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第25話 膨らむ疑念




「ゼッテーおかしいってェッ!!」


「ユウさん、しいッ! 声が大きい……!」


 孤児院を後にした俺たちは現在、満員のバスに立ち乗のりしてぎゅうぎゅう詰めの状態になっていた。


「……そんなにヘンだったんですか?」


「ヘンなんてもんじゃねぇ……! あんなガキが、がなんの躊躇(ためら)いもなく自分の身体を傷つけるなんて! しかも、バイランさんはそれを見て笑ってたんだぜ!? ガキどもに向かって、えらい、いい子だ、よくやった、なんて言ってたんだぜ……!?」


 俺は昨日、施設の庭でユリンと遊んでいた子供たちが全員、身体の同じ箇所に絆創膏を貼っていたことを思い出した。あれもおそらく、誰かが怪我をするたびに他の子たちがそれと同じ箇所に自傷行為をした結果だったのだろう。

 あんなのどう考えたってトチ狂ってる。ガキももちろんだが、それになんの反応も示さないバイランさんもどうかしてるッ!


 そして俺の中で、ひとつの疑念が浮かび上がった。


「……なぁ、ユリン。バイランさんって、どんなヒトなんだ?」


「え? どうしたんですか急に」


「いや、あの……俺の勝手な思い込みかもしれないんだけどさ……。バイランさんがあの子たちに催眠か何かをかけている、なんてことはないかな〜って思って……」



 あの子供たちの常軌を逸した連帯性と、それに伴う奇行。そして、俺に向けたあの真っ黒な瞳。

 アイツらが自分の意志であんなことをしたとは到底思えない。しかもアイツらは、今回の事件の被害者だ。それが揃いも揃って同じ行動をとっているのだ。いくらなんでも、こんな偶然があるだろうか?


 ……いや! 考えにくい。


 だとするならば。あの行為が、あの考え方が、あの子たち自身の意志ではないとするのならば。誰か別の者から無理矢理植え付けられたと、結論づける以外にない。

 そうなると、誰がそれをやったのか、ということになる。当然この場合は、あの子たちの面倒を見ているバイランさんがやったと考えるのが自然だ。あの様子を見て微塵も動じていなかったというのも、その考えの根拠のひとつだ。

 方法は分からない。魔術なのか? あるいは催眠というよりも、言葉などを巧みに駆使した洗脳の類なのか? それはまだなんにも分からない。

 だがそいつは問題じゃない。それよりもっとおかしなことがある。


 俺のこの仮説が当たっている場合、子供たちは今、二重に催眠をかけられていることになるのだ。真犯人による、事件当時のことを含めた両親に関する一切の記憶を封じられる催眠。そして、バイランさんによる、あの異常な考え方を強制させられる催眠。この2つが、あの子たちに同時にかけられているということになるのだ。

 でも。事件まだ解決していないこの段階で、2人の人物から同時に催眠をかけられている、などというこの状況は、あまりにも不自然ではないか。このタイミングで催眠を使う人物が同時に2人も浮上するというのは、あまりにも不自然ではないか。


 だがもし。もしーー



「もしその2人が同一人物だとしたら。つまり、バイランさんが今回の事件の真犯人だったとしたら、辻褄(つじつま)は合う。あなたが言いたいのはそういうことですね?」

 

 さすがと言うべきか、ユリンは俺の考えていたことを先取りしていた。


「あ、ああそうだ! その通りだ!」


「確かに筋は通っています。でもユウさん、その可能性はありません」


「えっ、な、なんで!?」


「バイラン・バニラガンの経歴は軍によってすでに洗われている。それによれば、彼の魔力の素養はかなり低いことが分かっているんです。つまり彼には、あんな20人以上もの子供たちに同時に催眠系の魔術をかけるなんてことは不可能なんです」


「じゃあ魔術とは関係なく、なんらかの方法を使って洗脳した可能性は?」


「いくらなんでも、施設に入って1週間も経たない子供を洗脳するなんてできませんよ。たとえどんなに口がうまい人物でも……」


「ぐ……」


 確かにそうだ。そんな短い期間で人の心を自分の思い通りにできるはずがない。

 魔術による催眠も、今ユリンが言ったことが本当なら、バイランさんには不可能だ。


 俺もつい最近知ったことだが、この世界の人類が体内に宿す魔力の大きさというのは、100%才能に依存するらしい。

 才能は後天的に植え付けることができない。つまり体内の魔力を後から増やすことは絶対にできないのだ。魔力というのは、生まれ持ったものが全てなのだ。


 バイランさんはその素養が低い、すなわち体内の魔力が小さい。よって大掛かりな魔術は使えない、というわけだ。



「くっそ……違うのか……!? 本当に……!?」

 

 理屈は理解しているが、納得できない。


「そうだ! そういえば、エミィちゃんはどうだった? ガムランの写真を見て何か反応した?」


「いいえ。確かに写真を見てはくれたのですが、特に反応は何も……」


「……そうか……。!! じ、じゃあさ! あの山の所有者は!?」


「それも昨日のうちに調べはしました。土地の権利書に名前があった者に兵士が直接会いに行ったのですが、その人は山を買った覚えなど無いと言っていたそうです。真偽を確かめるために詳しい調査をしましたが、その人に繋がるものは本当に何も出てはきませんでした……」


「……つまり、その人の名義を(かた)った別人が勝手に購入した、ってことか……」


「ええ……。そちらの方も調べてはいるのですが、何も進展は無く……」


 ええい、ちくしょう。結局振り出しかよ……!


