第28話 地下通路の先には
「おい!! そこの君、大丈夫か!?」
日はすっかり沈み、あたりは真っ暗。
腕の止血を終えた俺が地面に座り込んで休んでいると、右胸に金バッヂをつけた兵士たちが大勢どかどかとやって来た。
サングラスをしていなかったことに気がついた俺は慌てて落っこちていたそれを拾ってかける。
「あ、ど、どーも……。大丈夫っす」
「そうか、よかった……ってどこが!? 傷だらけじゃないか!」
近くまで駆け寄って来て俺の目の前でしゃがみ込んだ1人の男性兵士が、俺の有り様を見てひどく驚く。
「ディモイドにやられたのか!?」
「でぃ……? ……あ、アイツの名前か。はぁ、まぁ……」
「よく生きていられたもんだ……! 奇跡だよ……! で、そのディモイドは!? どこに行った!?」
「そこっす」
俺は地面に落ちているディモイドの首を指差した。
「……え?」
すると、ここの場にいる50人あまりの兵士全員が同時に、同じ反応をした。
彼らの表情から読み取れる思考は実にシンプル。「信じられない」だ。兵士の中には、持っていたライフル銃でその首を恐る恐るつついている者もいる。
「……君がやったの?」
「へ!? えー……い、いやいやまさか。俺はただの訓練兵っすよ。なんか気がついたら、誰かが倒してくれてて……俺もその人に助けられたってだけっす」
……街ん中でドンパチやったなんて知られたら、ユリンにブチのめされる。大体ブッ壊した建物の弁償はどーすりゃいいんだ!?
俺はこの戦いの真実を、自分の胸の中だけにしまっておくことにした。
「ところで、どうして夜なのにサングラスなんかかけているの?」
「電波性眼炎にかかってて……」
「? 聞いたことない病名ね……」
俺は地面に座ったまま、救護兵の女性によって全身の切り傷の治療を受けていた。術ではなく、通常の治療である。
つい今この女性に聞いて知ったことだが、治癒効果を持つ魔術の特性の名前は『命湧』と呼ばれており、数ある魔術特性の中でも特に難度の高いもののひとつらしい。扱いこなせる者は本職の医師でも500人に1人、軍医の中でも100人ほどだという。
俺はこれまでそんな貴重な技術をほいほい享受していたというわけだ。なんだかユリンに申し訳なくなってきた。というか、ユリンってやっぱり滅茶苦茶にスゴい人じゃないか。
!! そうだ! 早く総本部に行って、山から孤児院に続く秘密の地下通路のことをユリンに伝えに行かないと!
腑に落ちない点は多々あってもここまで不審な状況が揃っていては、あの孤児院の院長であるバイラン・バニラガンが今回の事件の真犯人であると考えるしかない。軍の権限でもなんでも使って、施設の地下を調べてもらわなければ。そこからバイランが犯人であるという証拠も出てくるかもしれない。
……いや待て。考えてみりゃわざわざ総本部に向かう必要は無いじゃないか。今ここに大勢の兵士がいるんだから。
そうだよ、この人たちに協力してもらえばいい!
「あの!」
「えっ? な、なに?」
俺が急に話しかけたので、救護班の女性はびくりと目を丸くする。
「1番偉い人はどこにいますか!? 大事な話があるんです!」
「……なるほどな。なんで君がそんなことを調べていたのかは知らんが、言いたいことは分かった。確かに筋は通っている……」
それから雄弥は責任者である中年男のもとに案内され、自分が調べたことの全てを話した。
山の中にあったエレベーターや地下空間、そしてそこに飼われていたエドメラルのことについてはすでに大半の兵士に伝わっていたため、思っていたよりも話はスムーズに進んだ。
「じゃあ、やってくれるんすか!」
「うーんしかしなぁ、その地下通路とやらを実際に見つけたわけじゃないんだろう? そんなあやふやな理由で家宅捜索なんてできないよ」
「な、なら! 今から地下通路が通っているかもしれない地点に行ってくれませんか!? そこの地面を掘り起こして確認だけでもしましょうよ! 万が一それが実際にあってかつ孤児院に繋がっているということが分かれば、さすがに嫌でも調査するしかねーでしょ!?」
「うう〜ん……ーーあーよし! わかった! 行くだけ行こう!」
その後、雄弥は兵士たちと共に車に乗り、地下通路があるであろう地点に向かった。孤児院から少し距離を置いた地点に。
到着したのは、人里からかなり離れたところにある広い空き地だった。周囲にもまばらに木が生えているだけだ。
