彼の今の発言には叱ったりなどしなかった。代わりに仰向けに寝転がる彼に頭側から近づくと膝を折ってしゃがみ、彼の顔を覗き込む。

 そして……にっこりと微笑んだ。


「あら、決して無茶なんかじゃありませんよ? と〜っても単純な話です。つまりですね、撃って当たらないのであればーー」



 撃たなければいいだけじゃないですか。




* * *




「ユリン……つくづく、お前が先生でよかったぜ……!」


 感謝。……感謝だ。


 彼の闘志の根っこにあるのは、恩師である少女に向けた深い感謝。


 彼女が手を取り、足を取り。彼を精一杯導いてくれた。だから彼は立っていられる。だから彼は……戦える。


「ジェアアアアアアアアアアァァァーーーッ!!」


 15匹のディモイドの群れが、一斉に彼へと迫っていく。

 単眼を光らせ、牙を剥く。鋭利な爪を振り回す。


 雄弥の背後でユウキが叫ぶ。痛みへの恐怖。死への恐怖。それらに触発された悲鳴。



 ーー今の雄弥には、そのどれもが関係無い。



 守るために、魔力を両手に。


 戦うために、拳を握る。


 そして何より、勝つためにーー



 ーーその"魔力に包まれた拳"を、ディモイドに向けて力の限りに振り上げた。

 



「消し飛べェッ!! "砥嶺衝(とれいしょう)"ーーーッ!!」




 全身全霊を込めたアッパーの一撃は彼の眼と鼻の先まで迫っていた1体のディモイドの土手(どて)っへ(ぱら)へと炸裂し、秒もかからぬ間にミリ単位の肉片すらも残さず消滅させた。


 それだけでは終わらない。雄弥は息吐くヒマも無く襲い来るディモイドの群れに、さらに次々と拳骨を見舞っていく。そのどれもがたった1発で単眼の獣を粉々にし、集団の数はみるみるうちに減り続ける。


 

 ーーそして群れが残り4体になったところで、突如ディモイドたちは雄弥への接近をやめ、一定の距離を保ったままじっと動かなくなった。

 大した知能も無い魔狂獣(ゲブ・ベスディア)だが、それでも本能的に悟らざるを得なかったのかもしれない。……今の雄弥には迂闊(うかつ)に近づくべきではない、と。

 


 そしてそんなヤツらの警戒対象となった雄弥もまた、異常な様相を見せていた。


「ぜぇッ、ぜぇッ、ぜぇ……ッ」


 彼はディモイドからの攻撃は1発ももらってはいないはずだが、なぜか顔を脂汗まみれにし、肩で激しく息を切っている。まるで何か……ひどい苦痛を堪えようとしているかのように。


 その苦痛の正体には、彼の背後でうずくまるユウキが気がついた。


「!? き、キミ……!! て、て、て……手がァ……ッ!?」


 

 ユウキの前に立つ雄弥の両手はめちゃめちゃにひしゃげており、指も何本かがあらぬ方向へと捻じ曲がっていた。鮮血で真っ赤に染まっているのは言うまでもなく、あろうことが皮膚が裂けて骨まで見えていた。



 ーーこの"砥嶺衝(とれいしょう)"は言うなれば、術を使った時に起こる反動の全てを拳という一点に集中してしまう技です。命中率の上昇や周囲への被害を軽減できるというメリットと引き換えに、身体への……拳への負担はより大きなものになっている。持久戦には致命的に向いていない技なんです。だからいずれにせよ乱用は禁物ですよ、ユウさん。



「くそったれめ……相変わらずデカいだけで使い勝手の(わり)ぃ力だな、ホント……ッ!!」


 ユリンの忠告を耳の中で思い返しながら雄弥は歯痒(はがゆ)そうに眉間にシワを寄せ、気を動転させたユウキがうまく回っていない呂律(ろれつ)でそんな彼に話しかける。


「ね……ねぇキミ!! だだだ……大丈夫なの……ッ!?」


「ああ……? 気にすんなよ。こんぐらい……いつものことだしよ……!」


「い、いつものこと……ってェ……そういう話じゃァないでしょお〜……ッ」


 ユウキのツッコミは至極もっとも。しかし雄弥は全然耳を貸さず、真っ赤な血を垂れ流し続ける拳をめりめりと音を立てながら握り固める。


「へッ、なーに……敵はあとたったの4体だ……ッ! これなら手がイカれちまう前にケリをつけられーー」



 ……彼はそこで、自分の台詞がおかしいことに気がついた。



 4体。彼は確かにそう言った。


 そしてもうひとつ大事なこと。

 ディモイドは、単眼の生物である。つまりその生き残りが4体であれば、今雄弥の視界に映っている眼の数も4つであるはず。



 だが彼に見えているのは、暗闇にギラつく2()0()の赤眼であった。

 


