第36話 限界の末、思わぬ一弾
「もうここまでだッ!! 死ねェェいッ!!」
バイランが叫んだのと同時に、雄弥に向かって弾丸の雨が降り注いだ。
「ち……ッくしょおォォォォッ!!」
彼はただ、悔しさに雄叫びを上げることしかできない。
最初の1発が左頬を掠め、あれよあれよ次弾が迫る。雄弥は再び逃げ惑う獲物と化したわけだが、ここは平坦な中庭のど真ん中である。身を隠すための木や建造物などは何も無く、常に銃口に全身を晒している状態なのだ。だからこそ彼自身、勝ちを確信するまではここに出ることを避けていたのだ。
「……ぬ……!!」
その時、一瞬だがバイランがふらついた。
手負いなのは雄弥だけではない。彼もまた、投石によって後頭部に重い一撃を受けているのだ。傷の場所が場所だ。行動への影響が皆無なはずは無い。
そして雄弥は偶然にも、その『隙』をしっかり目撃した。
『!! チャンスッ!!』
撃たれ続けてのけぞりかけていた身体を無理矢理起こし、バイランに向けて突進した。奴を行動不能にするだけなら『波動』を使う必要は無い。殴り倒すだけでも十分である。
標的に向け、全力で走る。左足の小指が無いので今にも転んでしまいそうだ。だが、彼はそんなことはお構いなしに走った。
ただーーその『隙』を突く、ということばかりを意識した結果、雄弥の頭から重要なことが抜け落ちた。
「マヌケがァァァ!! 忘れているぞッ!! 貴様は今!! 『仁狩鋏』の射程に入ったァァァ!!」
まるでそれを待っていたかのように、バイランは狂喜した。そしてーー
ちょきん。
「うぐぁあッ!!」
またも意識を止められ、その間に雄弥は左肘を貫かれた。
地面を転がり、命からがら射程の外に脱出する。
バイランは雄弥のその様を遠巻きにニヤニヤとした笑みを浮かべて眺めつつ、悠々と銃のマガジンを交換している。
「さぁどうする小僧ォ……!! その位置から俺をどうやって倒す!! また石っコロでも投げるかァァァ!?」
「……く……クソじじいめ……!!」
雄弥の全身の傷も、もうかなり増えている。あと数分もしないうちにら彼は行動不能となってしまうだろう。このままでは何もできないまま出血でノックアウトだ。
「くっくっく……貴様は雑草も同然だと言ったろう……!! もう諦めろ!! 大人しくその場で、この俺に刈り取られるのを待つんだなァ……!!」
「ーー!! 俺が、雑草……!?」
万事休すと思われていた状況の中。雄弥はその侮辱の言葉を聞いた瞬間、自身の心に大きな何かが引っかかったのを感じた。
バイランは雄弥のことを、「雑草も同然」と言った。たった今言ったし、少し前にも言っていた。全くその通りだ。彼の「仁狩鋏」に侵されている間、雄弥は産毛のひとつすらも動かせなくなるのだから。銃弾をかわすなどもってのほかである。
だがしかし、いや、だからこそ、今の状況は明らかにおかしい。
ーーなぜ雄弥は、まだ生きていられているのか。
これだ。これだけが、何をどう考えても不可解なのだ。
道端に生えている1本の雑草を踏みつけることに苦労する人が、この世に存在するのか? 今の状況下で浮かぶ疑問はこれと同義である。バイランからしてみれば1秒ほどの間とはいえ、術下の雄弥は撃ち放題の的と化しているのだ。初弾の1発で彼の眉間を撃ち抜くこともできた、いや、むしろそうでなければ道理が通らない。この戦いは本来であれば、とっくに終わっているはずなのだ。もちろんバイランの勝利で、だ。
なのに。傷の数こそ増えてはいるも未だ雄弥は明確な致命傷は負っておらず、バイランはもう5回もマガジンを交換している。ひとつのマガジンには6発の弾丸を装填できる。つまり彼は雄弥を殺すチャンスを30回以上もフイにし、残弾を無駄に消費し続けているのだ。
そもそも用意してある予備のマガジンが多すぎる。用心深い性格なのだと解釈すればそれまでだが、一撃必殺が確約された魔術の使い手としてはあまりにも不自然な周到さではないか。
……奴には、あれだけの弾を用意しないといけない理由がある……!?
