第189話 集結、五芒卿
公帝軍総司令府。
皇京において、聖なる城の次に巨大な施設である。
本日この総司令府において、そこで働く一般公帝軍兵士たちの会話は朝からとある話でもちきりであった。
「なぁ聞いたか!? 今日これからのこと!」
「ああ! なんでも前回の大戦以来らしいじゃねェのよ!」
「勝手なヒトばかりだからな〜……。フラム様以外、基本的に真面目に仕事しないし」
「ね、ねぇ? なになに、なんのハナシ?」
「ああ!? なんだお前、知らねーのか! 歴史的瞬間ってヤツなんだぜ!?」
五芒卿の5人全員が、この皇京に集まってくるなんてよォーッ!
ーーそして昼間になり、その時は訪れた。
総司令府の建物に対し、上空から接近する男。
両足から炎を噴射、それをゆっくりと弱めて地上へと降下し、建物の正面玄関前に直立の姿勢のまま柔らかく足をつける。
着地の風波で身につけている真っ赤なロングコートの裾をはためかせ、鶯色の髪をなびかせる。
センターで分けられた前髪をかき上げ、ふぅ、と爽やかにひとつ息を吐く。
年齢22歳。五芒卿の中では最も若く、1番の新参。神の寵愛を溢れんばかりに注ぎ込まれた、男らしくも麗しい容姿の持ち主。
「さて…‥また大仕事か……」
〈煉卿〉ーーフラム・リフィリア。
総司令府 正面玄関真ん前にある、小さな噴水。
その水面の1箇所が突然、ごぼりと盛り上がる。
縦に1メートル半ほど隆起したところで、液体であるその水はゆっくりと形を変え、"固体"となっていく。
2本の腕、2本の脚、胸のふくらみ、腰のくびれ。そして、地獄の悪魔よりも加虐心に溢れる醜悪な笑みを浮かべた顔。
"水"が、"ヒト"となったのだ。
年齢24歳。水着と見紛うほど露出度の高い服を恥ずかしげもなく誇示し、2つのお団子にまとめた赤髪を陽光で反射させる女性に。
「え〜? 呼びつけといて出迎えも無しぃ? マジ死ねよ上のグズどもぉ」
〈凪卿〉ーーナホヨ・ナバナンテ。
2メートルを超える巨体で、ただ、歩く。それだけで天を揺らし、大地を怯えさせる。
歩きながら、泣いている。
その音波で周囲の一般市民の鼓膜をブチ破りながら。民家のガラスを粉状に砕き割り、壁を吹き飛ばしながら。
年齢37歳。筋肉の要塞のようなその男は、心の底から感動していた。その歓喜の余波を皇京全体にブチまけながら、司令府の前へと到着する……。
「ふぐゥ……ッ!! い、生ぎででよがっだ……!! やっと戦争だ……ッ!! 敵がいっぱいなんだッ!! いっぱい殺しに来てもらえるぞォォォーッ!! うぉおおおぉ〜んッ!!」
〈剛卿〉ーーグドナル・ドルナドル。
グドナルが起こした市民への大惨事。その被害者たちひとりひとりに、ひたすら声をかけていく。
別に何もしない。倒壊した家の瓦礫の下敷きになっている人々を、鼓膜が破れてのたうち回る人々を、助けたりだということは一切しない。
ただ申し訳なさそうに謝るだけ。態度だけは一丁前に縮こまらせ、ハリボテの慈愛をふりまくだけ。
年齢29歳。ウェーブのかかった紫色のロングヘアに、首に巻いた赤いマフラーが目立つ人物。五芒卿の中で1人だけ律儀に指定の白制服を着用した、見かけだけは真面目な女性。
「ごめんねごめんね。グドナルくんもワザとじゃないの。だから許せるよね。ごめんね。謝ったからね。許してくれるよね」
〈惨卿〉ーーギルサナ・シドマ。
誰も見ていない。歩くところも、走ってきたところも。この場に現れた瞬間も。
しかし彼はすでにいた。静かに。何も言わずに。
彼の顔の横を通り過ぎた小バエが、突然パンッ、と弾けて死んだ。彼の頭上を飛翔していた鳥が、いきなり泡を吹いて絶命した。
気がつけば彼の足元には、虫や小動物の死骸が無数に散乱していた。
年齢76歳。カーキ色のハンチングベレーを被り、顎に無精髭をたくわえた瞳の細い男。180を超える背丈意外は特筆すべき点も無い、年相応にしなびた老人男性。
「……」
〈熙卿〉ーーレブロン・フォウ。
「これはなんとまぁ……絶景だな……!!」
遅れて玄関から出てきた公帝軍総監ユグリバスは、自身の眼の前に広がる贅沢な光景に唾を呑む。
五芒卿の5人は横並びに整列している。
左から背の低い順に、ナホヨ、フラム、ギルサナ、レブロン、グドナル。
人間側の最高戦力が、今ここに集結した。
彼らはそのまま司令府内の小会議室に通される。