雄弥は数十人の兵士と車を降りて懐から公園で印をつけた地図を取り出し、地下通路が通っている地点を確かめる。
「ここだ……間違いない!」
雄弥は空き地の中央に視線を向ける。調べた限りでは、そこの真下に通路が通っているはずなのだ。
「よーしみんな、下がってろ!」
兵士たちがその地点に手早く爆薬を仕掛け、スイッチを押す。
落雷のような轟音と分厚い土煙を上げながら地盤はたちまち粉々に吹っ飛ばされ、大きな穴が開通。雄弥は破壊された地面に走り寄る。するとーー
「……あっ……た……!!」
厚さ3メートルほどの地表を丸ごと吹き飛ばしたその下には、明らかに人工的に開通・整備されたであろう道が通っていたのだ。
雄弥は再び地図を、そして宮都西部に開通している全ての地下道の見取り図を広げる。
「……何度見ても間違いねぇ。この空き地の地下に道が通っているなんてことは全く描かれていない。それに道が通っている向きも、俺が地図になぞった線と同じだ……!」
彼は、ようやく確信を得たのであった。
「お、おいマジかよ……!」
「まさか本当にあるとは……!」
兵士たちもその穴を覗き、口々に驚きを溢している。
「そ、それでどうするんだ? まさかここに降りるのか?」
「そうです。そうする以外にない。すみませんがロープを貸してくんねーすか? 飛び降りるには少し深すぎるんで……」
「あ、ああ分かった。なら我々の中から何人か同行させよう」
「いえ、俺1人で大丈夫です。それよりもみなさんにはやってほしいことがあるんす」
「やってほしいこと? なんだい?」
「今から急いでここにいる全員で、あの孤児院に向かってください。もしバイランが本当に犯人なら、施設の子供たちを守らなきゃいけない。みなさんはバイランのもとを訪ねて、いつでも奴を取り押さえられるようにしてほしいんです」
「なるほど。それで君がこの地下通路を使って、内側からあの孤児院に侵入する。退路の封鎖、挟み撃ちというわけか……。分かった。ここにいる全員で今すぐ向かうとしよう。本部にも連絡を入れておく」
「はい、頼みます……!」
そして雄弥は地下通路に降り、進む方向を確認したのち歩き出した。
ーー暗い。そして、長い。すでに30分は歩き続けている。
地下通路は、幅と天井までの高さが共に6メートルほど。かなり大きい。
俺は兵士の人たちに貸してもらったオイルランプの明かりを頼りに、孤児院の方へと向かって歩いている。
道は実際にあった。これで、バイランが真犯人だという可能性がほぼ真っ黒にはなった。
……しかし、引っかかる。
バイランはいったいどうやって子供たちの記憶を消し、その心を思い通りに操っているんだ。それに、魔狂獣をどうやって手懐けているんだ。
魔術じゃないとしたら、やはり話術や人心掌握術を悪用した洗脳、なんだろうか……。だがこんな短い期間に20人以上も……? それにそんなものが魔狂獣に通じるとは思えない。
加えて、あのディモイドとかいう魔狂獣……。奴は完全に、俺だけを殺す目的で動いていた。それも俺がこの地下通路の存在に気がついた瞬間に襲いかかってきたんだ。
昨日のエドメラルといい、地下で待ち構えていたガムランといい、まるで俺の行動を知っているかのように敵が現れる。まさか……見られているのか……? だがどうやって? この世界にゃ監視カメラなんてモンは無いし……。
それに、なぜ子供だけを生かしている。子供たちを大勢集めていったいどうするつもりなんだ。
「……あ」
そんなことを考えてる間に道が終わり、ひらけた場所に出た。またしても地下空間だ。
天井は少し高くなって10メートルほど。ランプの明かりでは空間の隅々までは照らせないが、広さも山の下にあった地下空間と同じくらいだろう。
「道が終わったってことは……今ここは孤児院の真下のはずだ」
地上への出口を探してしばらく歩き回ると、壁に梯子が設置されているのを見つけた。
真相は目前。早速上に行こうとする。
「……ん?」
その時、俺は妙な寒気を覚えた。何かに見られているような感覚。いや、何か、ではない。何十人もの人々に、一斉に視線を向けられているような感覚。
周囲を照らしてみるが、誰もいない。しかし寒気は続いている。
「……緊張してんのかな、俺」
その嫌な感触からさっさと逃れようと、俺は梯子を登り始めた。
ーー天井に張り付いている、巨大な黒い影にも気づかずに……。
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