第55話 ジェセリ・トレーソン
「え、えーと、ユウヤ・ナモセ……です。こ、これから世話になるっす……」
「おー! ユウヤな! こちらこそ頼りにしてっぞ! なーんせ軍はどこもかしこも人手不足でな〜。お前が来てくれてすげー助かるぜ!」
頭にどでかいタンコブをこしらえたジェセリ・トレーソンはからからと笑いながら、いきなりの情報過多に大困惑する雄弥と嬉しそうに握手を交わす。
雄弥が混乱しているのはもちろんつい先ほどの出来事についてもあるが、1番の理由はたった今握手をしている眼の前の男についてだった。
ーージェセリ・トレーソン。やりすぎなくらい、顔立ちの整った青年だった。
アルバノも驚異的な顔面偏差値とスタイルの持ち主だったが、彼が細身で中性寄りの容姿だったのに対し、このジェセリ・トレーソンは漢らしさを底の底まで追求したワイルドなカッコ良さを持っている。
側頭部を刈り上げた濃い金色の髪をオールバックにしており、身長は180センチにわずかに届かないくらい。瞳の色は透き通るような紫。
鉛色の、袖の無い和服のようなものを着用しており、そこから露出する腕は均整の取れた美しい筋肉で覆われている。なお、左手の甲にだけ、黒い手拭いが巻かれていた。
そして何より眼に留まるのが、全身に大量に付けられた金属製のアクセサリー類である。
ピアスは片耳だけで5つ、ネックレスは7本、指輪は右手の薬指以外の全ての指にはめられて9個、他にもブレスレットだのチョーカーだのと、数えきれないくらい装着している。衣服が和風……っぽいものであるだけに、そのコントラストは実に奇抜かつ先鋭的であった。
『ちっくしょう……格好はミョーだが、なんつーイイ男だ……! 俺は同性は好みじゃねーけど……一瞬ときめいちまったぞ……!』
「ところでよ! お前、もう街は回ったか!?」
雄弥がそんなことを考えているなど知る由もないジェセリは、にっこにこに笑いながら彼に問う。
「え? い、いやまだっす。さっき到着したばかりでーー」
「そかそか、そりゃちょうどいい! こんな狭ぇ部屋で話すのもなんだしよ、ちょっくら散歩に付き合ってくれ! ついでにこの街を案内してやる! さ、行っくぜ〜!」
「え!? あ、ちょ! わーッ!」
ジェセリは雄弥が言い終わらぬうちに彼の腕を掴み、部屋から飛び出した。
「あ! ジェスッ!」
「ユリン! お前は夜になったら俺の部屋来いよ! 最高の酒があるからな〜ッ!」
ジェセリは振り向きもせずにユリンにそう叫びながら、雄弥を引きずってあっという間に廊下の向こうに消えていってしまった。
「……もう、相変わらず勝手なんだから」
取り残された彼女はあきれたようにため息をつく。
「ふぅ……私はとりあえずお風呂に入ってきちゃうかな〜」
ユリンは両手を組んで、ぐいい、と背伸びをし、部屋から出ていった。
* * *
化粧の濃い、スナックのママ。
「ジェース、一杯やってかない? たぁ〜ぷりサービスするわよ」
「悪ぃな、今日はちょーっと時間が取れねぇや! 明日の晩にでも邪魔させてもらうぜ!」
あどけなさの残る、高校生くらいの女の子。
「あ、あのジェセリさんッ! これよかったら食べてくださいッ!」
「お、肉のパイか! 大好物だ、ありがとよ!」
中年太りをかなり進行させた、40代半ばほどの主婦。
「聞いてよジェスぅ〜ッ! ウチの旦那がひどいのよぉ〜!」
「なに、結婚記念日を忘れられた!? とんでもねぇ野郎だ。記念日のひとつも覚えられねぇようなノータリンが他に何を覚えられんだって伝えとけ!」
ずぅう〜っとこんな調子だ。お願いだからもうカンベンしてほしい。
ジェセリ・トレーソンが歩いているだけで、街のどこへ行っても老若問わずに女性がわらわらと彼に寄ってくる。すでに30人は相手をしているだろうが、彼は嫌な顔ひとつせずそれらひとつひとつを丁寧に処理していた。
その様子を散々見せびらかされた俺は、男しては妙に複雑な心境になる。
……うらやまちい。
「いや〜悪いな、ほったらかしにしちまってよ」
50人を超えたあたりでようやく人の集まりが落ち着き、全く疲れた様子も無いジェセリは俺に笑いかける。
「……何というか………随分モテるんすね」
「はーっはっは! 当然だぜ。俺ほどイイ男なんざそうそういねぇからな!」
「……」
おおそうだ。アンタはカッコいいよ。ちょーカッケーよ。なんも言い返せねーよ。……うらやまちい。
「……あと、ひとつ聞きたいんすけど」
「ん? なんだ?」
「さっき……ユリンに『お帰り』って言ってなかったっすか? ありゃいったいどういう意味すか? それになんか……ユリンは第七駐屯支部の人たちとはやたら親しいみたいですけど……」
