第188話 開戦の火蓋
人間たちの中央都市、皇京。
彼の地に一際目立ってそびえ立つ公帝の座城、聖なる城。
本日昼間、その城の前の大広場に、何百人もの人間たちが集まっていた。
人ごみの中にはごく普通の一般人はもちろん、兵士の制服を着こなす者、さらに豪華なドレスに身を包んだ貴族らしき者までごった返している。
なぜ彼らはそこにいるのか? "話"を聞くためだ。"歴史が動く瞬間"を、各々眼に焼き付けるためだ。
やがて、彼らの"目当ての人物"が、広場を見下ろす城壁の上に現れる。その者が姿を見せた途端、群衆はあっという間に静まりかえり、じっと集中して城壁を見上げだす。
数百の視線に晒されてながらも城壁の上に堂々と立つその者の名は、ウルザド・ユグリバス。
年齢67歳。肩や袖に装飾を施した特別な制服に身を包み、胸にいくつもの勲章を光らせる。
仰々しい口髭をたくわえる彼が有する肩書は、公帝軍全権統括総監。
すなわち彼こそは、公帝軍の……人間の兵士の頂点に君臨する人物なのである。
「諸君!! 親愛なる同胞諸君ッ!! いよいよ時は来たッ!!」
ユグリバス総監は右手に持つマイクで拡張した声を、眼下に集まる民衆に向けて咆哮する。
「我々はこれまで、実に寛容であった!! 前回の大戦で勝利してなお、穢らわしき悪鬼どもに慈悲を与えた!! "人間"たる誇りを失わず、猊人との共存を望み続けた!!」
「だが!! 今私は、この場において断言する!! それは誤りであったと!! 脈々と刻まれる人間の歴史において、最も愚かな選択であったとッ!!」
「諸君らもすでに知っておろうが、今一度思い出していただきたい!! 3日前!! つい3日前のことだッ!! 憲征軍への使者として送り出した公帝軍兵士8名が、彼奴らの手によって惨くも殺されたッ!!」
「彼らは皆、善良にして勇敢なる兵士!! 私のかけがえのない部下たちであった!!」
「彼らの任務は、マヨシー地区を焼き払った実行犯を連行すること!! 凶悪きわまる虐殺魔に、我らの法による正当な裁きを受けさせることであった!!」
「彼らは任務を遂行した!! 道徳と倫理に基づき、ひたすらに穏便に!! だがッ!! 猊人どもはその慈悲につけこみ、彼らを皆殺しにしたのだッ!! 我らの慈愛を踏みにじったのだ!!」
「マヨシー地区の破壊においては、実行犯は混血の娘であった!! だが諸君、勘違いしてはいけない!! この者は生まれながらに悪魔だったのではない!! 自分の中に流れる穢れた血に、抗いきれなくなっただけなのだ!! 分かるか!! 分かるか諸君!! この者に罪は無い!! 罪があるとすれば、その"血"だ!! 猊人の血なのだ!!」
「猊人とは毒!! 無垢なる純人類を卑しく汚染する、世界にとっての猛毒である!! 命を潰し、平和を蝕み、悲劇を生み出す!! 邪悪なる意思の具現化である!!」
「ゆえに!! 我々は間違っていたのである!! あれらは"ヒト"ではない!! 人類ではない!! 言うなれば、害悪という概念そのものである!!」
「概念という抽象体に、言葉は通じぬ!! 感情も届かぬ!! なれば我らに残されるは、根絶やしにするという手段のみッ!!」
「コレは戦争ではない!! "駆除"である!! "解毒"であるッ!! 正義と悪の関係も無い!! あれらは滅ぼされるべきであり、我らは滅ぼすべきなのだ!! 存在するのは、その"義務"だけなのだッ!!」
「しかしッ!! あえてだ!! あえて私は誇りを捨てぬ!! 最後まで"ヒト"としての矜持に従ったまま戦うッ!! 殲滅するッ!! それを今この場で、諸君らの前で誓おうッ!!」
「よって今より述べる言葉を、その誇りの、誓いの証とさせてくれッ!!」
「我ら、公帝陛下の臣民なり!! その名誉に賭け、悪魔の化身どもに!! 善を嘲笑い外道に歩む、我らが同胞の仇どもにッ!! 猊人どもにィィッ!!」
「宣戦をォォ布告するゥゥゥウーーーッ!!」
総監が放った檄に、広場の人々は歓声をあげた。
敵人種への恨みを叫ぶ者。戦いに騒ぐ血に高揚する者。あらゆる生の感情が、狂喜乱舞に入り乱れる。今この場にいる民衆全てが、心から殺戮を望んでいた。それを想像し、歓喜していた。
この宣言ののちすぐに、公帝軍は憲征軍の拠点領地のひとつを攻撃。そこの住民はその場で皆殺しにし、駐留していた兵士たちは全員捕虜にしたのち拷問によって嬲り殺した。
これに対し、憲征軍側も徹底抗戦を決議。よってここに成立した。
人間と猊人の全面戦争。
すなわち、第29次公憲大戦の勃発である。
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次回より、第8章「公憲大戦編」に入ります。




