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第62話 鬼がツノをしまう相手




「ちッ、ジェスのヤツ……よくも邪魔を……」


 あれから数時間。陽は沈み始め、あたりは薄暗くなりつつある。

 不貞腐れた様子で白熱灯の光に包まれた駅近くの繁華街を闊歩(かっぽ)するシフィナは、ジェセリに対する悪態をブツブツと呟いている。


「…………あれッ? ()()()?」


 そんな彼女に、背後の少し離れた位置から声が投げかけられた。


 シフィナはそれを耳で拾った瞬間光の速さで首を振り向かせる。その素振りから読み取れる通り、彼女には声の主が分かっているのだ。

 理由は簡単。彼女のことを"シーナ"と呼ぶのは……この世に、ただ1人だけだから。

 


「わー! やっぱりシーナだ! ホントに今日戻ってきたんだ!」



 彼女の後方に立っていたのは、おなじみの黒いハイネックニットとデニム()()()()のパンツを身に纏ったユリン。街灯の明かりでオレンジ色の髪を夕焼けのように趣深く主張しながら、普段雄弥と接する時のような大人びた静けさとは打って変わり、子供のような無邪気な振る舞いを見せている。


 ーーするとシフィナは返事をするより先に、彼女目掛けて猛スピードで一直線に駆け出す。

 その様はまさに闘牛。あまりに速すぎて、地面の石畳が彼女の走った軌跡に沿って抉られてしまうほど。そしてその勢いのままーー



「ユ〜〜〜リ〜〜〜ン〜〜〜ッ!!」


「うわ、ととッ!」



 満面の笑みで歓喜の叫びを上げながら、ユリンに思いっきり抱きついた。

 ユリンは背中を反らしながら後ろに押し倒されそうになるのをなんとか堪え、もとの姿勢に戻る。


「きゃー久しぶりぃ〜ッ!! 元気だった!?」


「うん! シーナも元気そうで良かっあばばばばば」


 息もつかずシフィナから猛烈な頬擦(ほおず)りをされるユリンには喋る隙が無い。その上シフィナは流れのままマシンガントークを始めてしまう。


「ああ〜相変わらずホンット可愛いわねユリンは〜!! あれ!? でもなんか痩せたんじゃない!? 2年間ちゃんと食べてたの!? それになんか少しクマもできてーー」


「し……シーナ! 落ち着いて〜!」


「ーーはッ! ご、ごめんね。もうずぅ〜っとあなたに会えてなくて寂しくてしょーがなくて……」


 ようやく落ち着きを取り戻したシフィナは抱きしめていたユリンを放す。

 そこからほんのわずかな間を置いて、やがて彼女らは同時に、屈託の無い笑顔をお互いに向けた。


「……えへへ。変わらないね、シーナ」


「ふふん、当ったり前よ。人がそうそう変わるもんですか」


 ユリン157センチ、シフィナ173センチ。向かい合って立つ2人の身長差は大きめで、丸めの童顔であるユリンと筋の通った貫禄ある顔つきのシフィナという比較も相まって、(はた)から見れば彼女らは姉妹と捉えられてもおかしくはなかった。


「ところで……なんかさっき支部の方からすごい音が聞こえたけど、何かあったの? 訓練にしてはちょっとやり過ぎだったような……」


「ああ、このあたしから2年もあなたを奪っていた不届者を成敗してやってたのよ」


 その若干婉曲的(えんきょくてき)な言い回しにユリンは少しの間首を傾げていたが、やがて意味を理解したのかただでさえぱっちりとした赤い眼をより一層まん丸に、顔面を蒼白にする。


「え……えッ!? あ、あなたがユウさんをッ!? 何がどうしてそんなことに!?」


「ただの腕試しよ。あなたのお母さん……サザデー元帥がやたらご執心な相手っていうのが、いったいどれだけの実力者なのかを確かめたかっただけ。まぁ結果は期待外れなんてもんじゃなかったけどね」