「ーー…………い、いやいやいや…………さすがにそりゃあ…………ひどくねぇか…………?」


 力の抜けた声を発する雄弥。


 ……しかし事実は事実。彼の眼の前には、10……いや、さらに増え続けている。そんなディモイドの軍勢が立ち並んでいたのである。


「じょ……冗談きついぜ……!! マジでどっから湧いてきやがるんだコイツら……ッ!!」


 絶望の沼へと片脚を突っ込みかける雄弥をよそに、ディモイドたちはいよいよ様子見をやめた。


「ギジャアアアアアアアアアアァァァーーーッ!!」


 またもや一斉の突撃。しかも数はさっきより多い。おまけに……雄弥の両手はすでに全壊寸前。


「ぬぅぁああああああッ!!」


 それでも彼は疲労困憊で掠れきった雄叫びを上げながら、そのボロボロの肉体を無理矢理にフル稼働させる。


 先行する2、3体はなんとかそれで撃破できたが、当然身体が追いつけるはずがない。4体目を迎え撃とうとしたその時、彼の左手の指がぐしゃりと音を発しながら親指だけを残して全て根本から完全にへし折れ、拳を握ることが叶わなくなってしまう。


「うぐッ!!」


 脳の血管が千切れそうなほどの耐え難い激痛。雄弥は大きく怯まざるを得ない。

 が、そんなあからさまとも言える隙にディモイドが何もしないはずはない。すぐさま7匹ものディモイドたちが同時に彼の身体へと肉迫。彼の皮膚を削ぎ、筋肉を断ち、骨を噛み割り始めた。


「がッ!? うがぁああああああァァァ!!」


 全身から襲い来る拷問の如き苦痛の信号に彼の脳は処理が間に合わず、ただひたすら凄惨な叫びを上げさせるのみ。

 そして、今の雄弥はいわば壁なのだ。それが崩れ落ちてしまえば……当然ディモイドの集団が狙うのは、彼の背後にいるユウキである。


「ジャガァアアアアアアッ!!」


「わぁああああああああああァァァーーーッ!!」


 恐怖の涙でどろどろにした顔を歪ませているユウキはとっくに腰を抜かしており、自身に飛びつこうとするディモイドたちに対して地面にへたり込んだまま悲鳴を発するしかできない。


「!! しま……ッ!!」


 雄弥は身体中をディモイドに喰いつかれながらもなんとか正気を保ちユウキを庇おうとするが、無論間に合うワケがない。とうとう1匹のディモイドの爪が、ユウキの顔面へと到達しーー



「"転婆因堕羅(てんばいんだら)"!!」



 ……ようとしたその時。


 甲高い女性の声と共に、雄弥の身体に引っ付いているのも含めた彼らの周囲に纏わりつくディモイドたちに向け、1匹につき一筋の雷撃が落とされた。

 それは一瞬のうちにディモイドの肉体を消炭(けしずみ)へと変える威力と、雄弥とユウキには全く被害を与えないほどの精密さを持っている。一瞬のうちに10を超えるディモイドが消失した。


「ぐッ……こ……これは……」


「な、な、な、ななな……な、何がァ……?」


 苦痛から解放された雄弥はがくりと膝をついて地面にへたり込み、ユウキは痙攣のあまりに顔を引きつらせている。両者とも、たった今何が起きたのか全く分かっていない。


「!! …………ちッ…………なんで俺を助けてくれるのはいっつも…………俺がキライなヤツばっかりなんだ…………」


 ……(いな)。雄弥のほうは少し間を置きながらも理解した。

 そして心底から溢れ出す屈辱の思いを表情に(にじ)み出させ、どんよりとした気分に身を浸す。かつてのバイラン戦でアルバノの救援を受けた時と同じ気分になっている。


 そりゃあ忘れるはずもない。少し前に、彼自身もくらったことのある"電撃"なのだから。


 やがて雄弥の眼の前に、スタッ、と軽やかな音を立てて1人の女性が着地する。

 金色(こんじき)の眼光、真銀の髪、赤キャミ一丁の長身女ーー



「何よ、人の手をわずらわせておいて随分な言い草ね。まず『ありがとう』のひとつでも言うのが礼儀じゃないの?」



 ーーシフィナ・ソニラは、背後に座り込む彼に振り向くと静かな顔つきでそう言い放った。


「う、うるせぇ……! てめーなんぞに下手(したて)になってたまるかよ……ッ!」


 雄弥はぜいぜいと呼吸を枯らしつつも、ブレずに意地は突き通す。


 しかしシフィナの方は普段と打って変わりそんな彼に何も言い返さない。

 彼女は黙ったまま、両手をズタズタに潰して満身創痍(まんしんそうい)の雄弥、そして、ひどく怯えてこそいるものの特に目立った外傷は受けていないユウキの順に、視線を移していく。



