第61話 パワハラ Lv.Max
第7駐屯支部敷地内の、第2練兵場。野球グラウンドの倍はあろうその広大な場所で、雄弥とシフィナは互いに30メートルほどの距離を取った位置に立ちつつ、敵意を剥き出しにして対峙する。
「ルールは簡単!! 先に降参した方が負けッ!! いいわね!!」
「そうかい!! 頭の悪ぃ俺には助かるな!! 分かりやすくてよッ!!」
見れば分かる通り。彼らはたった今から模擬戦を行おうというのだ。
しかし彼らは初対面。それも同じ組織に属する仲間同士である。なのになぜ顔合わせ1番にこうなってしまったのか……ーーいや、そんなことは、彼らにとってはどうでもいいことである。
「そしてもうひとつ!! アンタにハンデをやるわ!!」
「……んだと?」
顔に怪訝の感情を露わにする雄弥をよそに、シフィナは稲妻模様の刺青が彫られた自身の左脚を膝を立てて見せびらかすように上げる。
「私はアンタを攻撃するときは、この左脚しか使わない!! つまり両腕も、右脚も、攻撃にも防御にも使わないであげる!! このハンデを破れば、それはあたしの負けでいい!!」
「!! て、て……ッんめぇえ……!! どこまで人をコケにすりゃ気が済むんだ……ッ!!」
その提案は雄弥にとっては侮辱以外の何物でもない。彼はいよいよ、ガマンの限界を迎えた。
「ーーいいぜ……勝手にほざいてろ……!! ……すぐに後悔させてやるッ!!」
雄弥は両の拳をギチギチと音が鳴るほどに握りしめ、全身をこれでもかと力ませる。
「はぁあああッ!!」
やがて彼の腕や首筋および額に血管がボコボコと浮いてきたところで、彼の身体が、ぼうぼうと音を立てながら炎のように揺らめく青白い光のオーラを帯び出した。
ーーすなわち、魔力の解放である。
「……ふぅん。その魔力量……サザデー直々の推薦ってだけはあるわね」
が、なおもシフィナは静かないで立ちを微塵も崩さない。それどころかこんなことまで言い始めたのである。
「しかも全ッ然本気を出してない……。今のその状態で、全開時の1000分の1も無いわ。上澄も上澄ね。大したモンだわ。……いや……本気を出してない、のではなくて……出せないんでしょうね。おそらく今の段階ですでに限界まで抑え込んで、それだけの魔力量なら……全開にしちゃったら、アンタのそのふにゃふにゃの身体なんか一瞬で粉々になる」
『!! こ、こいつ……ちょっと力を解放しただけで、そこまで見抜きやがるのか……!!』
その常軌を逸した分析眼に雄弥は驚愕。戦う前にして、シフィナ・ソニラという人物の戦闘センスの高さを理解する。
……だが彼はここから、さらにもう1段階驚くことになる。
「ま、抑えてるとしてもそれだけの魔力なら、並大抵の相手なら蹴散らすのは難しくないわ。人だろうと魔狂獣だろうとね。……けど残念。生憎あたしは……ーー並じゃない!!」
そう淡々と話を続けたシフィナは突然、その金色の瞳を激烈の闘志で輝かせ、同時に身体から黄金の魔力を解放してみせた。
「なッ!?」
雄弥は眼を見開いて戦慄した。
その理由は他でも無い。シフィナの解放した魔力の大きさが、今の彼自身のものと比較しても全く遜色が無かったからである。
「……これで分かった? 宝を持ち腐れることしかできないアンタの代わりなんか、このあたし1人で事足りるのよ」
シフィナの発言からはすでに敵意は消えている。
……当たり前だ。彼女はとっくに、雄弥を"敵"とは見ていない。見下す相手、取るに足らぬ男、威勢だけの能無し……見方は上げればキリが無い。
それに反し、当の雄弥の心中に煮えたぎる彼女に対する敵意はとうとう、殺意へと進化を遂げてしまった。
「べらべらべらべらうるせぇんだよ……!! 俺たちがやろうとしてんのは……口ゲンカじゃねぇんだぁッ!!」
