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第48話 二分されし、この世界




 時速70キロで走る汽車の中。窓から見える景色が、次々と移り変わっていく。


 絹のカーテン、真っ赤なソファ、ギラギラ輝くシャンデリア。

 そんな一等車両をたった2人で貸し切った雄弥とユリンは、テーブルを挟む形で向かい合って座っていた。


「うっとーしーな〜。このカラーコンタクト……じゃなくて、『色付(いろつ)眼膜(がんまく)』とかいうヤツ。今後人前に出るときはずっと付けなきゃなんねぇんだろ? コレ」


 雄弥は自身の()()()ーーその眼元を触りながら、不快そうな表情を浮かべる。


「そうです。私以外の人と会う時は、何があっても外してはいけません」


「ほいほい、分かってるよ。んで、理由は? 今日の出発直前に急に眼ん玉にブチ込まれただけで、コッチはなんも聞かされてねーんだぞ。ちゃんとワケを話してくれよ。ていうか列車に乗ったら教えるって言ったじゃねーか」


「ええ、もちろんです。兵士の一員として働く上では、知っておかなければならないことですからね。さて……うぅ〜んどこからお教えしましょうか……」


 ユリンは腕組みし、難しい顔をする。




「うん、じゃあ先に結論からお話ししましょう。いいですか、ユウさん。現在この世界は、2つの人種間での戦争状態にあるんです」




「…………あ? なに? ……戦争……?」


「はい。……その2つの人種とは、一方を"人間(にんげん)"、もう一方を"猊人(グロイブ)"と呼びます」


「え、え? なんて?」


「この2つの人種には、見た目にはそこまで大きな違いはありません。解する言語も同じです。……ただひとつだけ、決定的な区別点があります」


 全くついて行けていない雄弥を放置し、ユリンはどんどん話を進める。


「ユウさんもこの2年の間、何回か街に出ましたよね。その時周りの人たちを見て、何か気になることがあったんじゃないですか?」


「! ……あるぜ。眼だ。この世界には、俺と同じ黒色の瞳を持つヤツが……1人もいなかった。……少なくとも、俺が見てきた中には……」


「そう、それです。それが、"人間(にんげん)"と"猊人(グロイブ)"の外見上における唯一の違いなんです。"人間(にんげん)"に属する者は全員黒の瞳を持つのに対し、"猊人(グロイブ)"に黒色の眼をしている者はいません。我々の瞳の色はそれぞれの家系の遺伝などによって、黒以外の様々な色になります。私なら赤、みたいにね」


 ユリンは自分の右眼を、くい、と広げて見せる。


「んッ? お、あー、ちょ、ちょっと待ってくれ。えーっとだな、瞳が黒いヤツが"人間(にんげん)"……ってことは、俺は人間(にんげん)に分類されるんだよな?」


「そうです」


「で、今お前は『我々』って言ったから……お前を含めた俺以外のみんなは、猊人(グロイブ)なのか? サザデーさんも、アルバノさんもエミィも?」


「そうです」


「あれ、つまりだ、つまりだぞ? 今俺がいるここは……"猊人(グロイブ)"の領域だってことじゃねぇのか?」


「……はい、その通りです」


「え、マズくねそれ。俺は一応この世界じゃ、お前らに敵対する種族だってんだろ? そんなヤツを軍に入れちまっていいのかよ。なんか今さら聞くことじゃねー気がするけど」


「ええ、非常にマズいです」


「マズいんかい」


「だからこの2年間外出するときはいつもあなたにはその眼を隠してもらっていたし……そしてこれからもその眼膜で、あなたには自分が人間(にんげん)であることを隠し続けていただかなければなりません」


「……」


 ……なんかおかしくね。


 俺が転移した時、サザデーさんは俺のことを見ても特に驚いてもいなかった。自分らに敵対する人種と全く同じ外見をしたヤツが眼の前に現れたら、少しくらい反応があってもよかったはずじゃねぇか。しかもそんな俺をすんなりと軍に迎え入れちまうなんて……。


 ……あ、そうか。そういや500年前に、最初の転移者をこの世界に呼び寄せたって言ってたっけ。だから知ってたんだ。転移術式を使うとどんなヤツがやってくるのか、ってことを。


 ーーいや待て。待て待て。


 その俺の前に来た転移者が、俺と同じ世界の出身だとするなら……"人間(にんげん)"を軍に入れるのは初めてじゃないはずだ。なのになぜ俺は眼を隠すなんてメンドーなことをしなきゃならないんだ? そいつは別に軍に入ってたわけじゃないのか? だったら……そいつはこの世界で、いったい何をしてたんだ……?

