第50話 成果の片鱗
「お前やるなッ!! この俺とステゴロができるたァ大したヤロウだぜッ!!」
坊主頭のチビ男ーーギレンは、嬉々として言う。
一等客室内は戦いの余波によってすでにめちゃめちゃであり、窓は1枚残らず叩き壊され、壁や床、座席もひび割れまみれになっている。
そんな中雄弥はというとーー
「そりゃどーも……。つーかてめぇ、その無駄にデケェ声どうにかなんねぇのか……? 耳がキンキンすんだよ……!」
健在であった。
獣も同然の男と格闘戦で互角に渡り合い続け、すでに3分あまりが経過している。アルバノはもちろんユリンのレベルにすら到達してはいない彼だが、バイランの事件の前後合わせて2年余りの特訓の成果は、微々たるものでも確かにあった。
……訂正。互角、ではない。
ギレンが無傷かつ元気満々なのに対して明らかに雄弥の方は息が上がっており、顔や腕にいくつか青アザも作っている。
「声のデカさは思いのデカさだッ!! 俺の声がデカいのは、それだけお前にぶつける思いがデカいからだッ!! 本気の人とのやり取りってのはこうでなくちゃいけねぇんだよッ!!」
「……そ〜……なのかぁ……?」
勢いに押され気味になりながら、雄弥は首をかしげる。
「本気ッ? そう、本気だッ!! お前は強いッ!! だからお前にゃ見せてもいいッ!! 俺の本気をッ!!」
「! なに……!?」
するとギレンは突如身を構え、力みを入れだす。
両こめかみに太い血管を浮かばせ、眼球も真っ赤に充血。やがて彼の身体が、黄色の薄い光に包まれた。
「……なんだ……?」
何が起きているのか理解できない雄弥は迂闊に手が出せない。そうこうしているうちに、ギレンの身体の発光がより強くなっていく。
「ぬぐぅうう………ッかぁあアアアッ!!」
そして彼の身体から、見えない"圧"が発せられた。
「うおッ!?」
その影響で窓枠は揺れ、細かな瓦礫が飛び散り、雄弥も怯み眼を細める。
彼のその狭い視界には、全身に黄色く淡い光を纏ったギレンが映っていた。
『あの光……魔力か……!?』
「へへぇッ!! 行っく……ぜぇえええッ!!」
彼に考える間も与えんと、ギレンは床を蹴って走り出す。そのスピードはーー
『!? 速い!?』
明らかに先ほどまでとは比にならないものだった。
急激な速度上昇に驚く雄弥を他所に、ギレンは彼に向けて右脚で鋭い前蹴りを放つ。
「どぉおおおおおおッ!!」
「くッ!!」
雄弥はどうにか身体を間に合わせ、それを両腕で受け止めることに成功。
ーーが。
「ッ!? うぐぁあッ!!」
なんと彼はそのガードもろとも後ろに思い切りぶっ飛ばされ、壊れかけている座席に背中から激突した。
「ぐ…………は…………ッ」
「ちゃーーーッ!!」
雄弥の視界が一瞬暗黒に包まれるのも束の間、ギレンはすぐさま彼に飛びかかり、彼に向けて手刀を振り下ろす。
「!! ちいッ!!」
雄弥は前に転がるようにして間一髪回避。
空振ったギレンの手は座席をカチ割った挙句車両の床をぶち抜き、高速で流れる線路が露わになる。
「ずえッ!! だあッ!! おるァアッ!!」
振り返り、やたらめったらに追撃するギレン。彼の行動に計画性などは一切無く、衝動に任せるがままである。
それでも脅威だった。片腕の腕力だけで車両に固定されている座席を丸ごと引っぺがし、ただのパンチが列車の床や壁に大穴をこしらえる。
雄弥はその一撃もらっただけで致命傷になりかねない猛攻を必死に凌ぎつつ、
「こんのッ……!! だからギャーギャーうるせぇんだよッ!!」
絶対に今すべきでは無いツッコミとともに、攻撃一辺倒で隙だらけだったギレンの顔面のど真ん中に拳骨の直撃を喰らわせた。
「いッ!?」
しかし、彼はまたも驚愕することになる。
殴ったギレンが身体を少しものけ反らすこともなく、変わらずニンマリとした笑みを浮かべているからだ。
……傷を負わせるどころか、まともなダメージが入っていない。
「へへぇ……いいぜェ……ッ。ケンカってのはーー」
呆然としている彼を前に、ギレンは自身の左拳をゆっくりと振り上げる。
「こうでなくっちゃあなァアッ!!」
やがて雄弥の右頬に、鉄球の如き一撃が炸裂した。
「がぁあッ!!」
彼は身体を回転させながら車両の端から端まで吹き飛ばされ、壁にぶつかり、床に倒れた。
「ぐ……ぐぎ……が……ッ」
頬を抑えながらうずくまる雄弥の口から、白くて小さいものが2つ、ポロリと落ちる。ーー奥歯だった。後を追うように、口の端から血も滴り出す。
『な……なんだこのパワー……!? た……タフさも……さっきまでとは違いすぎる……!!』
彼の疑問は当然。この異常な身体能力は先程までのギレンとは完全に一線を画している。
「へへぇッ!! どうだッ!? 今のは効いたろッ!! お前はラッキーだぜッ!! 術を使った俺とやり合えるんだからなッ!!」
「じゅ……術……!? ーー!」
ギレンのその言葉により、雄弥はこの1年で頭に無理矢理叩き込まれた座学の内容を思い出した。
「……急な身体能力の上昇……。ーー魔術特性……『褒躯』……!?」
「おおッ!! そーいうこったッ!! なんだ見たことあったかッ!?」
「教本に載ってただけだ……。直接味わうのは……初めてだぜ……」
「へっへっへッ、ならもっと味わわせてやるッ!! さァ続きだッ!!」
腕をブンブン回し、気合いに満ちるギレン。
対照的に、突然冷めたような表情になる雄弥。
座り込んだまま口内に溜まった血を吐き捨てると、ただ一言。
「いいや……もう十分だ。これ以上は俺の体力がもたねぇ。……悪ぃが終わらせてもらうぜ」
すると彼はふらふらと立ち上がり、右手を前に上げ、その人差し指をギレンに向けた。
「? なんのマネだそりゃッ!? おまじないか何かかッ!?」
相変わらずの弩声で疑問をぶつけるギレンに対し、彼は逆に囁くように答える。
「ーーホントは使いたくねぇんだよ……。威力を抑えたっつっても……指は突き指したみてぇに痛むし……」
「はあッ!? なにッ!? なんてッ!?」
「でもよ……ケガのおかげ……っつーのもヘンだが……練習する時間はたくさんあった…… 。……もう狭い室内だからって、術を封じられることもねぇのさ……」
「イミがッ!! さっぱりッ!! 分かんねぇえエエエエエエエエーーーッ!!」
あっという間にしびれを切らしたギレンは、雄弥に向けて真正面からの突撃を敢行。殺してはならないというレイドからの指示はどこへやら、彼の様は完全に弾丸のそれであった。
狭い客室車両内。標的に辿り着くまではほんの2秒足らず。ギレンの勝ちは決まったも同然。
だが。
今回に限っては、先手を打ったのは雄弥のほう。
「ーー『波動』」
雄弥が呟くと、彼の右手人差し指の先端に鮭の卵ほどの大きさの魔力が出現。
青白いそのエネルギーはやがて、突進してくるギレンへと静かに放たれた。
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