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第24話 消えた痕跡と、奇怪な孤児院




 エドメラル,炎のモヒカン男との激戦後。

 帰還した雄弥とユリンは現在、憲征軍(けんせいぐん)宮都西方(きゅうとせいほう)統括本部(とうかつほんぶ)……その施設に身を寄せていた。


「いっでェェェ!! いでででで!! ま、まだ終わんねーのかオイッ!!」


「もうちょっとだけ我慢して……! ーーよしッ。これでもう大丈夫です」


 ヘシ折られた肋骨の固定。その際に伴う凄まじい激痛に文句を垂れられながらも、ユリンは雄弥の身体の治療を完了させた。


「ぜぇ〜ッ、ぜぇー……ッ。あ、あんがとよ……。しっかし魔術じゃねぇ普通の治療なんて普段あんま受けねーからなぁ。やっぱ慣れねぇわ……」


「ふふん、私のありがたみが分かるでしょ〜? ……でもごめんなさい。治療が遅れてしまったので、やっぱり火傷の痕は残ると思います」


 炎の殴打をくらった雄弥の腹は皮膚が完全に溶けてしまい、毛細血管が剥き出しになっていた。

 彼の最後の作戦で持てる魔力の全てを使い果たしたことで、ユリンはあの場ですぐに彼の傷を治すことができなかったのである。


「かまやしねーよ。こんなもん服着りゃ見えねーし。それにこうして手柄をもぎ取ったことを考えれば、この程度の傷なんざ気にもならねーってもんよ」


「もう……」


 冗談めかして話す雄弥に、ユリンはくすりと微笑んだ。

 彼らそんなことをしている中、医務室の扉がガチャリと開かれる。


「やぁーすまん、待たせた待たせた」


「チャーリーさん。終わりました?」


「ああ、終わったよユリンちゃん。一応、な」

 

 入ってきたのは小太りの中年男、チャーリー。

 かつて雄弥が初めてゼルネア地区を歩きまわった時に出会った、兵士の男である。


「でもなんでチャーリーさん、宮都にいたんですか? アンタ、ゼルネア勤務だろ?」


「軍は人手不足でね。本勤務地から別の部署に駆り出されるなんてのは、俺みたいな下っ端にしてみれば珍しくもねーのよ。……しっかしユウヤ・ナモセ君。なんで君は室内なのに()()()グラスなんかかけてんだい?」


「え、あ、その……電()性眼炎にかかってまして……」


「? よく分からんが……まぁいっか」


「それよりチャーリーさん、私たちが山から連れてきた、あのモヒカンの男性はなんと?」


「ああ、名前はガムラン・ムラガン。29歳独身、宮都南部で鍛冶屋(かじや)を営んでいる男だ」


「鍛冶屋……? ……は〜んなるほど。それであんな魔術を使ってたんか」


 雄弥はモヒカン男……ガムランが使用していた"火錬丁(かなづち)"を思い出し、納得する。


「事件についてはなんと話していますか?」


「それがな……どうにもおかしな話なんだ。覚えがない、記憶に無い。……何を聞いても、あの男はその一点張りなんだ」


「え?」


「は?」


 雄弥とユリンはそろって同じ反応をする。


「事件に関する一切のことはもちろん、今日1日自分が何をしていたのかすらも全く覚えていない。キミたち2人と闘り合ったことを含めてね。……ヤツはそう言っているんだよ」


「な、なんだそれ!? んなのすっとぼけているに決まってんじゃねーか!」


「しかしなぁ。俺の見た感じではあるが、あの様子じゃホントに何も知らないようにしか……」


「んーなバカ話があるかッ!! あんにゃろう、なんならこの俺が吐かせてやる!!」


「……ユウさん、待ってください」


 雄弥が興奮しだした傍らから、しばらく顎に手を触れながら何かをじっと考え込んでいたユリンが口を開いた。


「今回の事件の犯人は、なんらかの方法……まぁ魔術と考えるのが最も妥当ですが、それで子供たちに記憶を消すための暗示をかけた、とされています。ですが私たちと戦っている間、そのガムランという男はそんなものは1度も使っていなかった。あの男が見せたのは、炎を操る「雅爛(がらん)」の魔術だけ……」