雄弥はそう考えた。ならばその理由とは何か。やはり用心深い性格がゆえか? それとも単に雄弥を目一杯に嬲りたいのか? ……そして、1番最初の疑問に戻った。
道端の雑草を踏みつけることに苦労する人が、この世にいるのか?
……いる! 眼が、見えていない人だ! その道端の雑草が、見えていない人だ!
見えていない……? 奴は、周りの景色が見えていない? 俺の位置が、分かっていない……!?
いや、おかしいだろ。感覚を共有する術があるじゃないか。視覚の強制共有……奴は俺が見ているものを見ることができるんだからーー
!!
「そ、うか……そういうことかよ!!」
やがて、雄弥は何かに対する合点を導き出した。
そして次の刹那。彼は突然走り出し、あろうことか自ら『仁狩鋏』の射程圏内に踏み込んだのだ。
「!? なんだとッ!?」
バイランは彼がとったその唐突な行動に驚きの声を上げた。しかしとるべき行動は忘れない。すぐさま術を発動した。
ちょきんーー。
そして発砲。弾丸は……雄弥のこめかみをほんのちょっぴりだけ掠めた。
「…………当たらねぇ…………。……やっぱりだ……当たらねぇ……! 当たってねぇ……!!」
意識を戻したった今負った傷の状態を確認した雄弥は、今度こそ本物の確信を掴んだと言わんばかりに、両手を強く握り締めた。
「……なんだと? ……貴様……何を言っている……!?」
バイランはそんな彼の意味不明な言動に困惑を見せた。
「そうか……考えてみりゃ、俺はもう答えに辿り着いていたぜ……!! てめぇの五感共有はあくまでも、対象の状態に依存しきった術だ……!! 例えば視覚への共有なら俺が見ているものを見ることができるが、逆に言えば!! 俺自身が何も見えていねぇときは、てめぇもまた、何も見ることはできねぇ!!」
そう、先程雄弥が、眼をつぶっていた時のように。
「つまりこういうことだ……!! 俺がてめぇの『仁狩鋏』で意識をトばしている間、てめぇは俺に五感共有の術を使えねぇ!! 使っても意味が無ぇからだ!! その時の俺は、てめぇと共有できる『感覚』を、何も得ていねぇからだッ!!」
これを聞いたバイランは、その濁った瞳に分かりやすい動揺を示した。
『おのれ……! 感付きおったか! できれば悟られんうちに仕留めたかったのだが……!』
「……だから……なんだと言うのだ……!!」
口にはそれを出すまいとした。あくまでも、自分の優位に固執した。……が、雄弥はバイランの心の揺らぎをその言葉ではなく、雰囲気で察した。
「言ったろ!! 『答えに辿り着いた』ってよ……!! てめぇも頭がカチ割れてフラフラだ!! そんな状態じゃ、もう俺に接近されても体術じゃ対応できねぇだろう!! 俺に近づかれれば、てめぇは『仁狩鋏』を発動して逃れるしかねぇ!! だがその間、てめぇには周りの景色が、この俺の姿が一切見えなくなるんだ!! 当然、銃弾を俺にまともに命中させることなんてできっこねぇ!! しかしその逆、俺が離れた位置にいるのなら、てめぇはただ視覚共有のみを使って俺を狙い撃ちにすればいい……!! つまり今のてめぇにとっては、俺が自分から距離を取ってくれたほうが殺しやすい!! そういうことだろう!?」
「フンンッ!! くどいッ!! だからどうしたと言うのだ!! 今更それに気づいたところで何になると言うのだァッ!!」
「俺に残された道はひとつッ!! その逆をやる!! とにかくてめぇに近づいて術を使わせ、魔力を削らせる!! ついでに銃弾のストックもな!! もちろん運が悪けりゃテキトーな弾に当たって死んじまうが……だがよ!! 俺が死ぬ前にてめぇがそのどっちかひとつでも使い切っちまえば……それは俺の勝利だ……ッ!!」
