第65話 最弱魔狂獣の本領
「ジィィイアアアアアアアアアァァァーーーッ!!」
トーンを上げまくったアブラゼミの声のような絶叫を上げるディモイドの集団は獲物2人に向かって一斉に飛びかかった。高台から、床から。まさに上下縦横無尽の総攻撃である。
「つぁああッ!!」
シフィナはその30を優に超える群れに対して拳骨2丁で立ち向かい、たった1発のパンチでディモイド1匹の頭を粉々にブチ砕いていく大暴れっぷりを見せる。
「くそがッ!! こいつら最初から俺らのことずっと見てやがったのか!? なんて陰湿なヤローどもだッ!!」
彼女と背中合わせでいる雄弥もグチグチ文句を垂れつつ必死に応戦。しかしもはや知っての通り、彼の近接戦闘能力は一般人のレベルをほんのわずかに上回る程度なのだ。荒々しくもスマートに拳を振るうシフィナとはあまりにかけ離れた、雑で汚らしい立ち回りしかできていない。
そんな彼の身体は、爪で、牙で、尻尾の棘で、あっという間に傷だらけになっていく。
やがてその中のいずれかの一撃が彼の右眼の瞼に命中した。
「ぐッ!!」
「ギジャアアアアアアッ!!」
無論彼は痛みに眼を瞑ってしまい、右側の視界がシャットアウト。そしてその隙を逃さんとばかりにすぐさま1匹のディモイドが死角から彼に襲いかかる。
しかしそいつの爪が彼に届く直前、シフィナが彼の頭を飛び越してそのディモイドを蹴り飛ばし、間一髪で彼を救う。
「ボサッとしてんじゃないわよ!!」
「う……うるせぇ!! てめぇこそ余計なことすんじゃねぇ!!」
素直に礼を言えばいいものを、ようやく右眼を開けるようになった雄弥はこんな時ですら強情である。
だがいよいよそんなヒマは無くなりつつあった。
シフィナがもうすでに10数体は撃破したはずのディモイドの群れの総数が、明らかに最初よりも増加していたのだ。
「ああもう、ウザいったりゃありゃしないわねッ!!」
「全くだ!! こんなんじゃキリが無ぇーーうわッ!?」
ーーぐちゃぐちゃしゃべってる余裕はなかった。
一瞬。ほんの一瞬だけ雄弥が視線を逸らしてしまった左側から、3匹のディモイドが同時に彼の身体に飛びついた。
「!! 新人ッ!!」
「ぐぁ……ああああッ!!」
雄弥は床に押し倒され、やがて彼に向かって次から次へとディモイドが喰いかかって行く。
シフィナも救出を試みるが、彼女は雄弥に喰いついている数よりもさらに多いディモイドの集団を相手取っているため手が回らない。
「ごあ……ぬぐぎ……ッ!! こ、この……!! 離しやがれェェェッ!!」
身体の至るところに容赦無く噛み付かれ始めた雄弥はもはや徒手だけではどうしようもない状態にまで追い込まれてしまい、ついに魔力を解放。その両手から拡散状の『波動』を自身の身体にのしかかっているディモイドたちに向けて放ち、それらを一気にまとめてチリも残さず消滅させた。
……だが彼のこの行動は、結果だけ言えば賢いものではなかった。
その闇雲に拡散させて撃ち出した『波動』のうちの一閃が、アーレン作業員の遺体が横たわっていたところにあったガスタンクを貫いてしまったのだ。
「あ!? しまったッ!!」
彼は焦るが、もちろんもう遅い。ガスタンクはたちまち大爆発を起こしてしまう。
そして不運は連鎖する。
ただでさえどこもかしこもが朽ち果てた廃工場。その爆発の衝撃に建物の床が耐えきれず、息つく間も与えてくれぬままガラガラと崩れ落ち始めたのだ。
「!? ちッ!!」
「うわッ!! うわぁあああああァァァーーーッ!!」
シフィナは崩落に巻き込まれる寸前にジャンプしてその場からの退避に成功するが、ディモイドに押し倒された状態を立て直していなかった雄弥には逃げる間などあるはずもなく、彼は叫び声を上げながら瓦礫とともに床の割れ目へと真っ逆様に転落していった。
「あ、あの役立たず……!! いったい1人で何をしてんのよ!!」
割れ目から少し離れた位置に着地したシフィナは、意図せずとはいえ自分の妨害ばかりをする雄弥に対し、心配よりも苛立ちの方を露わにする。
「ーーグルルルルルルルルル……ッ!!」
そんな彼女を、やはり数が全く減った様子がないディモイドの軍勢が再びぞろぞろと取り囲む。
しかしシフィナは少しも臆さないどころかその金色の瞳に悪鬼の如き殺意を光らせ、煌びやかな銀髪をゆらゆらと逆立てる。
同時に両の拳を手の甲に太い血管が浮き上がるほどに強く握りしめたかと思うと、そこにバチバチと音を立てながら明滅する電撃を纏わせた。
「…………いい加減にしなさいよ…………!? どいつもこいつもいつまでも…………鬱陶しいんだよ…………ッ!!」
ーードスのきいた声でそう言った彼女の全身から漏れ出るオーラに、ディモイドたちは皆意図せず後退りをしたのだった。
* * *
「……………………う……………………?」
ーー雄弥はゆっくりと意識を取り戻す。
彼が今いるのはつい先ほどまでの明るい場所から一転し、またもや1メートル先すらも見渡せない暗黒の空間であった。
視界に映る景色から周囲の暗さを確認した彼は次に、自身の両足の裏が地面についていないことに気付く。……そう。今彼の身体は、宙に浮いている状態なのだ。
彼が、首の後ろの辺りを引っ張られ続けている感覚につられて振り返ってみると、その理由はすぐに判明した。彼の着ていたパーカーのフードが、積み上がった瓦礫の尖った部分に引っかかっていたのである。
そして彼が暗闇に慣れ始めた眼で自身の足元をよ〜く見てみると、彼の足は地面スレスレのところで浮いていたことが確認できた。つまり、フードが引っかかるのがあともう少しでも遅かったらーー
「あ、危ねぇ……。地面に激突してたらぺしゃんこになってたぜ……」
本来であればそうなっていたであろう事態にゾッとしながら彼はそーっとパーカーを脱ぎ、白シャツ1枚になって地面に降り立つ。
「……ちくしょう、ここはどこだ……? 1階から落ちて来たんだから……地下ってことでいいのか……?」
全身の痛みに顔をしかめがら雄弥は周りを見渡す。
しかしいくら眼が慣れたといっても、せいぜい視認できるのは3メートル弱が限界。おまけにここは天井までも数十メートルの高さがあり、彼が落下してきた1階床の割れ目から差し込む光も全然届かない。地形の把握など到底不可能である。
「くそッ! 地下まではあいつの電流届いてないのか……! ……で、でもだからっつってこんなところでボサっとしてるワケにもいかねぇ……。なんとかしてさっさと1階に戻んねぇと……!」
雄弥はズボンのポケットからライターを取り出して着火。その小さな炎が発する頼りない明かりに縋りながら、どこにディモイドが潜んでいるかも分からない真っ暗な空間を恐る恐る歩き始めた。
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