学校の教室程度の広さのそこで各自バラバラの席につき、壇上に立つ総監から作戦概要の伝達を受けた。
「ーー以上が、攻略のため君たちにそれぞれ向かってもらう地区だ! 今回の五芒卿諸君の役割はあくまでいち戦闘員だが、例によって君たちにのみ、現場指揮官の判断を無視して動く権利を与えるものとする! 何か質問はあるかね?」
すると、1人手を挙げる。ナホヨ・ナバナンテである。
「おお〈凪卿〉! 君が積極的に発言するとは珍しいな! 何かねッ?」
「イヤ〜でぇ〜す」
嬉々とする総監を、ナホヨは無慈悲に一蹴した。
「はッ?? い、イヤ、……とは……??」
「なぁんでこのアタシがこんな遠いとこまで行かなくちゃなんないのよ。アタシ以外に4人もいるんだから、そっちでやらせときなさいよ。何のために5人いるのか考ろし。マジ使えねーなお前……あれ? えーと総監、お前名前なんだっけ?」
「ナバナンテ貴様ッ!! 上官に向かって無礼だぞ!! ユグリバス総監に謝罪したまえ!!」
そのナホヨに対し、机をダンッ、と叩いて立ち上がりつつ抗議するのは、フラムである。
「あァ〜……!? てめぇこそ、このアタシにどんなクチきいてんだ……!? ガキ……!!」
彼の一声に、ナホヨも態度を豹変。
彼女もまたゆらりと机を立ち、部屋の端と端という1番離れた先に座り合う〈煉卿〉と〈凪卿〉はおおよそ仲間同士とは思えない殺意を相手へと飛ばす。
「またその脚ヘシ折ってやろうか……!? スラム生まれの糞尿汚物野郎が……!!」
「はッ、弱っている相手にしかケンカも売れない小心者には似合わないセリフだぞ……!! 親の権力に泣きついてここまで上り詰めた、大貴族ナバナンテ家のご令嬢どの……!?」
……部屋の壁に、ビシリと亀裂が入る。
両者はとっくに魔力を解放していた。真紅のフラムと、浅葱色のナホヨ。炎と水が一触即発に睨み合う。
「きッ、君たちよしたまえ!! これから猊人どもを殲滅するという時に、味方同士で争ってどうする!? お、おい!! 君たちも止めてくれたまえよ!!」
冷や汗が溢れるあまり制服の背中にシミまでつくったユグリバス総監は、他の五芒卿たちに助けを求める。
……が。
「えぇ〜!? ギルサナちゃんの派遣先の方がいっぱい敵いるじゃん! ねぇ交換してギルサナちゃん! ねぇお願〜い!」
「え〜? それ、"お願い"なの? 私も聞いてあげたいんだよ? でも、この前私がキミにプレゼントしてあげた特製の硫酸の"お礼"がまだ返ってきてないよ? 今私がまた親切にしちゃったら、不公平が大きくなっちゃうでしょ? それが原因でいつか、私たちの仲が悪くなっちゃうかもしれないでしょ? ごめんね、分かってね。私はグドナルくんとお友だちでいたいの。だからあえて厳しくするの」
「そんなぁー! よ、よし分かったよ! 今日中にお礼はするから! ね! だから交換してーッ!」
グドナルとギルサナは前後に並ぶ席で、フラムとナホヨにはまったく眼もくれずにおしゃべりしている。残るレブロンは……
「……」
最前列の席で、腕組みをし、足を組み、薄眼を開けた険しい表情でずっと沈黙していた。
最後の綱である。ユグリバス総監は慌てて彼に泣きつく。
「お、おいレブロンどの!! 頼む、彼らを止めてくれ!! 私には手におえん!!」
「……」
「レブロンどのッ!! 聞いてるのかッ!!」
「…………Zzz…………」
「えウソ寝てるの!? なんでェ!?」
……最年長である〈熙卿〉は、眼を開けたまま熟睡していた。おじいちゃんだもの。お昼寝したいよね。
『く、くそ……ッ!! いつの時代もこうなのだ……!! 五芒卿などという格式ばった呼び名こそあるが、此奴らは皆、ただ強いだけ!! 生まれも人格も無視して選定された、チンピラの寄せ集めに過ぎん!!』
『それでも……何もできない……!! 我が軍には、此奴らに対する抑止力が無い……!! 情けないハナシだ……!! トップたるこの私にさえ、顔色を伺うことしか叶わんとは……ッ!!』
つい先日大広場前の演説で見せた、あの威風堂々たる姿はどこへやら。今のユグリバス総監はまるっきり、ただの無力な老人である。
しかし彼は頑張った。この後、フラムとナホヨに必死の説得をぶつけ、彼らの実力行使だけはなんとか未然に防いだのであった。
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