第63話 相性最悪のおまわりさん
「ねぇジェス……聞きました? シーナとユウさん、今日もまたケンカしたって話……」
シフィナが帰って来てから2週間後のとある日の夕方。ユリンは支部長室の来客用ソファに腰掛けながら、机に足を乗せて行儀悪く座るジェセリにそう尋ねる。
「ああ。今日のはまた一段とひどかったらしいなぁ。最終的にシフィナに殴り飛ばされたユウヤが1階の資料室に突っ込んで、そこら中ぐっちゃぐちゃにしちまったらしいじゃねぇか。幸いでけぇ怪我なんかはしなかったみてぇだが……ま〜ったく、なぁんで会ったばっかであんなに仲悪くなっちまうのかねぇ」
「本質的には似た者同士ではあるんですけどね……。いえ、それがむしろ原因なのかもしれませんが。……仲良くなってほしいのになぁ」
しゅん、とするユリン。
ジェセリはそんな彼女を見かねたのか腕組みをして何かを考える素振りをすると、やがて思い立ったように手をポンと叩く。
「お〜し! こーなりゃじゃんじゃんきっかけを与えていくっきゃねぇな。あいつらが親しくなるために」
「? きっかけ……ですか?」
「おうよ! 要はだな、2人が関わる時間を増やしてやりゃいいのさ!」
彼は胸を張り、自信たっぷりにそう言った。
* * *
兵士の職務のひとつに、治安維持を目的とした街の巡回がある。各員に担当地区が割り振られ、予め決められたシフトに従って行うものだ。
2時間ごとの交代制で、基本的には2人1組。なおそのペアはランダム……という名目の、支部長ジェセリの気分次第である。
で、本日の13時から15時までの巡回組のうちのひとつがーー
「なんでアンタと一緒なのよッ!!」
「こっちのセリフだこの野郎ッ!!」
……シフィナ・ソニラと、菜藻瀬雄弥のペアであった。
案の定、彼らは出会い頭にお互いがお互いへと嫌悪感を剥き出しにしてギャーギャー怒鳴り散らし合っている。
こんなガラの悪いヤツらにうろつかれては、街の住民も迷惑千万。治安維持とはいったいなんなのか……。
「ジェスのヤツ、余計な気ィ回してくれたわね……!! 後でブッ飛ばしてやる……ッ!!」
特に、雄弥に加えてジェセリへの怒りにも燃え盛っているシフィナの剣幕は尋常ではない。拳をバキバキと鳴らすその様は完全に通り魔にしか見えない。ジェセリの作戦はすでに色々な意味で大失敗である。
しかしそれはそれ、仕事は仕事だ。2人は極力顔を合わせないよう互いにそっぽを向き合いながら、渋々巡回へと出発した。
空は快晴。気温も程よく、ぽかぽかとして実に過ごしやすい天気。それに反して一触即発のギスギスした雰囲気を撒き散らしながら並んで歩く雄弥とシフィナ。
やがて巡回開始から30分後。そんな彼らの眼に、2人の幼い女の子が映った。
4、5歳ほどのその女の子たちは、道の脇に停められている白い大型トラックの車体の下をうんうん言いながら覗き込んでいる。
「そこのアンタたち! どうかしたの?」
その子らに歩み寄り、声をかけたのはシフィナ。それに反応し、女の子たちは振り返って顔を上げる。
「ボールで遊んでたら、ここに入って取れなくなっちゃったの……」
片方の女の子はそう言うと、トラックの下を指差した。
雄弥が地面に寝そべってそこを覗き込んでみると、確かにピンク色のボールがある。だがちょうど車体の中心位置で止まってしまっており、彼が手や足を伸ばしてみても届かない。
「……こりゃ無理だ。トラックを動かすしかねぇな。運転手が来るまで待ってーー」
……雄弥が言いかけたその時。突如トラックの車体全体が、ギシリと音を立てて揺れ出した。
「うおッ!? なんだ!?」
彼が何事かと慌てて立ち上がると、シフィナが右手を車体の下にもぐり込ませている。やがてトラックから発する音がどんどん大きくなったかと思うとーー
ーーなんと10トンはあろうという巨大なトラックが、彼女がもぐり込ませた手を軸にして地面から1メートルほどの高さまで持ち上がったのである。
「は!? は……はあッ!? はぁああッ!?」
現実的にはどう考えても起こり得ない事態に雄弥は語彙を失い、眼の前の状況を処理しきれない脳みそへの対応に追われる。
「ほら、さっさと取りなガキ共」
