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第185話 雄弥 vs フラム 〜転〜




「……………………ぐ……………………ッ」



 なんだ。何が起こった。


「ーーヤ……」


 耳が痛ぇ……。音がよく聞こえねぇ。いきなりバカデケェ音がしたぞ。


「ーーウヤ……!!」


 それに……そうだ、(まぶ)しかったんだ。急に周りがビカッてしたと思ったら、とんでもねぇ風が吹いたんだ。俺は……それに飛ばされて……?



「ユウヤ……ッ!!」

 


「はッ!? あ、い……イユ……ッ!!」


 地面に転がっていた俺は、イユに身体を揺さぶられてようやく五感を取り戻した。


「大丈夫!? ユウヤ……!!」


「お、おう……ッ。……なんだよ今の……ッ? 何があった……!?」


「分からない……!! いきなりユリンさんに突き飛ばされて、そしたら……すごい音が……!!」


「ユリン……。 !  そ、そうだユリン……! アイツはどこにーー」


 ……息が止まった。


 俺はイユに支えられて起き上がった。ようやく周りの景色を見たんだ。

 氷の地表が抉られて巨大な穴が空けられているだとか、そこらじゅうに氷の瓦礫が散らばってるだとか、俺とイユの身体が擦り傷まみれだなんてことはどうでもいい。



 少し離れたところに、"足"が落ちていた。



 片足だ。左足だ。左の足首だ。ちぎれた足首だ。


 ふざけるな。信じない。俺は俺を信じない。俺があの足に()()()()()()なんて、信じてたまるか。


 ……でもあの靴。あの形。あの細さ。

 まさか、まさか、まさか、まさか。

 


「……………………ユリン……………………??」



 名前を呼んでしまえばもう終わり。それは、現実への降伏を意味するのだから。



「ユリン……!?」


「……ユリンッ!?」


「……ウソだ。ウソだ……ウソだ!! ウソだァッ!! ユリィイン!! おいどこだッ!! 返事しろぉおおッ!!」


 

 間違いない。あれはユリンの左足だ。


「ユリンさん!! ユリンさぁんッ!!」


 俺は叫ぶ。イユとともに彼女の名前を何度も呼び、氷原を走り回る。

 だが返ってこない。いつだって俺を勇気づけてくれるあの声はまったく聞こえない。今の今まで忘れていたはずの凍傷の痛みが、あれよあれよと蘇ってくる。


 なんでだ。どうして足が。足が、ユリンはどこへやった。さっきのは爆発か。何が爆発した。爆発が。誰がユリンを……ッ!


 


 ーー雄弥の中で炭酸の気泡のように次から次へと弾け溢れる疑念の答えは、すぐに明かされた。


「……!? ゆ、ユウヤ……何あれ……!?」


 先に気がついたのはイユである。立ち止まった彼女が、震える瞳で何かを見ている。"上の方"を見ている。

 雄弥も、同じところに視線を向けた。


「……え……ッ」


 空からだ。ようやく太陽が全身を現した朝空の向こうから、彼らの方に向かって何かが迫っている。

 それも1つや2つじゃない。無数だ。空にゴマでもばら撒いたかのようだ。

 その無数の何かが、接近しながら姿()()を整えだす。魔力を宿らせた()を向ける。携行バズーカやロケットランチャーの照準を合わせる。


 雄弥と、イユに。


「標的確認、二名(ふためい)!! ユウヤ・ナモセ!! イユ・イデル!!」


「前衛隊ッ!! 撃てーッ!!」


 ……やがて迫り来ていた公帝軍兵士たちは一斉に、構えたそれらを撃ち放った。

 弾丸、砲弾、火炎、(いかづち)風刃(ふうじん)。ありとあらゆる破壊の手段が隙間無き雨群(あまむれ)となり、雄弥たちを呑み込もうと襲いかかる。


「な……な、なんだよ!? なにすんだよッ!!」


 抗議せし雄弥だが、そんなことをする余裕は無い。彼は『褒躯(ほうぐ)』を解放してイユの身を抱きかかえ、攻撃の雨から逃げ回る。

 しかし彼の身はすでに限界をとっくに超えている。ザナタイトに加えられたダメージにより、もう戦うどころか動くことすら困難なのだ。


「う!! ぐ……ッ!!」


 当然、あっという間に膝がわななき始め、がくりと地にへたり込んでしまう。動きを止めた標的に、破壊の獣たちが噛みつきにかかる。


「ッぎ……!! イユッ!! 伏せてろォッ!!」


 そう怒鳴りつけると雄弥はイユの前へと立ち塞がり、自らの肉体でもって敵の攻撃全てを受け止めだした。


「ッ!! ユウヤッ!!」


 彼の背後のイユは悲鳴をあげる。

 爆撃の嵐に晒される雄弥の肉体はザナタイトの手によってとっくに半壊状態である。ヒビの入ったコンクリートの壁に薄くセメントを塗ったところで、その硬さなどたかが知れているではないか。

 

「あが…………!! がっは…………ッ!!」


 ならば当然、嵐が止んだ頃には、凍傷の上に火傷を被せた黒焦げの雄弥が残るだけだった。


「手を緩めるなッ!! 悪魔どもを殺せッ!!」


 休息のヒマなど与えられはしない。そこに雪崩(なだ)()むは、空より舞い降りた何百人もの公帝軍兵士たち。

 遠距離から仕留められぬと見るや、死にかけの雄弥に直接引導を渡そうというのだ。


「ぐ……ぐぞおおおおおおッ!!」


 身体に纏う銀のオーラすらも消えかかっている雄弥はズタズタの身体を振り回して応戦する。敵兵を殴り倒し、蹴散らし、『波動(はどう)』によって()ぎ払う。背中のイユを庇いながら。