「え?? ……お、おいそれって……! まさか、あのヤローは犯人じゃねぇってのか!? あんなところに、あんな隠しエレベーターで降りたところにいたヤツが、犯人じゃないっていうのかよ!?」


「いえ、それはまだ確定したわけではありません。ですが……」


「ですが、なんだよ?」


「……もしかしたらガムランという人は、操られていたのかもしれません」


「は? あや、つられて……?」


「……犯人が使うとされている催眠あるいは暗示。それを、子供たちとは別の方向に用いられて……」


「……なに……!? つまり……俺らと戦わせるための人形にされていたってのか!? アイツは……!! じゃ、じゃあ真犯人は……」


 俺の問いかけに、ユリンは鼻筋にシワを寄せながら答える。


「ええ……。真犯人は、また別にいるってことになる……!」


 雄弥は自分の腹の傷が、またズキズキと痛み出すのを感じていた。


「まぁ落ち着きなよ、2人とも」


 雄弥とユリンの暗い様子を見かね、チャーリーが間に割って入る。


「今、君たちが山で見つけたという地下への入り口に、調査のために数十人の兵士が向かっている。もうそろそろ到着している頃だ。ユリンちゃんが言っていた血痕も含め、真犯人に繋がる手がかりがまだその地下にはあるはずだ。いや、きっとあるさ。だからその結果を待つんだ。な」


「…….はい、そうですね」


 ユリンはチャーリーの言葉に頷きはしたが、その顔の焦燥(しょうそう)は消えていない。

 当然の反応だ。魔狂獣(ゲブ・ベスディア)エドメラル、そしてガムランとかいう男。それらとの戦闘という2度の危険を犯してまで辿り着けたと思ったものが、全てまやかしである可能性が出てきてしまったのだ。



 ……そして。大した時間も経たぬうちに、その可能性は確定事項へと変わってしまった。


「ちゃ、チャーリーさんッ!!」


 医務室の扉が勢いよく開き、1人の若い兵士が入ってきた。息を切らし、ひどく焦っている。


「な、なんだどうした!?」


「い、今、山に向かった調査隊から連絡がありまして!! 山の下にある地下空間へ続くというエレベーターが、突然大爆発を起こしたそうです!!」


「なにッ!?」


「エレベーターのみならずその周囲がまとめて吹き飛ばされ、派遣された調査隊のうち5人が巻き込まれて死亡! 11人が重傷だそうです!」


「なんですって!?」


 ユリンも声を上げて驚愕する。


「地下へも、もう行けません……!! それどころかおそらく、その地下空間そのものが破壊されてしまっているでしょう……!! 手がかりも何もかも、全て……!!」


「く……ッ!! な……なんてことを……ッ!!」


 兵士からの追撃報告に、彼女は目を固く(つぶ)り、歯を噛みしめる。


「や、やりやがったんだ、真犯人が……!! 俺とユリンがあの場所を見つけたことを知って、軍に調べられる前に消しやがったんだ……ッ!! 手がかりを……自分の足跡を、全部……ッ!! 


 雄弥は悔しさのあまりに右拳を握り、包帯を巻いたばかりのその手で壁を強く叩いた。




* * *




「そうでしたか……そんなことが……」


 翌日、俺たちは再び孤児院を訪れていた。


 俺の隣に座るユリンから昨日起きたことを聞いたバイランさんは、眉間に深いシワを寄せる。


「しかし、そのガムランという人物がとぼけたふりをしているという可能性はまだあるでしょう?」


「はい、おっしゃる通りです。ですからその真偽を確かめるために、これからまたエミィちゃんに会わせていただけませんか」


 ユリンは机を挟んで向かいに座るバイランさんにそんなことを頼み込む。


「え、ええ。それはもちろん構いませんが、会ってどうなさるおつもりで?」


「ガムラン・ムラガンの写真を持ってきました。これをエミィちゃんに見てもらって、この写真の男を知っているかどうかを聞くのです。もし口では答えてくれなかったとしても、彼女がガムランを真犯人として知っているのならば、なんらかの反応を示すはずです」


