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第183話 1人のまま、死んでゆけ




 ザナタイト……!! てめぇは自分をのことを、"生きた魔力"と言った!!


 そしてこの海がまだ、ゲネザーの術によって氷結を続けている、とも言った!! つまりこの海の中には、ヤツの冷気がまだ送られ続けているということ!!


 魔力で発生した冷気なら、同じ魔力も凍らせられる……!!


 てめぇがどんな原理で生きているのかはカンケー無ぇ!! てめぇだって凍るはずだ!! "凍死"するはずだ!! この海の中なら!!


 

 魔力をも氷結する、この冷気の中ならよォーッ!!

 



 雄弥は潜った。ザナタイトを道連れにして、氷点下ギリギリの海の中へ。

 『波動』で砕き割って入ってきた地表の穴は海水が凍結することで即座に塞がり、彼ら2人は暗黒の深海へと身を沈めていく。


 ーー周囲の海水と同じように、自分たちの身体をみるみる氷漬けにしながら……。


「ヌオオオオオ!! コッ、コンナ!! コンナァッ!!」


 純黒の仮面や鎧にすでにいくつもの真っ白な(しも)を張ってしまっているザナタイト。

 動揺する。絶叫する。自身の身体に迫る凍結の波に、かつてないほど感情を(さら)け出す。


 

『シマッタ……ッ!! 陽動(ヨウドウ)ダ!!』


『コノ(オトコ)、ワザト(ハラ)()サレタノダ!! (ワタシ)確実(カクジツ)拘束(コウソク)シ、此処(ココ)()()()ムタメニ!!』


(スキ)(サラ)シタノモ ワザト ダ!! 誘導(ユウドウ)ダトイウコトヲ(サト)ラレヌヨウ(スコ)シズツッ!! コノ(ワタシ)ヲ……自分(ジブン)(フトコロ)(マネ)()レタッ!!』



小癪(コシャク)ナァッ!! (ハナ)セ コノ餓鬼(ガキ)ィィイッ!!」


 ザナタイトは自分にしがみついて離れない雄弥を引き剥がすため、彼にメチャクチャに攻撃を加えていく。


 腹に刺したままの剣をねじり、内臓を削る。

 頭突きをする。耳の肉や、髪をむしる。(まぶた)の皮をベリリとちぎる。

 挙句彼の胴体に左腕の砲口を押し付け、ゼロ距離から光弾を連発する。


 ……それでも、雄弥は決して放さない。


 彼の身体も凍っていっているのだ。『褒躯』で強化しているとはいえ、それが追いつかない速度で凍っているのだ。ほっぺたや指先の肉が凍傷で紫色になり、それ以外の部分はザナタイトと同じように真っ白い氷で覆われているのだ。

 さらに周囲の海水が真っ赤になるくらいに口や全身から血を噴き出し、それすらももう氷細工になっているのだ。


 だが放さない。ザナタイトを拘束する力は、微塵も緩むことがない。


「エエェイッ!! オノレェェェッ!!」


 彼への攻撃を無駄と悟ったザナタイトは両脚脹脛(ふくらはぎ)のブースターを目一杯に稼働し、彼もろとも地上に飛ぼうとする。

 だが、遅い。すでにブースターは両脚もろとも完全に凍りついてしまっており、魔力を噴出することができなかった。


「ソ……ソンナ……!! ソンナ馬鹿(バカ)ナ……ッ!!」


 脚だけじゃない、腕も。左腕のジェネレーターが凍結し、光弾が撃てない。雄弥の腹を貫いている右腕の魔力剣も、いつのまにかアイスキャンディーと化している。

 関節が曲がらない。腕が上がらない。鎧の黒が、氷の白に、どんどん侵食されている。



「ショ……正気(ショウキ)貴様(キサマ)ァァッ!! コノママ デハ貴様(キサマ)()()ヌゾ!! ソレニ ソノ出血(シュッケツ)!! (ハヤ)治療(チリョウ)セネバ手遅(テオク)レニ ナロウッ!!」