 

「なぁユリン。お前……俺の前に、俺と同じ転移者がいたってこと、知ってるか?」


「え? はい。あなたがここに来る少し前に、サザデーさんから聞いただけですけど……」


「会ったことは?」


「ありません」


『……会ったことあんのはサザデーさんだけ……。いや、アルバノさんもか……? しまった〜聞いときゃよかった。それにしたって分からねぇことかあまりにも多すぎだろうが。先代の転移者は500年も生きてたっつーのもイミ不明だし、他にもアレとかコレとかソレとかドレとか……うへぇ。アタマ痛くなってきた。もうやめだ、メンドくせぇ。別に俺が知る必要は無ぇか……』


 容量の少ない彼の脳ミソは、ここでオーバーヒート。雄弥は考えるのをやめた。


「……つーかお前さ、サザデーさんから聞いただけでよくそんな話信じたな。転移者だの魔力継承だの……いくら魔術っつー未知の力が普通になってるこの世界でだって、そんなこと言われたらアタマがおかしいって思うだろ」


「そうですねぇ、さすがに私も最初は半信半疑でした。……でも、サザデーさんはなんのためにもならないウソなんかつきませんから。だから信じることにしたんです」


「な、なるほど……?」


 ユリンはそう言うものの、彼にはあのサザデーに対する信用の仕方がまるで分からなかった。


「それより……ユウさんこそあんまり驚いてないんじゃないんですか? こんな話をされてるのに……。もっと、どひゃーってなるかと思ってましたよ」


「アホ言え、バチバチに驚いてるよ。……つっても、この世界に来てから何に対してもビックリしてばっかりだからよ。なんかもう……慣れちまった」


「そ、そうですか……」


「それに今は戦争中です、って言われてもよ〜……全然実感が無ぇんだよ。魔狂獣(ゲブ・ベスディア)とかのことを考えなきゃ、こんなに静かで平和じゃねぇか」


「今は休戦状態なんです。……いえ、膠着(こうちゃく)、と言った方がいいですね。単にお互いに攻める機会を窺っているだけです。どちらか一方が動けば、すぐに世界中が大混乱になるでしょう」


「うぐぅ〜……話がデカすぎてますますイメージできねぇ〜」


 雄弥は頭を抱えながらうんうん(うな)る。


「……まぁいいや。どっちみち今の俺にはカンケー()ぇことだし」


「え? いえ、関係無い、ってことはないんですが……。いやむしろ、すごく関係はあるんですが……」


「いや、そりゃ分かってるよ? でも俺はバカだからよ〜、そんな起こるかどうかもハッキリしねぇことについてアタマ回すなんてできねぇよ。それによ、今の俺はただの新人兵士。社会に出たばかりのペーペーだぜ? 戦争だのなんだのっつーでっけーハナシは……俺が考えるべきことじゃねぇだろ。とりあえず今の俺がすべきなのは、とっとと仕事内容を覚えることさ。周りの脚を引っ張んねぇように……」


 そう話す雄弥を見つめるユリンは少しだけ驚いたような表情をしたが、すぐに優しく微笑んだ。


「……ふふ」


「? なんだよ?」


「ん〜ん。……大きくなりましたね。ユウさん」


「なんだいきなり。身長は全然伸びてねぇぞ」


「もう……おばかさん」


「うるせッ、知ってるよ。今さらお前に言われんでもよ」


「あら、そうですか。それは失礼〜」


「で、えーと? "人間(にんげん)"と"猊人(グロイブ)"……だっけか。まぁ、アタマの片隅には置いとくぜ。覚えていられれば、だけどな」


「えぇ〜? そこは頑張って覚えててくださいよ」


「ーーただ1コだけいい?」


「はい、なんでしょう?」


「んな大事なことをなんで今の今まで教えてくんなかったんだよ」


「え? 早めに教えてもユウさんどーせすぐ忘れちゃうだろうから、言うなら配属してからのほうがいいと思っただけですが?」


「…………そーね。そーだね。そりゃケンメーな判断でしたね」


 ……雄弥は久しく忘れていたが、ユリンはこういう人だった……。


「あ、すみません。私ちょっとお手洗いに行ってきますね」


「……ほ〜い。いってらっさ〜い」


 複雑な顔をする雄弥をほったらかし、ユリンはハンカチを片手に一等車から出て行った。




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