「しかし、エミィが真犯人の顔を見たかどうかというのは……」


「はい、分かりません。しかし彼女のあの並々ならぬ怯えようは、真犯人そのものかそれに繋がる重大な何かを見たと考えるのが自然です」


「た、確かにその通りですな。失礼しました。あ、でも、その写真に写っている男の眼の部分だけは、ペンか何かで塗りつぶしていただけますかな? エミィは写真であろうと、他人の眼を見ることができないのです」


「分かりました」


 2人はしばらくそんなことを話すと、エミィちゃんのいる部屋に行ってしまった。

 俺はここ、応接室で待つことした。俺があの子のところに行ってもできることは何も無いし。


「……ちくしょう」


 悔しい。解決まで目前だと思ったのに。


 だが何か妙だ。真犯人が別にいるとしたら、どうやって俺たちがあの山に行って地下施設を見つけたということを知ったんだ? 

 ……俺たちは、見られていたのか? だがどうやって? まさか俺たちが山に行ったとき、そいつはこっそりその後を尾けて来ていたのか? いやあるいはーー



「おにいちゃん、怪我してるの?」



「うおおッ!?」


 ソファーに座って思考を巡らせていた俺は、突然横から飛んできたその声に驚いた。顔を向けると、施設の子供が2、3人ほど、この応接室に入ってきていた。


「え、え? ごめん、聞いてなかった」


「おなか。おにいちゃん、ほーたい巻いてる。怪我したの?」


 先頭にいる男の子が、俺の腹を指差してそう言った。俺が自分の腹に目を下ろしてみると、シャツがめくれて下に巻いている包帯がちらりと見えてしまっている。

 昨日、肋骨を折られ、皮膚を焼かれたところだ。


「あ、ああ。ちょっと色々あってな」


「痛い?」


「え? ま、まぁまぁ……かな?」


 小さい子と話すのは得意じゃない。どうにもぎくしゃくしてしまう。


 すると、それを聞いた男の子がぱっと明るい笑顔を見せた。


「じゃあさ! おれがおにいちゃんのその痛みを和らげてあげるよ!」


「は?」



 俺がその言葉の意味の解釈に困るのも束の間。その男の子は突然、自分の腹を自分で思いっきり殴りつけた。苦しそうな呻き声を漏らしながら。



「はッ!?」


「俺もやるー!」


「あたしも!」


 俺に驚き困惑する暇も与えず、その子の後ろにいた2人の子供もまた、同じように自分の腹を殴った。


「ちょ、おい!! 何してんだ!?」


 腹を押さえてうずくまるその3人に慌てて駆け寄ると、最初にそれをやった男の子が苦痛に歪ませた顔を上げた。



「こうすれば……痛いのはおにいちゃん1人だけじゃないでしょ……? 痛い思いをしているのは自分だけじゃない……そういう気持ちが、痛みを和らげてくれるんだよ……」



 はぁ!?


 何を言ってやがる、こいつ!!


「どう? 少しは痛いのおさまった……?」


「んなわけねーだろ!!」


「じゃあ、もう1回……」


「ああ待て待て!! おさまった!! もう全然痛くないから!! だからやらなくていい!!」


「ホント? よかった!」


 俺は、立ち上がって再び自分の腹目掛けて腕を振りかぶる子供たちを慌てて制止する。


 何考えてんだこの子らは……! この子らなりの優しさのつもりなのか……!?