当のシフィナは疲れた様子どころか汗のひとつも流さず、涼しい態度のまま。
そしてそれを目の当たりにした女の子たちは女の子たちで、彼女に向けて憧憬の念を込めた視線を向けながら大はしゃぎである。
「わぁあ、すごーい! おねぇちゃん力持ちだねッ!」
「いーから早く取りなさいっての。おねーちゃんは忙しいんだから」
「あ、はーい!」
片方の子がボールを拾ってとてとてと車体の下から出てくると、シフィナはトラックをズズンと音を立てて下ろした。
「ありがとー! おねぇちゃんッ!」
「車に気をつけんのよ!」
2人の女の子は無邪気な笑顔でシフィナに手を振りながら去って行き、シフィナもわずかに微笑み返しながらそれを見送った。
その間ずーっと沈黙していた雄弥だったが、子供たちがいなくなってようやく彼女に向けて恐る恐る口を開く。
「て、てめぇ今……魔力を解放していなかった……よな……!?」
「? それが何よ」
「て、てことは、今のは……ほ……『褒躯』の術の効果……とかじゃ……ないのか……!?」
魔術特性『褒躯』。パワーや瞬発力、タフネスなど、術者のあらゆる身体能力を上昇させる。第7駐屯支部への配属初日に雄弥が汽車の中で戦った、ギレンが使っていたものである。
「は? 何今さら。あたしの使う魔術特性は、雷……『呑霆』の術だけよ」
「じ、自前だってのか!? その馬鹿力が!? ど……どーなってやがるんだ……!! てめぇのカラダは……!!」
「知らないわ、生まれつきこうだもの。……まぁでも分かったでしょう? 3日前にアンタとやり合った時、あたしが全然本気じゃなかったってことが。やろうと思えばカンタンだったのよ。アンタの頭を、この手で握り潰すことなんてね」
シフィナは右手をぐっぱぐっぱと握ったり開いたりしながら、雄弥に対して改めて力の差を誇示する。
賢い者であれば、ここですぐさま彼女に対して泣きながら謝り倒すだろう。だってどう考えたって勝ち目など皆無だ。ケンカする相手にしてはあまりにも見誤り過ぎている。
……が、本物の意地っ張りとは死んでも治らない。そして雄弥もこれに該当するのだ。てことは、もちろん彼の返答はーー
「へ……ヘッ!! 笑わせらぁ!! 本気じゃなかったのがてめぇだけだと思ってんのか!? こっちだって奥の手を使えばてめぇなんざ一撃でちょちょいのちょいなんだよ!!」
……このザマである。
「……負け惜しみもほどほどにしなさいよ……!? 身の程知らずもここまでくると、可哀想になるわね……!」
「だから負け惜しみってなんだ!! 俺は負けてねぇだろうが!! 引き分けのくせに勝ったみてぇな口きくてめぇこそ身の程知らずだッ!!」
「この野郎ッ!! 上等よ!! そこまで言うなら今ここで白黒ハッキリさせようじゃないッ!!」
「おお望むところさ!! 今度こそそのイヤミな面をピーピーに泣かしてやるッ!!」
もう何度目かも分からない取っ組み合いの火蓋が切って落とされようとした、その時ーー
ヴヴヴヴヴヴヴヴ!! という鼓膜をブチ破りそうな轟音が、街中に設置された公共スピーカーから突然放たれた。
「!!」
「お、おい……これって……!!」
彼らはケンカの手をビタリと止め、シフィナの方は自身の腰にぶら下げていた大きめの通信機を手に取った。
「こちらシフィナよ!! 場所とコードを教えてッ!!」
周囲で一般人たちがざわざわとする中、彼女はその通信機器に向けて怒鳴り声をぶつける。返事はすぐさまやって来た。
『副長!! 場所は西端の森の中にある廃工場!! コードはディモイド!! 数は現在確認中です!!』
「!! ディモイド……!? ディモイドだって!?」
「了解!! ここからならすぐね!! あたしが行くわ!!」
聞き覚えのある単語に顔を強張らせる雄弥をよそに、シフィナは通信を切ると西方向へと猛スピードで走り出した。
「あッ!! ちっきしょう、置いてけぼりにされてたまるかッ!!」
それを全力で追い掛ける雄弥。その後すぐ、公共スピーカーから別の音声が流れ出す。
『ーーヒニケ地区西端にて、魔狂獣出現。市民の皆さんは現場から離れ、建物の中に避難してください。軍所属兵士は市民の避難誘導をするとともに、ただちに現場へ急行せよーー』