彼は両手に魔力を凝縮させ、シフィナに向けて『波動』を乱射する。その数、2年の修行の成果もあり、実に12発。
この人1人どころかこの第2練兵場そのものを灰と帰しかねない破壊光弾の嵐に対し、シフィナは左脚を軽く上げて構えを取る。
そして……。
「しッ!!」
なんとその脚1本を振り回すだけで、彼女は12発もの『波動』全てを、術者である雄弥に蹴り返したのである。
「はッ!? そ……そんな!!」
これまで、自身の術を避けられたり防がれたりされることはあっても弾き返されるなんてことは全く経験してこなかった雄弥は、眼の前の光景が信じられず一瞬硬直。
だがそんなヒマは無い。自身が生み出したはずのその12撃が、今度は彼本人を襲い始めているからだ。
「くっそォッ!!」
雄弥はその12個の光弾に対し、1つの一際大きな『波動』を放ちぶつけることで相殺。その際起きた衝撃は、練兵場全体に砂埃を巻き上げる。
……瞬間、その埃まみれの空間の一箇所に穴が空き、中からシフィナが雄弥目掛けて突っ込んできた。
「!! しまっーーおごぇッ!!」
接近に気が付かず焦る間すらも与えられなかった雄弥の腹に、彼女の左脚による膝蹴りが直撃。雄弥は地面にうずくまるように倒れてしまう。
シフィナはそんな腹を抱えてうずくまった彼の背中を、左足で強く踏みつけた。
「ーーたった一撃もらっただけでダウンするような腑抜けには……痺れるような教育が必要ね」
すると、虫ケラを眺める表情でそう言った彼女の左脚から、強烈な電撃が発生した。
「ぐがあぁああぁぁあぁァァァーーーッ!!」
当然、それは左足に踏まれている雄弥にも感電する。彼は腹の痛みなど瞬く間に忘れ去り、全身の細胞が弾けるようなさらなる激痛に絶叫。10秒も経つ頃にはピクリとも動かなくなってしまう。
「……ホンットに呆れるくらい手応えの無いヤツね。こんなのに2年間もユリンを取られてたなんて……到底許せる話じゃないわ」
シフィナは彼の背中から足を離し、踵を返して本棟へと帰ろうとした。
だが突然、そんな彼女の右肩が強く掴まれる。
「!?」
完全に気を抜いていたシフィナはここで初めて表情から余裕を失い、慌てて顔を後ろに向けた。
肩を掴んだのは、感電の余波でいまだ全身を小刻みに震えさせながらもいつの間にやら気を戻していた雄弥である。
「……おい……どこ……行くんだ……!! てめぇから……ケンカ売っと……いて……逃げんの……か……ッ!?」
腹蹴りの影響による軽い吐血とともに、彼はなおもシフィナに向けて戦闘の意志を見せつける。
『……電圧を弱くし過ぎたかしら? いえそれにしたって、まともなダメージは入っているはず……。意識を保つだけならまだしも、立つことなんて……』
「てめぇはもう……絶対、許さねぇぞ……!! ぶっ殺してやる……ッ!!」
そんなシフィナの疑問など知らぬ彼は眼球を真っ赤に血走らせ、兵士としては大分問題のある言葉を彼女にぶつけた。
「……アンタ戦いのセンスはゴミ以下のくせに、ジョークのセンスは一流なのね。このあたしをぶっ殺す? 面白過ぎて逆に笑えないわ」
「そうだな……お笑いだぜ……!! てめぇはこれからそのジョークのせいで死ぬんだからな……!! てめぇの墓にはでっかい文字で、"マヌケ"とでも彫ってもらえ……ッ!!」
…………雄弥がそこまで言い切った瞬間、シフィナのアタマの中からブチン、という音が鳴ってしまう。
「……人が手加減してやれば……ッ!! チョーシ乗んじゃないわよこのカスッ!!」
激昂したシフィナは真後ろにいる彼に向けて左の回し蹴りを打ち込まんとする。しかしそれより一瞬早く雄弥は彼女の肩から手を引っ込めて少し距離を取り、左の拳骨を今一度握り締めた。
『! あの眼……何かする気ね……』
左拳を構えた雄弥の、瞳に宿る確かな自信。シフィナが見逃すはずは無い。彼女もまた警戒の姿勢を取る。