 俺は彼らのそのあまりにも奇妙な行動に背筋を冷やした。


「じゃあおにいちゃん! 痛くなくなったなら、おれたちと遊ぼう! 昨日はおねえちゃんとしか遊んでないし!」




 そう言われて引きずられて行った俺は、教室の中で20人以上の子供たちと一緒に折り紙をさせられている。


「ねぇおにいちゃん! これ見て!? すごいでしょ!」


「あー! 僕が先に見てもらうんだよー!」


「あたしのほうがすごいもん!」


 子供たちが次々と話しかけてくるが、俺はその声が全く耳に入っていない。

 さっきの子供たちのあまりに奇怪な行動。それが頭から離れないのだ。他人を思いやる心というのは何よりも大事なものだが、それにしたってあの行動は常軌を逸している。

 いったい誰があんなことを教えたんだ。あとでバイランさんに言って、やめさせてもらわないと。


「いたッ」


 そんなことを考えていると、俺の前に座っていた女の子が、折り紙の端で指を少し切ってしまった。


「おい、大丈夫か?」


 見てみると、皮膚の表面に5ミリほどの長さの切り傷ができており、そこから血がちょっぴり出てきている。

 この程度の傷なら、ユリンが2秒で治せる。


 俺がそう思った、その時だった。



「ねぇみんなー! マリアちゃんが指を切っちゃいましたー!」



 俺の後ろにいた子が、教室内にいる全員に向けてそう叫んだのだ。

 そして次の瞬間。



「じゃあみんなも切ろう!」


「おー!」



 その子の隣にいた子が続いてそう叫び、それに教室内の子供たち全員が呼応した。


 俺が理解に苦しむ中、なんと子供たちが全員、自分の指の皮膚をハサミやらカッターやらで切り始めたのだ。


「な!? ちょ、やめろ!!」


 そんな俺の声もまるっきり無視して、彼らはひたすらに自分の指を傷つけていっている。


「おいやめろッ!! やめろっつってんのが分かんねーのかガキ共ッ!!」


 耐えかねた俺は1人の男の子の腕に掴みかかり、その行為をやめさせようとする。

 しかしその子は俺の手をばしりと払い除けると、感情のこもっていない、どこか虚ろな口調で話し出した。


 

「そっちこそやめてよ、おにいちゃん」



「……なに……!?」


 幼子とは思えないほどの、冷たく無機質な視線。俺は思わずたじろいでしまう。



「僕らはみんな平等でなくちゃならないんだ。誰か1人だけが怪我の痛みに苦しむなんて、そんなの不公平じゃないか」



 すると今度は別の子が口を開く。



「そうだよ。みんなで分かち合えばいい。1人あたりの痛みも恐怖も、10人で分ければ10分の1に、100人なら100分の1になる。これは助け合い。僕たちは、仲間同士で支え合っているんだよ」


「おにいちゃんはそれを邪魔するの? ぼくたちの助け合いを邪魔するの?」


「おにいちゃんは不公平を許すんだ。そんな人だったんだ。ひどいね。なんてひどい人なんだろう」


「ひどい人はキライ。あたしたちは、ひどい人がキライなの」


「でもだいじょうぶ。今ここでちゃんと反省すれば、ひどい人じゃなくなるよ。さぁ、それを示そうおにいちゃん。一緒にマリアちゃんの痛みを和らげてあげよう?」



 その子供は、俺にカッターを差し出しながら近づいてくる。他の子供らも、徐々に、徐々に。

 


「さぁ」


「さぁ」


「さぁ」


「さぁ!」



「な……な……!?」


 俺は後退(あとずさ)り、彼らから逃げようとする。

 俺は今、恐怖している。行動ももちろんだが、何より彼らの眼がどこかおかしい。俺を見ていない。視線は俺に向いているのだが、瞳に俺が映っていない! 

 

 なんなんだよ、こいつらは!?


「う、わッ!?」


 そのまま後ろに下がり続けていると、背中に何かがぶつかった。恐る恐る首を回して見てみるとーー

 


「……どうされた。なにをそんなに怯えておるのですかな?」



 そこにいたのは、初対面時の柔和な雰囲気がまるで嘘であったと感じられるほどに不気味な笑みを浮かべた、バイランさんだった。

 



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