 俺がそうやって頭を抱えているとーー


「おぁいでッ!」


 バスが大きく揺れ、それによって俺の右隣で吊革(つりかわ)に捕まって立っていた男の人がバランスを崩し、その(ひじ)が俺の顔に当たってしまった。衝撃により、かけていたサングラスがズレてしまう。


「あ! す、すみません。大丈夫ですか?」


「あ、いえ。大丈夫っす」


 俺は慌ててサングラスをかけ直し、眼を隠した。



「……あれ?」



 その時だった。

 俺の頭の中で、ひとつの記憶が(よみがえ)ったのだ。




 ーー失礼ですが、あなたの()()目……ご病気か何かで?


 ーーユウヤさんはもう大丈夫ですが、ユリンさん、()()()()サングラスをかけてください。




 昨日のことだ。俺たちが初めてバイランさんに会った、昨日のことだ。

 バイランさんは確かにそう言った。俺に、俺たちに向かって。


 ……だが、ちょっと待て。おかしいぞ。


 バイランさんは自分は生まれつき目が見えないと、そう話していたじゃないか。

 なのになぜ、俺がサングラスをしているのが分かったんだ? どうやってそれを理解したんだ? 


 俺にとって目が見えることというのは、生まれた時からずっと当たり前のことだ。そのせいで今までこの矛盾に気がつかなかった。

 

 まさか……盲目というのはウソ? 



「……ユリン」


「はい?」


「バイランさんは、本当に目が見えないのか?」


「ええ、彼は生まれつき視神経に異常があり、目は全く見えていません。……それがどうかしましたか?」


「あ、いや……なんでもない」



 本当なのか……。いや、だとしたら尚更おかしいじゃないいか。

 彼には俺の顔なんか見えていなかったのに、なんで俺がサングラスをしているのが分かったんだ。いったいどうやって。


 ていうか、ユリンはこのことに気がついていないのか? マヌケな俺はともかくとして洞察力に優れるユリンが、昨日そう言われた時になんの反応も示していなかったというのは妙だぞーー



 色々と思考を巡らせるが、俺の中で確実にバイランに対する疑念が膨れ上がっていった。


 すると。


「あの〜すみません……」


 突然、右隣から声をかけられた。さっき俺の顔面に肘打ちをくらわせた男の人だ。


「はい?」


「申し訳ありませんが、あなたの前にある停車ボタンを押していただけませんか。私、次の停留所で降りたいのですが、ボタンに手が届かなくて……」


「ああ、いいっすよ」


 俺は壁に設置された停車ボタンを押そうとする。



「……ん?」



 まただ。その時また、俺の中の記憶が蘇る。さっきとはまた違うものがーー




 ボタン…………スイッチ…………手が、届かない…………?




「……ユウさん? どうしました?」


 突如その身を硬直させた彼に、ユリンは声をかける。

 すると彼は急に我に返ったようにバスの停車ボタンを押した。


「……ユリン。今は憲征軍(けんせいぐん)総本部に向かっているんだよな」


「え? は、はい。そうですけど……?」


「じゃあ先に行っててくれ。俺はちょっと用事ができた」


「えっ!?」


 いきなり意味不明なことを述べられた彼女は当然、困惑の声を上げる。


「な、なんでですか!? 用事!?」


「ああ。俺は次の停留所で降りる」


「ダメです、1人で動き回るなんて! まだ道もよく知らないのに!」


「そう言うお前だってめちゃくちゃ迷ってたじゃんかよ〜」


 彼はそういうと、ユリンを揶揄(からか)うようににやりと笑った。


「え、あ、それは……そうですけど……」


「大丈夫だって。別に大したことじゃないし。終わったら俺もすぐに向かうからさ」


「で、でも場所分かるんですか? なんの用事か分かりませんけど、私も一緒に行きますよ」


「誰かに聞けばなんとかなるだろ。それにユリンは早く総本部に報告に行かなきゃならねーんだろ? 俺は1人で大丈夫だから、心配すんなよ」


「え、え……?」


 ユリンには、彼が何を考えているのかさっぱり理解できなかった。


 そうこうしてるうちに、バスが停留所に到着した。



「じゃあ、先に行っててくれ! 本当に大丈夫だからさ!」



「あ、ちょっと! ユウさん!?」


 そのまま彼は満員バスの人混みをかき分けながらバスの出口に向かい、降りてどこかへと走っていってしまった。




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