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第21話 手がかりへの手がかり




「まったくあなたってヒトは……ッ!! なんてムチャをするんですか……!!」


「へ、へへ……今の俺にゃあ、こんなことしかできんもんで……」


 傷の激痛にカラダを震わせながら地べたに座る俺に、ユリンは説教付きの治療を施してくれている。

 

 『波動(はどう)』の負荷によってブッ壊れた両腕と、エドメラルの鎌が突き刺さった腹部。

 それらの怪我……特に腹に空けられた穴からの出血により、俺の頭の中には戦闘終了直後からねばっこい霧がかかってしまっていた。

 感覚もおかしい。ユリンとの距離が近いような、遠いような。音が小さかったり大きかったり、気がついたら(まぶた)が勝手に閉じていたり。


 実戦の恐怖とは、死の世界に片足を突っ込むというのは、多分こういうことなのだ。

 

「なぁ。俺は……生きてるんだよな……?」


 背筋が凍る事実を悟った俺はなんとか自分の生を証明しようと、眼の前に座るユリンにむかってそんな質問をする。

 ユリンは一瞬きょとんとしたのち、質問の不明瞭さに呆れたような、しかし俺にそんな無駄口を叩く元気があることに安心したかのような、小さな笑顔をつくった。


「そうだったら大変です。あなたがもし死んでいるのなら、こうしてあなたとお話することができている私もまた、死んでいることになりますからね」


「……あそっか。じゃあ……お前、生きているんだよな?」


「またそんなこと言って……なら確かめてみますか?」


 そう言うと彼女は、治りかけてきた俺の左手を優しく握った。

 彼女の体温がじんわりと、手から全身にかけてゆっくりと広がっていく。ぽかぽかと、ぬくぬくと、安心感で包まれていく。


「……ああいや、分かった。死人の手がこんなにあったかいわけねーしな……」


「ね、でしょ」


 実に非建設的な会話。だがそんなモノこそが、ヒトに生を実感させる何よりの手段でもある。

 

「……ごめんなさい。ユウさん」


「は?」


「……私の見通しが甘かったんです。まさかエドメラルがあんな戦い方をするなんて……。……いえ、そういった不足の事態のことももっと考えておくべきでした。あなたを危険に晒さないと言ったのに……」


「ちょ、ちょっと待て……ッぐ! あいででッ……な、なんでお前が謝るんだよ……! 危険に晒す晒さないって、お前と一緒に戦うことを決めたのは俺の意志でしょーが……!」


「いいえ。誰が決めただの以前に、私の作戦に穴がありそれがもとであなたに大怪我を負わせた。……それは事実です」


「だったらそもそもこの山に来ようって言い出したのは俺なんだから、エドメラルと遭遇したのも俺のせいだ! 悪いのは俺1人だ! 謝らなきゃならないのはむしろ俺だ!」


「いいえ、私です!」


「いや俺だ!」


「私ですッ!」


「俺だッ!」


「わーたーしーですッ!!」


「俺俺俺俺俺俺俺俺ーーーッ!!」




 ーー彼らはクソガキもびっくりの脳死口論をしばらく続け、お互いにぜーぜーと息を切らした状態となる。


「……じゃあ、こうしよう……ッ!」


「何ですか……!?」


「俺たちは2人とも悪い! 俺が5割悪くて、お前も5割悪い! だからお互いに謝ろう! それで終わり!」


「ええ、いいでしょう! ごめんなさいッ!」


「お前はもう謝ったでしょうが! ごめんなさいッ!」


 謝っておきながら、2人は互いの顔を近づけてぎりぎりと睨み合う。まったくとんだ頑固者である。


「……ぷッ」


「……ふふ」



「あーははははははは!!」



 が、やがて見つめ合っていた彼らは同時に吹き出し、そろって大声で笑い出した。屈託の無い、まっさらとした笑顔で。

 戦いの疲れが、笑い声にのって山の空気に消えていく。そんな感覚を、2人は味わっていた。




「……でも、やっぱりおかしいですね」


「? なにが?」


 治療を終えたとき、ユリンがふとつぶやいた。かなり神妙な面立ちで。

 

「ふたつあります。ひとつはやはり、あのエドメラルの戦い方……知性の一切を持たない怪物にしては、動きがあまりにも不自然だったでしょう?」


「ああ、俺もそう思うけど……それが?」


「これはまだ明確な証明がなされていない説ではあるんですが、魔狂獣(ゲブ・ベスディア)にはある生物的特徴があるとされているんです」


「特徴……? なんだよそれ」


「奴らは、ヒトを食えば食うほど、少しずつその知能指数を向上させていく、と……」


「ん? ……ん!? え、つまり……ヒトをいっぱい食うほど、アタマが良くなるってこと!?」


「そうです」


「な、なんだいそりゃあ……! オツムまで備わっちまったら、あんなバケモンどうやって倒しゃいいんだ……ッ!? ……っておい、それおかしくね!? あのエドメラルは、俺たちが今日初めて見つけた……ハズだよな……!?」


「ええ。ここ3ヶ月の間に宮都に出現した魔狂獣(ゲブ・ベスディア)の中に、エドメラルの報告はありません」


「ちょちょ、ちょっと待て! 今俺たちが倒したエドメラルが、仮にヒトを喰って知能を発達させた個体なんだとしたら……いつ、どこで、誰を喰ったんだよ!? その喰われたヒトたちってのは……ま、まさか……ッ!!」

