第26話 真相手前での強襲
雄弥は宮都西部を駆けずり回っていた。
当然彼にはどこに何があるのか、どの道がどこに繋がっているかなどさっぱり分からない。何度も通行人や通りすがった店の従業員に道順を聞くことを繰り返し、目的の場所へ行き、目的のものをひとつひとつ集めていった。
お金を持っていないので、乗り物は一切使えない。彼は自分の脚を頼りにするしかなかった。
気がつけばバスを降りてから3時間が経過し、昼も中ごろにさしかかっていた。
「……よぉし……こんだけありゃいいだろ……!」
目当てのものを何とか揃えた俺は、街中でたまたま見つけた公園の中の、木製のテーブルに腰掛ける。そして手に抱えていたものを全てその上に広げた。
区役所で宮都西部の地図とそこにある地下道の見取り図を、下水道管理局で下水管および下水道の見取り図を、ガス会社でガス管の見取り図を貰ってきたのだ。縮尺は全て同じものだ。
俺はパーカーのポケットからペンを取り出し、早速作業に取り掛かっていった。
手が届かない位置にあるスイッチ。俺が今こんなことをしているのは、バスの中でその状況を見た瞬間に、とあることに気がついたからだ。
昨日俺とユリンが行った山。地上でエドメラルと、そして地下でガムランと交戦した、あの山。
今は爆破されてもう無いが、そこには地下空間へと続くエレベーターがあった。
地下空間で飼われていたエドメラルはそれを使って地上へと送り込まれ、俺たちと遭遇。そして俺たちはそいつを倒した後、そのエレベーターを発見した。
エドメラルが自分でエレベーターのスイッチを押したわけがない。そのスイッチを押した者が、まだ地下にいる。そう思った俺たちはそのエレベーターに乗り、地下へと降りていった。そこにいたのがガムランだったのだ。
俺が気がついたことというのは、この一連の流れにひとつだけ不可解な点がある、ということだ。
ガムラン・ムラガン。あいつは、俺たちが山に到着した時にはすでにあの地下空間にいたのだ。これは間違いない。でなければエドメラルを地上に送り込むことができないからだ。
不可解な点というのはここにある。その場合、ガムランはどうやってその地下空間に行ったのか、ということだ。
奴も俺たちやエドメラルと同じようにエレベーターを使った? 普通は誰だってそう思うが、よく考えてみるとそれは絶対にあり得ないのだ。
あのエレベーターを動かすためのスイッチは、エレベーターの中にあった。すなわち、ハッチを開けてエレベーターに乗ってからでないとスイッチを押せないのだ。
しかも、ハッチの開閉とエレベーターの上昇下降は同じスイッチで行われる。つまり、外からハッチを開けることはできないのだ。
そう。ここで疑問が浮かぶ。ならば、ガムランはどうやってエレベーターに乗ったのか?
ガムランが来た時には、エレベーターが上に来ていてハッチが開いている状態だったのだろうか?
それはない。わざわざ土や草などで覆って隠そうとしていたエレベーターを、そんな無用心に開け放しておくわけがない。
そして、そう。その土と草で覆われていた、というのも重要なのだ。
エドメラルが出てくるまで、エレベーターのハッチは土と草で覆われて隠されていた。だがもしその前にガムランがエレベーターを使って地下に降りていたのだとしたら、どうやってハッチを隠すのか? 否、どうやってもできない。
ガムランが降りた後に真犯人がやった、という可能性もあるにはある。だが、わざわざ催眠で操ったガムランを寄越しておいて、自分自身も山に行く、なんてことをするとは考えられない。誰かと鉢合わせるかもしれないという、そんなリスキーな行為を避けるためにこそ、ガムランを使ったのだろうから。
つまりガムランは、あのエレベーターを使って地下に降りたのではない。どこか別のルートからそこに行き、俺とユリンを待ち構えていたのだ。
ならばその別のルートはどこにあるのか? これはもう、地下通路しか考えられない。
そう。俺は今から、その地下通路を、ひいてはそこへの入り口がある場所を見つけようとしているのだ。
その方法はこうだ。
宮都西部の地下を通っているあらゆるもの、すなわち下水道、ガス管、既存の地下道など。それら全てを照合し、それらが通っていない場所を探す。