そう言うと、雄弥は構えた。上体を下げ、突っ込む姿勢をつくった。
彼の眼はそれこそ、バイランとは対照的。怯えも無く、迷いも無く。
そう。彼はこの瞬間、覚悟を決めたのだ。もっと傷を負う覚悟を。どうせこのままでは殺される。だが逆にどれだけボロボロにされようと、生き抜けば勝ちなのだーーと。
「ほざけェ!! 貴様などもう立つのも億劫だろうに!! 俺がガス欠の貴様を撃ち殺して、それで終わりだァァァッ!!」
「やってみろッ!! その前にてめぇの顔面をぐっちゃぐちゃにしてくれるぜェッ!!」
そこからは、絵にも描けないような泥試合が始まった。
雄弥は、ひたすらに走った。前に向かっての突撃を敢行した。憎っくき標的を叩きのめすために。
逃げるという選択肢は無い。あくまでも弾丸を、そして魔力を使わせなければ意味が無いのだ。
今の雄弥は誰の眼にも、猪よりも頭が悪いように映るだろう。だがそれでもーー他に方法は無いのだ。
それにいくら雄弥が馬鹿とはいっても、彼は今、脳死で突撃しているわけではない。いくら『仁狩鋏』発動下における射撃が不安定なものであるとはいえ、1発でもまともに食らえば終わりなのだ。考え無しに突っ込むのは、バイランの射撃ミスに自分の運命の全てを委ねることになる。そんなのは捨て試合も同然だ。
雄弥はそんなことは許さなかった。被弾率を少しでも下げるため、右に、左に、フットワークを繰り返した。銃弾を数発撃ち込まれた脚を必死に働かせ、自身の生を繋ぎ止めた。膝が千切れてしまいそうほどに。腰が砕けてしまいそうなほどに。
「ぬゥゥおおおぉぉおぉおおォォォォーッ!!」
翻ってバイランは、撃ち続けた。半ばヤケを起こしつつ、焦燥混じりの叫び声を上げつつ、引き金を引き続けた。
雄弥の手が自分に届きそうになれば、あるいは、マガジンの弾が空になれば、回避のため、次弾の装填のため、止むを得ず『仁狩鋏』を使った。
もはや彼はまともに雄弥を狙ってはおらず、ほとんど山勘に頼っていた。肉迫されれば自分の負け。その前に一刻も早く、彼の息の根を止めねばならない。バイランにとっては狙いをつける時間すらも惜しかった。流れ弾に期待した方が、遥かに確実だったのだ。
「ぐあ……ッ!!」
雄弥が呻く。弾丸が、彼の右の目尻の肉を抉り取った。
それだけではない。バイランに近づけば近づくほどに、どんどん被弾率が高くなる。すでに彼の身体につけられた傷の数は、20を有に超えていた。
「ぐ……ッぎィ……ッ!! ……まだだァッ!!」
それでも彼は眼をつぶらない。痛みに歯を食いしばり、歩の速さが落ちつつも、決して前進をやめない。
気づけば雄弥が走った後の地面には、夥しい数の血痕が残っていた。かつ、彼の服は上から下まで、彼自身の血で真っ赤に染まっていた。
『な……なんなのだコイツは……ッ!! 死ぬのが怖くないのか……ッ!?』
バイランは戦慄を覚えた。そんな彼に対して、はっきりとした恐怖を覚えたのだ。それほどに雄弥の執念は異常だった。
そしてそんな中。いよいよ、運が一方に傾いた。
『!! まずい、また弾が切れる!! 新しいマガジンをーー』
バイランは焦った。今拳銃に残っている弾は、後1発。予備のマガジンを用意せねばならない。
「ちィィッ!! 『仁狩鋏』ッ!!』
ちょきん。
バイランはすぐさま雄弥の意識を止め、その隙に自身の腰のポケットをまさぐった。……が。
『な、無い!? しまったッ!!』
すでにポケットには何も入ってはいなかった。予備のマガジンは全て使い切ってしまったのだ。
バイランの『備え』が、雄弥の『執念』に負けたのだ!