 キリがない。何人倒しても、あとからあとから湧いてくる。雄弥ばかりが身を削られていく。


「人間どもめ、何しやがんだッ!!」


「ボウズに加勢しろッ!! 敵を打ち払えーッ!!」


 そこでようやく、バルダン海岸守備隊の憲征軍兵士たちが追いついてくれた。すぐそこまで。

 彼らは皆雄弥を助けようと息巻き、走りながら戦闘態勢に入っていたのだ。


 ……が。



「うわあああぁああぁああぁぁぁあーーーッ!!」


 参戦する直前に、彼らは1人残らず死んだ。突如地面から発生した何本もの巨大な火柱によって骨まで焼き尽くされ、影すら遺せずに消滅してしまった。


 

「…………な…………ッ」


 その光景を見せつけられた雄弥は絶望し……そして同時に悟った。

 これが誰の手によるものなのかを。この炎が、誰のモノなのかを。


 それは彼の知る限り1人しかいない。

 そして雄弥は感じとる。その存在を。"彼"の存在を。


 雄弥は、ついにガタガタと勝手に震え出した首筋を(きし)ませながら、頭上を見上げた。



 フラム・リフィリアであった。

 彼の視線の先にいたのは、赤いコートをなびかせながら宙に浮かぶフラム・リフィリアであった。憎悪と軽蔑を沸騰させる瞳で雄弥のことを睨みつける〈煉卿(れんきょう)〉フラムが、そこにはいたのだ……。



「…………ふ…………フラ、ム…………さ…………」


「恐怖したか……!? ユウヤ・ナモセ……!! それが、貴様らのようなクズはとうに忘れた、"人間"の感情だ……!!」


 フラムは今にも溶解しそうな言葉を噛み潰しながら、ゆっくりと地上に降りてくる。


「ありがたく思え……!! 貴様をイユ・イデルとともに殺してやるのは、この僕からの最後の慈悲だ……ッ!! 2人仲良く永遠に、地獄で焼かれ続けるがいい!! 貴様らが殺したマヨシー区民の怒りの業火でなァッ!!」


「ま……まて、待ってくれフラムさん……ッ!! イユじゃない……!! イユじゃなかったんだ……ッ!! イユは利用されてただけでーー」


「黙れえええッ!! クチを開くなァ!! 貴様が吐いてるのはなんだと思っている!! ヒトの言葉だぞォッ!! 悪魔がべらべら使っていいモノじゃないんだァァァッ!!」


 そして氷の大地に足をつけると、彼はたちまち太陽の代行者とも言うべき激熱(げきねつ)の火炎魔術を雄弥へと放つ。際限無く、四方八方から。


 その炎の輝きが、絶望の暗黒に染まった雄弥の瞳に反射する。

 敵は無数、この身は死に体。味方は焼かれ、この場に1人。立ちはだかるは〈煉卿(れんきょう)〉フラム。


『どうしよう。どうしよう。イユが、イユを……イユを守らなきゃ……』

 

 頭では分かっていても。

 彼の身体は、動かない。



「ーーぐッ!?」


 その時、フラムの首筋に何かが突き刺さった。


 ……針。細長い鉄針(てつはり)だ。突然どこかから、1本の鉄針が飛んできたのだ。



 同時にフラムは身体をしびれさせ、がくりと膝をついた。術への集中が切れたことで雄弥に向けて放った炎は全て消滅する。


「うぐ……ッ!? な、なんだこの針……毒か!? 誰だ……ッ!!」


 毒針が飛来してきた方にフラムが眼を向けるとーー



「はぁー……ッ、はぁー……ッ」

 

 失った左足首の断面から流血し全身を火傷まみれにした瀕死のユリンが、震えながら立っていた。



「ッ!! ゆ……ユリンッ!! 生きてたのかッ!!」


「ユ……さ……ッ。逃げ、な……さい……ッ」


 彼女の生存を目の当たりにしたことで正気に戻った雄弥に、激しく息を切らすユリンは焼き潰された喉から掠れた声を絞り出す。

 

「お……のれぇえええ……ッ!! 猊人(グロイブ)……奸佞(かんねい)の邪族どもがぁあああ……ッ!!」


 1度ダウンしたフラムだが、首の針を抜きすぐさま立ち上がる。ユリンを睨むその形相にはいつもの甘いマスクは微塵も うかがえない。怒りの皺を何層と掘り込んだ、仁王の如き様相……。


「総員ッ!! 包囲陣形をとれェ!! 3人まとめて嬲り殺せええええッ!!」


 彼が指示を投げつけ、いまや数千に達するこの場の彼の部下たちがそれに応じて動いていく。




 これは虐殺、リンチか。それとも戦争なのか。

 ただ、誰も止められない。その事実があるだけ。


「ーーへへ……これでいい……。全てパーフェクト……()()()()だ……」


 それを離れた場所から眺めていたゲネザーは満足そうに笑い、魔力の冷気を流し込んでいた手を海中から引き揚げる。



「踊れ……泥人形(どろにんぎょう)ども……。俺たちの世界の中で……」



 やがてそう吐き捨てたのち、彼は姿を消した。




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