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第187話 もう




 ーーイユ。


 セミロングヘアの、混血の少女。


 仰向(あおむ)けで氷原(ひょうげん)に横たわる。


 周囲の氷よりも白き肌。その(ひたい)の中央部分にひとつ、小さな穴が穿(うが)たれている。 焼けた穴である。後頭部まで貫通した、鉛筆(えんぴつ)程度の太さの穴である。


 少女の両眼の(まぶた)は、半分だけ開いている。

 まばたきはしない。焦点も合わない。隙間から(のぞ)く瞳には、一筋の光すら見当たらない。

 

「治せぇえッ!! 治せよ早くッ!!」


 彼女のそばに()り寄っている雄弥(ゆうや)

 全身の皮膚(ひふ)を腐り潰した彼は、(つら)を歪めながら眼の前のユリンに向かって怒鳴り散らす。


「ボロボロのお前に仕事させんのはあんまりだって思うよッ!! でも頼むから早くしてくれ!! 手遅れになっちまうッ!!」


「…………ッ」


 相手の、ユリン。

 失った左足からどくどくと溢れ出る血でそこの包帯を真っ赤に染め、身体中に火傷(やけど)を負っている少女。


 彼女は雄弥と眼を合わせない。しかし、自分に気を遣わない雄弥に怒っているのではない。

 合わせ、られない。言葉を返せない。自身の赤い瞳を固く(つむ)り、火傷でめくれあがった(くちびる)を震わせる。


 堪えきれない。雄弥は、彼女の両肩に掴みかかる。


「なぁ早くってばッ!! ほら、こんな小っさい傷だよ!! お前いっつも俺がもっとひどいケガしたってすぐ治してくれるじゃんかよッ!! 魔力だって少しは戻ったろ!? やってよ!! やれないワケねぇだろうがよォッ!!」


「いい加減にしなさいッ!!」


 シフィナの平手打(ひらてう)ち。右の(ほほ)に炸裂。

 その威力に彼は3メートルあまりも吹き飛ばされるも、そこですぐに起き上がる。


 彼は気づいていない。自分が今殴られたことに。


「そ……そうだ、シフィナ!! 電気だ!! お前の電気を心臓に流すんだッ!! そしたら心臓って動くんだろ!? ショックするんだよッ!!」


「ッ! ……〜〜〜ッ!!」


 ……真っ直ぐに見つめられたシフィナは、彼を叩いた左手をふるふると握る。


「ジェ、ジェセリ!! お前アタマよくてすげぇよな!? アイデアあるだろッ!? それかお前なら医術のひとつやふたつ持ってんだろ!! なんか……なんかしてよ!!」


 彼に背を向けて立っているジェセリは、振り返らない。彼がいるのは雄弥のすぐ近く。声は聞こえてる。でも、振り返らない。


「じゃあ俺がやるよッ!! ユリン、『命湧(めいわ)』の使い方教えろッ!! 俺のいっぱいの魔力なら効果はあるはずだ!!」


 ユリンはやはり、態度を閉ざす。


「なん、なんだよッ!! なんでみんな無視すんだよッ!! 誰でもいい!! 誰でもいいからなんとかしろォォォッ!!」


 誰も答えない。周りの何十人もの第7支部兵士たち。雄弥の同僚たち。

 誰も返事をしない。うつむいているだけ。雄弥の姿から視線を逸らすか、瞳に同情を宿すだけ。



「…………ユウ。もう…………ムリよ…………」



 シフィナが告げる。(きり)がかった声で。


 彼女は混血の少女の眼元に手を添え、半開きの(まぶた)をそっと下ろす。


「……………………ぁ……………………」


 宣告を受けた。

 ふらふらと、雄弥は近寄る。眠ったままのその子のもとへ。


 

「……………………イヤだ……………………」



「イヤだ……ッ。こんなのイヤだ……!」


「1回は生き返ったんだ……! 元気になってくれて……! 帰ろうって言ったら……帰るって言ってくれたんだ……ッ」


「俺は……俺が一緒にいるから……大丈夫だって言ったんだ……ッ! そしたら……笑って……」



「…………なんで俺が生きてんだ…………ッ?」



「なんで……。……なんで……ッ! なんで!! なんで俺が生きてんだよ!! 俺が守るって、そう言ったんだ!! 1人にはしないって!! 俺が助けるって、俺はお前に言ったんだよ!!」


「なんで俺が助けられてんだ!! なんでお前が助けてんだよ!! なんで俺……俺なんか!! 自分を考えてよ!! なんで無事なのが俺なんだぁッ!!」

 


 そこに辿り着き、彼女の細い身体を抱き上げる。

 ずっと、いい。凍った海中のほうがずっといい。今のこの子の身体よりは。……その冷たさよりは。



「イヤだぁ……ッ!! イヤだぁッ!! こんな、こんなのイヤだぁああッ!! こんなのお別れにもならねぇよぉおッ!!」


「イユッ!! 起きてよ!! 起きてくれよ〜ッ!! 一緒にいてほしいだけなんだよ〜ッ!!」


「イユぅ!! イユ……!! イユーッ!!」



「ぃ……ぅうあああああ!! あぁああぁああぁぁああああぁあぁぁあああぁ〜〜〜ッ!!」



 実感する。呼べば呼ぶほど。


 その身体に、もうぬくもりはない。腕は力無くだらりと下がる。昨日繋いだばかりの手が、まるで別人のよう。


 

 涙は止められない。


 抱きしめる女の子が、それを慰めてくれることもない。



 雄弥は泣いた。照りつける朝日で溶け始めた氷海(ひょうかい)の上で、(のど)が潰れても泣いた。

 


 天使(てんし)がいるのなら、皆殺しにしてやりたいと……。


 







 イユ・イデル 死亡

 享年(きょうねん)16歳




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