「ゆ、ユウさん……死んでないよね……?」


「もーそんなワケないでしょ。ちゃんと手加減したわよ」


「シーナの手加減はあんまりアテにならないよ……」


 シフィナは得意げに話すが、ユリンは呆れるばかりである。


「……それにしても分からないわ。元帥はなんであの程度の男に個人教育なんてしてやったわけ? それもわざわざあなたを呼び戻してまで……」


「え」


「あいつ、確かに魔力量はぶっ飛んでるわよ。それだけならこのあたしやジェスすらも軽く凌駕してる。いえ、世界でも有数のレベルだわ。……でもそれだけ。身体能力や、魔力制御および魔術のセンス……他はどれをとっても並を遥かに下回る。ただ魔力が大きいだけの頭でっかちよ」


「あ、あはは……返す言葉もないや」


「そもそも聞いてた話とまるで違うわ。2年前、元帥はあたしたちにこう言ったのよ? 『お前たち第7駐屯支部の新たなエースを育成するために、ユリンを1年半宮都に寄越してほしい』……って。期間が2年に伸びたのはまだいいにしても、あれがあたしたちの新しいエースだなんて冗談じゃないわ。練兵学校にだってあいつよりずーっと使えるヤツはいくらでもいるでしょうに……なのになんで元帥は、あんなヤツにこだわったの? ……何か他に特別な理由でもあるの?」


「そ……それは……」


 当然、ユリンは言葉に詰まらざるをえない。

 だがシフィナはそんな困った顔をする彼女を見て何かを察したのか、それ以上問い詰めることはしなかった。


「……ううん、ごめんユリン。今の忘れて。聞くべきことじゃなかったみたい」


「わ、私こそごめんね。時期が来たらちゃんと話すから……それまで待っててほしい」


 申し訳なさそうにうなだれるユリン。そんな彼女を眼の前にして、シフィナが思ったことはーー



『ーーああ〜ッ!! カワイイ〜ッ!!』



「もぉ〜しょーがないなぁッ! あなたの頼みなら聞くしかないもんね〜ッ!」


「え? きゃあッ!」


 シフィナは頬を緩ませまくった幸福絶頂の笑顔とともに、もう我慢できんと言わんばかりにユリンの身体をがばりと抱え上げた。


「そんな話もうどうでもいいわ! それよりユリン、この後時間ある?」


「あ、あるよ! 今日はもうお仕事は終わり」


 彼女にお姫様抱っこされているユリンは、びっくりしつつも返事をする。


「よぉ〜しッ! じゃあゴハン行こッ! あたしの奢りで!」


「え!? いやそんなの悪いよ〜!」


「いいのいいの! あなたが帰ってきたお祝いだから! さ、行きましょーッ!」


 するとシフィナはユリンを抱っこしたまま疾走を開始。人どころか道路を走る車すらもゴボウ抜きにして街中を突き進んで行く。


「ね、ねぇシーナ……できればその……下ろしてくれると嬉しいんだけど……。恥ずかしいよ……」


「イーヤッ! もう絶対あなたを放さないッ!」


 羞恥心に顔を赤らめるユリンの言葉も、興奮しきった彼女には届かないようだ。

 ……だが。



「……………………シーナ」


「ん? なに?」


「……ユウさんのこと……あんまりいじめないであげて」


「……え?」



 胸に抱えるユリンの声色が突然真剣に染まったのは、シフィナもさすがに聞き逃さなかった。


「確かにユウさん……物覚え悪いし、なんのセンスも無いし、短気でケンカっ早いし、怒ると口より先に手が出ちゃうし、眼を離すとすぐどっか行っちゃうし、悪い人の話にはコロッと引っかかっちゃうくらいちょろいけど……。ーーでも、でもね。あの人は、人として大事なものはちゃんと持ってるから」


「せ、説得力が全然無いわね……。ユリンあなた、ホントはあの男のことキライなんじゃないの?」


「ち、違うよッ! えっと、と、とにかく悪い人ではないの! ……だから、仲良くしてあげて?」


 ユリンはしんみりとした様子で、そう話す。しかしーー


「残念だけどそればっかりはあたし1人じゃどうにもできないわ! アイツの態度次第よッ!」


 ……シフィナからは即答であった……。







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