「…………ふぅん。アンタ…………まともなのは威勢だけじゃなかったみたいね」



「……あ? 何つった……?」


 彼女がぽつりと呟いた言葉を、雄弥は聞き取ることができなかった。


「こっちの話よ。それより、その手じゃアンタはもう役に立たないわ。邪魔なだけだから大人しくしてなさい」


「そ……そんなこと言える余裕があんのか……? てめぇだって……かなり疲れてるみてぇじゃねぇか……。1階(うえ)で相当手こずったな……?」


 雄弥の言う通り、シフィナ自身も彼ほどではないにせよ疲労のこもった息を吐き続けており、露出の多い肌にはいくつかの擦り傷もできている。

 だがシフィナもまた、雄弥と同類。そんなものを素直に認めるほどカワイイ性格はしていない。


「……寝言は寝てても言わないでくれる? あたしにとっちゃこんなの疲れたうちに入んないわよ」


「ジェ……ッガァアアアアアアアアアアアッ!!」


 彼女が突っぱねたことを言い返したのと同時に、ここまで沈黙を続けつつもとうとうシビレを切らしたディモイドの軍勢が、乱入者であるシフィナにその背後から襲いかかった。


「お……おいッ!! 後ろッ!!」


 雄弥が慌ててそれを彼女に伝えると、シフィナは言われなくとも分かっているとばかりに突撃してくるディモイドたちに勢いよく向き直り、その流れで自身の後頭部の真後ろまで迫っていた1体のディモイドに肘打ちをくらわせた。


「ボギャアッ!!」


 その強烈な一打は小柄痩躯の化け物の胴体を真っ二つに割って見せる。

 そして姿勢を整えたシフィナは両手をぎりりと握りしめると、次から次へと向かってくる集団に対して眼にとまらぬ速さで拳骨のラッシュをブチかました。


「ずぇ……ぇええぁああああああァァァーーーッ!!」


 そのラッシュはあまりのスピードで拳の軌跡すら全く捉えられず、壁のように隙間なく突っ込んできた化け物の群れをものの数秒で肉塊の山へと変えていく。

 が、やがて群れの中の1体が彼女の猛連打をかいくぐり、頭上からシフィナへと飛びかかった。


「!! ちいッ!!」


 彼女の背後で膝をついていた雄弥はそれに気がついて跳び上がると、機能停止に陥った拳の代わりに右足に青白い魔力を込め、彼女を守る形でそのディモイドを蹴り砕いた。


「ボサッとしてんじゃねぇッ!!」


「うるさい!! アンタこそ余計なことしないでよッ!!」


 ……どこかで見たようなやり取りである。


 すると突然、それまで電気が通っておらず真っ暗だった地下空間の電灯が、ガコン、と音を立てて一斉に明かりを放ち出した。


「ひいッ!?」


「!? な、なんだッ!?」


 眩しさに眼を細めつつあたふたとするユウキと雄弥。

 対してシフィナはまるで安堵したかのようにほっとため息をつき、身体から力を抜いた。


「……やっと来やがったわね。ジェスのヤツ……ちんたらやってんじゃないわよ……」





「ーージェス!! 工場の封鎖は完了、施設全体の電気系統も復旧した!! これでもう中のディモイドを取り逃すことは無いよ!!」


 雄弥とシフィナたちがいる建物の外、工場敷地をぐるっと取り囲む赤錆びた鉄柵。その周囲に、何十台もの自動車が止まっている。

 中から次々と降りてくるのは、左胸に金バッジを付けた兵士たち。その数もまた100は下らない。


 そのうちの1人、タツミ・アルノーは、腕組みをして仁王立ちしている支部長ジェセリ・トレーソンへと駆け寄り、彼に任務進捗の報告を行う。


「……あーよ。ご苦労さーん」


 ジェセリは神妙な面立ちでそう返事をすると車の中に取り付けてある無線機を手に取る。そして少し大きめに息を吸うと、マイクに向けて腹底からの弩声を浴びせ出した。


「全員突入開始ッ!! 屋根裏、機械の中、配管の中まで全て調べろッ!! 生捕りはいらねぇ!! ディモイドは見つけ次第すぐに始末するんだ!! 1匹たりとも仕留め損なうんじゃねぇぞッ!!」


 号令と同時に、兵士たちは全員柵を飛び越えて次々と建物の中へと向かう。



 ーーその1時間後。雄弥たち3人は無事救出され、工場内のディモイドは全滅した。






   

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