「あ? なんだよ、もしかしてあいつから何も聞いてねぇのか?」
「? 聞いてない……って?」
「あいつは前までずっとここに勤めてたんだよ。俺たちと一緒にな」
「え! そうなんすか?」
「ああ。でも2年前に元帥サマの直命で宮都に呼び出されてな。とある人物の教育係を任せたいだとかなんとか言って。で、そのとある人物ってのが……」
「俺……っすか?」
「そーいうこと。つまりおめーは、俺たち第七駐屯支部のお姫様を2年間も独占していた大罪人ってこった」
「あ、その、なんか……すんません」
「ははは、ジョーダンジョーダン。別におめーはなんも悪くねーじゃんかよ。……ただーー」
その時、ジェセリの雰囲気が突如ガラリと変わった。
「なんで元帥が、おめーという1人の男に対してそこまで熱を注いだのか……それだけだ。それだけが少〜し気になるんだ……」
ーー違う。
彼の眼が、ついさっきまでとは明らかに違う。
皮膚を通し、筋肉を貫き、心の奥まで突き刺さるような鋭い眼だ。お前が考えていることは全てお見通し。そんな声が今にも聞こえてきそうな眼だ。
……バイランを思い出しちまった。
「さ、さあ……? 俺にも……分かんねぇっす……」
俺は圧倒され、しどろもどろになる。
自分は別世界から来た転移者でうんぬんかんぬん、なんてことはもちろん言えるわけもない。……言ったところで信じてもらえるかは別だけど。
当然、ジェセリの顔は完全に俺を訝しんでいたが、彼は特に俺を問い詰めることもなく、こう言った。
「……ま、それはいい。最も重要なのはそこじゃねぇ。今大切なのは……そのお前が、俺たちの役に立てるだけの能力を本当に持っているのか、ってことだ。言ってること……分かるな?」
「は、はい……」
「お前の力を疑うってわけじゃねぇが……俺は支部長として、お前という男を見極めなきゃならねぇ。……ついてきな、ユウヤ」
そして彼は急に踵を返すと、全身のアクセサリーをじゃらじゃらと鳴らしながら早足で歩き出した。俺は必死にその後を追う。
言葉から察するに、今から俺の腕試しでもするつもりなんだろう。あまりにも唐突だが、ここは軍。"いきなり"の事態が当たり前の組織だ。
この人、一見ちゃらんぽらんでもやはり軍人。それもその中の一団をまとめ上げるほど男だ。生半可な覚悟で向き合っていい相手じゃない……!
俺はすっかり気を抜いていた自分を戒め、心のハチマキを締め直す。
彼を追いかけて辿り着いたのは、薄暗く人っ子1人もいない、何かの建物の裏。何なのかはサッパリ分からないが、これまたやたら大きな建物だ。俺たちはその外壁の側にいた。
そこでジェセリはどこに持っていたのか、大きめのゴツゴツした一眼レフカメラを取り出した。
「いいか? 1枚だ。1枚だけフィルムが入ったカメラが、ここにある。お前は今からこのカメラを持って、ここから建物の中に侵入するんだ」
そう言って彼は、建物の壁の表面に設置されている換気ダクトの入り口をカンカンと叩く。
「しばらく進んでいくと、赤いバツ印が付けられた換気口に辿り着く。そこは"とある部屋"の天井だ。そしたらお前は換気口の蓋を外し、そこからその"とある部屋"の中の様子を、持っているカメラで撮影しろ。終わったら換気口の蓋をもとに戻し、俺のところまで帰ってこい。……ほらよッ。ライターは明かりに使え」
ジェセリは俺に向けてカメラを、そして1本のライターを投げ渡した。
「うおッ!? ……ッと!」
俺はなんとかそれらをキャッチ。
「ただし、その一連の行為は誰にも気づかれちゃならねぇ。撮影時には特に注意しろ。そしてさっきも言ったがフィルムは1枚、つまりチャンスは1度だけってことだ。もし撮り損ねれば……当然不合格だ」
彼は不合格になればどうなるのかまでは言わなかったが、想像に難くない。これはいわば入隊試験のようなもんなんだろう。しくじれば……マジで帰るしかなくなる。
「説明は終わりだ。質問は?」
「はいッ! その"とある部屋"には、何があるんすか? つーかこのデカい建物はいったいなんなんすか?」
「それはお前が知る必要は無ぇな。他には?」
ええッ、そんなバッサリ!? それじゃ質問させたイミがないじゃん!
「ね、ねぇっす……」
「よし! ならさっさと行って来い。急がねぇと入浴時間が終わっちまうからな」
「は? にゅうよく?」
「ん? あ!! い、いやいやいやなんでもねぇ。いいから早く行ってこいッ!」
「は、はあ……?」
なんかジェセリの様子がおかしかったが、そんなことを気にしている場合じゃない。俺はダクトの蓋をぶち抜くと、狭いその中へとダイブした。