両者の間に展開される、鋭利な殺気に蝕まれた空気。風が騒がしくなってゆく。
雄弥の口端から血がポタポタと垂れている。……1滴、……2滴。そして3滴落ちたところでーー
「はぁッ!!」
「ぜりゃぁああああァァァーーーッ!!」
シフィナと雄弥の2人は同時に、互いに向かって飛びかかった。
ーーのだが。
「ぐッ!?」
雄弥がいきなり不自然に地面に転んでしまう。何かにつまずいたようだが、彼の足元には小石のひとつも落ちてはいない。
……そして動きを止めたのは彼だけはない。シフィナもまた、彼に飛びかかろうとした姿勢のまま立ちつくして固まってしまっている。
その右肩には、ついさっき雄弥にやられたのと同じように、黒い手拭いが巻かれた何者かの手が置いてあった。
「……たっつぁんが半泣きで物置に飛び込んできたから何事かと思ったら……ケンカっ早いのは治んねぇなぁ〜お前は」
その何者かはシフィナに向けてやや辟易した様子で語りかけ、声によって自身の背後にいる人物が誰なのかを把握したシフィナはゆっくりと振り返る。
「ーージェス……!!」
そこにいたのはジェセリ・トレーソンであった。
「……放してくれる……!? まだ勝負は終わってないのよ……!!」
「うんにゃ、もうやめとけ。十分でしょーよ。これ以上やってユウがホントに再起不能にでもなっちまったらシャレにならねぇしさ」
「そんなヘマしないわよ!! いいから放せッ!!」
「シ〜フィナ。……やめとけ」
冗談のように若干軽い雰囲気で諌めようとしてくるジェセリにシフィナは1度は怒鳴り返すも、彼の雰囲気にかすかな凄みが混ざり始めたのを感じ取り、やがて諦めたようにため息をついた。
「……分かったわよ。手、放して」
「ん」
ジェセリがあっさりと彼女の肩を解放すると、彼女はすぐさま彼に背を向けたまま練兵場の出口に向かって歩いて行ってしまう。
「ジェス!! あんたへのお仕置きはまだ終わってないんだからね!! 朝までは物置小屋に入ってなさいよ!!」
「あ、なんだよ覚えてたの? なはは、この流れでさりげなく逃げるつもりだったのにな」
「バカじゃないの!!」
振り返らぬままジェセリにそう怒鳴りつけ、シフィナは見えなくなった。
「……よッ。悪いな転ばせちゃって。だいじょぶか?」
彼女が帰るのを見届けたジェセリは、地面に倒れたままほったらかしにされている雄弥に歩み寄る。
「たりめーだ……! こんなんなんとも……ぐッ!?」
雄弥は立ちあがろうとするも、全身の筋肉が悲鳴を上げてなかなか思うようにいかない。シフィナの電撃をまだ引きずっているのだ。
『ち……ちくしょう……!! いてえぇ……!!』
「まぁ無理ねーよ。あいつはウチの特攻隊長だ。今のお前じゃ"どう転んだって"勝てやしなかったさ」
ーーその時。ジェセリが慰めの意を込めて放ったその一言を、聞いた瞬間である。雄弥の顔がより一層不機嫌なものに変貌した。
「おいちょっと待てジェセリ……何だその言い方は……!? 俺は別に負けてねぇだろうが……!!」
おまけに彼は平気な面してそんなことまで言いやがったのである。……無論ジェセリは困惑せざるをえない。
「えぇ? い、いやいやまぁその気持ちは分かるよ? でもあのまま続けてたら絶対お前がーー」
「そんなの決めつけんじゃねーよッ!! 俺は負けてない、アンタが割り込んだから引き分けだ!! あのクソ女め、次こそギッタギタにしてやる……ッ!!」
……誰が聞いても負け惜しみ。そんな文字通りの捨て台詞を吐きたいだけ吐き散らかした雄弥は、片脚を引きずりながら帰って行った。
「……はぁ。やーれやれ、似た者同士の2人だこと」
ジェセリは呆れたように頭をポリポリと掻くのだった。
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