そして……雄弥に対する『仁狩鋏』の効果持続時間は、わずか1、2秒程度。バイランが予備を切らしたことに動揺している間に、雄弥はとっくに意識を戻していた。
「くあああぁぁあぁああァァァッ!!」
すでに雄弥はバイランまで約2メートルほどの位置まで迫っていたのだ。無論意識を取り戻したの同時に、バイランの眼と鼻の先に辿り着いた。
「終わりだッ!! クソじじいッ!!」
「ぬおおおおおッ!! くそおおぉぉおぉおォォーッ!!」
雄弥は拳を固め、バイランの顔面を殴り付けた。
ーーと、思われた。
「う……ッ!?」
だがなんと、彼の拳は空振ったのだ。雄弥は少し遅れてから、その理由を悟った。
『あ、脚に……!! 力が……はい、ら……ねぇ……!?』
彼の両膝が彼の意志とは無関係に、勝手に折れてしまったのだ。
当然と言えば当然だ。いくら致命傷は無くても、さすがに傷の数が多すぎた。ひとつひとつの傷は小さくとも、合計の出血量は多すぎた。身体が悲鳴を上げるには十分だったのだ。
『そ、そんな……ッ!! あと少し……あとちょっとなのに……ッ!! こ、んな……時にィ……ッ!!』
しかも、倒れる場所も最悪だ。バイランの眼の前、敵の眼の前。わずかに肘を伸ばすだけで触れる距離。
バイランは口角を上げに上げた。目尻を下げに下げた。身に降りた幸運に感謝し、残弾1発となった銃を構え直した。
そう、本来なら彼にとっては不利な状況のはずだが、雄弥が動けないなら話は別だ。理由はもちろんーー
「惜し……ッかった……なァ……ッ!!」
『仁狩鋏』をーー使う必要がないのだから……。
「やったァァァッ!! 勝ァァァァァァッたァァァァァァァァァーッ!!」
倒れゆく雄弥に、その頭に、最後だけは確実な狙いをつける。そして次の瞬間にはーーバイランの歓喜・絶頂の叫びとともに、最後の銃声が空に散った。
……。
…………。
『…………あれ…………撃たれた、のか? 俺……?』
出血によって霞む意識の中、うつ伏せで倒れた俺は奇妙な違和感に浸っていた。
無いのだ。これまで散々味わってきた、弾丸に肉を掘られる感覚が。確かに銃声は聞こえたというのに。
撃たれ続けたせいで神経が麻痺しているのか、とも考えた。ーーだがしかし。事実は、そうではなかった。
「…………な…………な、な、な、な……?」
頭上から、バイランの声が聞こえてきた。これまでのものを上回って、さらに混乱しているような声だ。
俺は首を上げ、その様子を見た。
「ーー!? え……!?」
ワケが分からなかった。奴はその身体を硬直させ、眼を、そして口を目一杯に開いていた。まるで身体をひどく痺れさせているようだ。
「なァ、ん、だ……こ、れは……これは、ァァァ〜ッ!?」
やがてそのまま白眼を剥き、地面に倒れてしまった。その際、右手に握っていた拳銃が再びゴトリと地に落ちたが、その銃口からは煙が出ていない。
つまり今の発砲音は、この拳銃によるものではないのだ。
「……な……なん……なんだよ……!?」
俺は痛みを堪えながらやっとの思いで立ち上がり、倒れたバイランを見下ろした。すると、その右肩に妙なものが刺さっているのを見つけた。
「……これは……麻酔弾……?」
間違いない、バイランが持っていたヤツだ。この弾の形は、俺に撃ち込まれたものと同じだ。
でも誰がやった? 今この施設にいるのは、俺と、バイランと、子供たちだけーー
「……は!?」
その時、俺は背後に人の気配を感じた。また、小さくも荒い息遣いを聞いた。
振り返る。その気配は、中庭の入り口にあった。ーーそしてすぐに驚愕した。
「お、おま……ッ!! なんで……!!」
そこにいたのはーー痩せ細った小さな身体を小刻みに振るわせながら、両手で拳銃を構えているエミィだった。
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