真犯人にとっては山の下の地下空間へと続くその地下通路を誰にも見つかるわけにはいかない。ならば、既存の地下道、加えて工事が入るかもしれない下水道及びガス管がある道筋に、その地下通路を設けることはできないはずだ。
つまりその地下通路があるとしたら、現在地下道も下水道もガス管も通っていない場所……。そこのはずなのだ。
それをさらに地図へと当てはめる。当然、スタート地点はあの山だ。そこから地下道も下水道もガス管も通っていない場所の道筋に線を引いていく。
何かにぶち当たったら、その時点で線を引くのは終わり。そうなれば、そのぶち当たった場所に、地下通路への入り口があるのだ。
「……は……!?」
1時間ほどかかり、俺は作業を終えた。そしてその結果を見て驚愕した。
孤児院だ。線がぶち当たったのは、バイランさんが院長を務めるあの孤児院だったのだ。
つまりこの結果から、山の下にあった地下空間に続く地下通路への入り口は、あの孤児院にあるということになる。
「……まさか……やっぱりバイランさんが……!?」
予想が、予感が、ひとつの確信へと変貌する。
もしバイランが本当に真犯人なのだとしたらとんでもないことだ。あの孤児院には、今回の事件の生き残りである子供たちが全員収容されている。要はバイランにとっての格好の人質だ。
だが、いくつか分からないこともある。
第一に、バイランは魔力の素養が低いという話だ。いったい何をどうやって子供たちやガムランに催眠をかけたのだろうか?
もうひとつは、あのエミィという女の子。彼女のあの怯えは、バイランが犯人だと知ってのものなのだろうか? そうだとしたら、なぜあの子はそれを言わないんだ?
……いや、やめよう。どうせ現段階じゃ考えたって分からない。
「……とりあえずこのことをユリンに言って、軍にあの孤児院の地下を調査するように頼むしかねぇか」
俺が机の上の地図やら何やらをまとめ、立ち上がったその時ーー
がしゃん、という鈍い音がした。
「あ?」
その方向に目を向けると、公園に設置されているブランコのうちのひとつの鎖が切れて、座る板の部分が地面に落ちていた。
あたりには俺以外、誰もいない。
「……なんだ? 劣化か? 危ねぇな、ちゃんと整備しておけよ……」
すると次は背後から、がたり、という音がした。
振り返るとそこにあったのは滑り台。そしてそれと同時に、今度はその隣にあった鉄棒が音を立てる。
その方向に顔を向けると、また隣の遊具から。そこに顔を向けると、さらに隣の遊具から。音は一向に鳴り止まない。
「お、おい……なんだってんだ……!?」
音が遊具から遊具に移っていく。その速度はどんどん上がっていき、顔を向けるのが追いつかなくなる。
がたん、がたんと。
がしゃり、がしゃりと。
ーーそして、それは突然にやってきた。
「ギシャアアアアアアアァァアアッ!!」
俺の背後から、謎の生物が襲いかかってきたのだ。
「うおおおおおおおおおッ!?」
まさに紙一重、身体に触れられるギリギリのところで回避に成功する。俺は6メートルほど飛び退き、そこで怪物と正面から向き合った。
「グル……ハルルル……ッ!!」
「な……なんだッ!?」
その生物は口から牙を剥き出しにして、真っ直ぐにこちらを睨みつけてくる。さっきまで遊具から聞こえてきていた音は、こいつが遊具から遊具に飛び移る音だったのだ。
俺は持っていた地図一式を懐にしまう。
四足歩行で、体高は1メートルほど。足の指からは30センチほどのかぎ爪が生えており、尻尾の先端は細く鋭いトゲが無数に生えてタワシのようになっている。
眼は顔の中央にひとつ、耳は4つ。骨張り、至る所に毛細血管が浮き出た細い身体。
知らない生物だ。見たことも聞いたこともない。
だがそいつから放たれる異質な気配。不快という言葉を具現化させたような、気色の悪い存在感。
覚えがある。この感触は知っている。
こいつは、おそらくこいつはーー
「ーー魔狂獣か!?」
「ジェアアアアアアアアアァァァァーーーッ!!」
瞬間。その四足歩行の生物は狂ったように叫びながら、俺に向かって突進してきたのだった。
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