第186話 ロストソウル
……どうして。どうしてこうなるの。
私のせいで、みんな傷ついていく。みんなの命が削られていく。おじぃちゃんも、ユリンさんもユウヤも。
どうしてみんなが苦しまなきゃいけないの。
どうして私は……みんなの幸せを壊しちゃうの……ッ?
「フラムさんッ!! 聞いてくれ!! マヨシーをやったのは俺たちじゃない!!」
ユリン、イユとともに逃げ回りながら、雄弥はフラムに呼びかけ続ける。
「イユはもうただのイユなんだ!! ザナタイトなんかじゃないんだ!!」
非力なイユを守りながら。瀕死のユリンを庇いながら。自分自身もまた、この上なく満身創痍だというのに。
「せッ……せめて俺を!! 攻撃は俺だけを!! 2人は関係無いんだ!! イユもユリンもただの友だちなんだッ!! 巻き込まれただけだァッ!!」
だがフラムからの返事は、全て殺意でしかない。彼の部下たちと彼自身の炎が津波のように押し寄せ、雄弥たちの血肉を容赦無くこそげとっていく。
「なんだよ……なんだよッ!! ちょっとくらい聞いてくれてもいいじゃんかよーーーッ!!」
少年転移者の悲痛な叫びは、爆音の残響としてこだまするだけ。
なぜ分かり合えないのだ。
なぜ分かってもらえないのだ。なぜ分かってあげられないのだ。
彼らはヒトだ。同じ言葉と同じ五感を有する、ヒトという生物だ。
それがこんなに近くにいるというのに。顔が見えるくらい、近くにいるのに。1度は明るく話せた仲だというのに。
友人になれる未来だって、きっとあった。
なのに、なぜ雄弥の思いは届かない。なぜイユは怯えている。なぜユリンは死にかけている。なぜフラムの怒りは、沸騰してなお煮えたぎっている……。
「"百火紅"ーッ!!」
フラムは火球の豪雨を降らせる。氷の大地を溶かし、穴だらけにしていく。
消えかけの『褒躯』を纏う雄弥は、虚しき雄叫びをあげながらそれらを真っ向から叩き落とす。背後のユリンとイユを庇って。
火球は全て防げた。しかし雄弥はそのために、動きを止めてしまっていた。
公帝軍兵士たちがなだれ込む。全員剣を握り、それを雄弥の身体へと突き立てる。腹へ、背中へ、腰へ。
残りカスのような肉体強化おかげで致命傷にはならず。しかしもともと凍傷まみれの彼の身体はさらに抉り傷をつけられ、この氷の大地のような穴まみれ、まだら模様になる。
「ぐ、ぎぐ……ッ!! ……ッがあぁああーッ!! わからずやどもがァァーッ!!」
噴き出した鮮血により人相の判別すらできなくなった雄弥は、全身から『波動』を放出。自分たちを取り囲んでいた、フラムを含む敵兵たちをまとめて一気にフッ飛ばす。
「ユリン行くぞッ!! イユッ!! 走れえッ!!」
包囲網が一時的に崩れた隙をつき、3人は海岸目指して必死に逃げる。片足を失ったユリンに雄弥が肩を貸し、肺そのものが口から飛び出そうなほどの呼吸をしながら逃げる。
「愚か者がッ!! 2度も生き存えさせるかぁあッ!!」
吹き飛ばされながらそう叫ぶフラム。
紅の魔力を集中させる。右手の人差し指に。その照準は、向こうへ逃げ去ろうとする雄弥の背中。
やがて熱線が。その指先から、爆熱を凝縮したレーザーが発射……。
「!! ユウヤ……ッ!!」
イユは気づいた。その攻撃に。雄弥の危機に。
イユは隣の彼を突き飛ばす。華奢な身体を思いっきりぶつけて。
「ぐッ!?」
そうして真横に倒される雄弥の視界が、彼女の姿を捉えた時。
レーザーは
イユの頭を撃ち抜いていた。
…………イユ…………?
……イユ……ッ!?
「イユッ!? イユ!! イユーッ!!」
名を叫び、駆け寄る。額に風穴を空け地へと倒れるイユに対し、ただそれのみが許される。
「貴様も死ねぇッ!! ユウヤ・ナモセッ!!」
フラムはそんな雄弥を今度こそ仕留めんと再び魔力を解放しだす。だがーー
「ぬああッ!!」
「!? なにーーぐっはッ!!」
彼は突如この戦場に馳せ参じた1人の女によって、その端正に整った顔面を殴り飛ばされた。
「てめぇッ!! 何をッ……何をしてんのよッ!!」
銀髪を怒りに揺らめかせるシフィナである。
「敵サンを囲い込め!! 逃げるヤツは追うな!! ユウたちを助けんのが先だッ!!」
彼女のすぐ後に、仲間に指示を下すジェセリが、さらに遅れて何百人もの第7支部兵士たちが続けざまに現場に乱入してきていた。
「フラム様ッ!! 敵の増援です!!」
「うぐッ……おのれ、ここまでか……ッ!! ……だがまぁいい……!! 標的の片方は仕留められたんだ……!! これで無辜なるマヨシー民たちの魂も、少しは浮かばれてくれることだろう……ッ!! ーーよしッ!! 総員ただちに撤退!! 艦船に帰投後、ツェルノ地区へ戻るぞ!!」
殴られ真っ赤に腫れ上がった左頬の痛みに苦悶しつつも、引き際を悟ったフラムは速やかに退却を指示。その命を受けた1000を超える公帝軍兵士たちはあっという間に雲の子散らして引き返し、気がつけば1人もいなくなる。
あとに残ったのは荒れ果てた氷原と、虚無を超越する静けさだけであった。
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