 

「ええ、私も同じことを考えています。……そしておそらく、結論もあなたと一緒です」


「……いや、そんな……そんな馬鹿な……!」


 この場合、導き出せる結論はひとつしかない。


 今回起きている連続失踪事件は、両親子供の3人家族ばかりが狙われている。

 そのうち両親が行方知れずとなり、子供だけが取り残されているのだ。その両親たちは死体も見つからず、生きているのか死んでいるのかすらも分からない。

 


 だが、もし。もしも。

 もしあのエドメラルが、その行方不明になっている両親たちを食べていたのだとしたら、辻褄が合う。消えた両親たちの死体すらも見つからないことへの理由、その辻褄が……。



「ですが、それだと別におかしな点があります。なぜヤツらは子供だけは生かしておいたのか、ということです。1件だけならまだしも、20何件も連続で子供のみを捕食しないで残しておく、というのはあまりにも不自然です」


「……まだあるぜ。もし今回起きている事件が全て魔狂獣(ゲブ・ベスディア)の仕業なら、ガキたちはなんで記憶を失っているのか、ってハナシになっちまう」

 

「ええ、その通り。……ですがユウさん。おそらく、それらの答えもすぐに出ます」


「え? ど、どーいう……こと?」


「それが、私が気になっていることのふたつめです。ユウさん、さっきのエドメラルは、どこから現れたか覚えていますか?」


「どこからって……地面の……中から……」


「正解。しかしそれもまた、不自然なことなんです」


「不自然? なにがだ?」


「では、また質問です。エドメラルの腕はどんな形をしていましたか?」


「どんな……? そんなの決まってんじゃんよ。俺のハラにブッ刺さったモンだよ。あいつは、両腕にギラギラした鎌をーー」


 言いかけて、雄弥はピタリと止まった。自分が言おうとしていることが、状況にそぐわないことに気がついたからだ。

 そう、エドメラルの両手は鎌なのだ。指も無い、掌も無い。単なる鎌なのだ。



 ーーあんな手で、地面の中を、土を掘れるわけがない!



「お、おいおい……!? じゃあ……あのヤローはいったいどーやって地中に潜んでいたっていうんだ!?」


「それを今から確かめます。……見にいきましょう。エドメラルが出てきた地面の穴を。結果によっては、これまでの疑問全ての答えが出るでしょう」




* * *

 

 


「……なぁ。コレ……どーなってんの……!?」


「……私もさっぱり……ですねぇ……」


 俺とユリンは、エドメラルが飛び出してきた"穴"を覗き込んでいたのだが、そこには信じられないものがあった。


 ……昇降機。エレベーターだ。4メートル四方の床を持った、箱型のエレベーターだ。それが穴の中にあった。あのエドメラルは、これに乗って地上に上がってきたのだ。

 箱が上に行くと、地表にあるハッチが開き、そこから出られる、という仕組みのもの。エドメラルが出てくる前までは、そのハッチの上に草や土がかぶせられて隠れていたのだ。

 


「……まさかこのエレベーターを、あのエドメラルが自分で設置した、なんつーことは無ぇよな……」


「ありえません。これは明らかに人為的なものです。しかもこのエレベーター、かなり新しい。錆もほぼありませんし……」


 今俺たちが見ている状況。それをまとめるとこうなる。



 あのエドメラルは、誰かに、ヒトに飼われていたのだ。このエレベーターを使って行き来する地下の中で、飼われていたのだ。

 そしておそらくその飼い主が、今回の連続失踪事件の犯人なのだ。


 犯人は3人家族を襲い、両親だけをここに連れてきた。エレベーターを使って地下に降り、その両親たちを地下で飼っていたエドメラルに喰わせていたのだ。

 


「で、でもよ! ヒトが魔狂獣(ゲブ・ベスディア)を飼い慣らすことなんてできんのか!?」


「不可能です。そんな成功例は聞いたこともありません。……ですが今回の犯人は、暗示や催眠といった類の魔術を使うと推測されている。もしそれらが本当だとすれば……」


魔狂獣(ゲブ・ベスディア)にそれをかければ、ありえなくはない、ってことか……!」


 問題はまだある。


 俺たちがこの場に到着した後に、このエレベーターは上がってきたのだ。エドメラルを乗せて。

 だが、エドメラルがエレベーターの上昇スイッチを自分で押したわけがない。


 つまり誰かが、別の者が、そのスイッチを押さなければならなかったはずなのだ。



「……ユリン」


「……はい」


「これ、いるよな? いなきゃおかしいよな?」


「ええ……いますね、この地下に。このエレベーターで降りた先に、誰かがいる。エドメラルを地上に送り込んで、私たちを襲わせた誰かが……!」


 そんなのは犯人をおいて他に無い。いるのだ。この地面の下に。山の中に。連続失踪事件の犯人が……。


 本来なら応援を呼ぶべきだろうが、今から山を降りてまた登ってくるなんてことをしているヒマはない。1人を残して片方だけが山を降りるというのも、その残された方が危険に晒される。


「……もうよ。行くっきゃねーだろ。2人で」


「ですね……。ここまで来たら、そうする以外にないでしょう」


 俺たちは互いに顔を見合わせ、(うなずき)き合う。


 そして一緒にエレベーターの箱の中に飛び降り、操作盤にタッチ。

 すると地表の、中にいる俺たちから見ると天井のハッチが閉まり、エレベーターはガコン、と音を立てて下降を始めた。




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