自己犠牲(ジコギセイ)ナド(ナニ)ニナルトイウノダ!! ソンナコトヲ シテモ、コノ小娘(コムスメ)(カナ)シムダケデハナイカ!? (カンガ)(ナオ)セ!! (イマ)スグ(ワタシ)解放(カイホウ)シ、地上(チジョウ)(モド)ルノダッ!!」


「クソ……クソォォッ!! イカレタ小僧(コゾウ)メガァァ!! 貴様(キサマ)ハ コンナトコロデ()ンデモイイノカァァァッ!!」



 それは、ザナタイトの最後の足掻き。雄弥を追い詰めた張本人だという自分の立場すらも忘れ去った、あまりにも身勝手な説得。


「んなワケねぇだろォッ!! このマヌケッ!!」


 雄弥はすぐさまそれを一蹴した。


 さらに身体に纏う『褒躯』のオーラを、より濃く、より強くしていく。

 それに伴って、彼の身体の氷が少しずつ溶けていく。銀色の魔力が、彼を守っている……。



「俺は死なねぇッ!! イユも死なさねぇ!! あの世だろうがこの世だろうが、俺はイユを1人にはしねぇッ!!」


「一緒やりてぇことがいっぱいあんだよ!! 返してない恩もあるんだよ!! てめぇなんぞにそれを邪魔されてたまるかァッ!!」



 雄弥の瞳には"覚悟"があった。


「だから……消えるべきはてめぇ"だけ"だ……!!」


 ーー『命を賭けて』、『生きる』覚悟が……!




「……あばよザナタイト……!! 1人のまま……死んでいけ……ッ!!」


「ナ、ナッ……菜藻瀬(ナモセ) 雄弥(ユウヤ)ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!」




 雄弥の不敵(ふてき)な笑みに見送られ、ついにザナタイトは氷葬(ひょうそう)に処された。






「……………………ッ」


 無限に広がる氷原(ひょうげん)の上にて、ユリンは1人待っていた。

 敵の身とともに氷の下へと沈んでいった雄弥の帰りを。(おの)がパートナーの無事な帰還を。


 不安の冷や汗は止まらない。今すぐ自分も彼を追って海中に潜りたい。心配の気持ちは溢れ続ける。

 だが彼女はその全てを押し殺す。自分は彼を信じるのだと、信じるべきなのだと言い聞かせ続け、両手に『命湧(めいわ)』の光を集中させたままひたすらに待つ。


 ……その思いは報われた。

 突然、ある一点の氷の地表が()()()()打ち砕かれ、破片が空中へと四散していく。


 そして、ぽっかりと空けられた地盤の穴からすかさずザバリと這い出てきた。

 雄弥である。純白の氷の彫刻となったザナタイトを肩に担いだ、銀のオーラを纏う雄弥である。顔の皮膚をぐしゃぐしゃに潰し、左脇腹に氷の刃を突き刺した雄弥が、激しく息をしながら地上に姿を現したのである。


「!! ユウさん!!」


 ユリンは慌てて彼のところへと全速力で駆け寄った。


 彼女が目の当たりにした雄弥は身体中、とくに胴体に(おびただ)しい数の傷を付けられており、それらからの出血は全て完全に凍結されている。

 無論、凍っているのは血液のみにあらず。彼の全身の皮膚はひどい凍傷で赤黒く変色し、左手の人差し指と小指は第一関節から先が腐り落ちていた。

 その上なお、口からの吐血が止まらない。いいところ手遅れの2歩手前といった、あまりにも無惨な有様であった。


「ユ"……リリ、ッン……ッ!! だ、だの……む……!! イ、ユゥッ、ほ、を……ッ!!」


 しかし彼はそんな自分をまったく意に介さず、ユリンにザナタイトを……イユの身体を差し出した。寒さで勝手にガチガチと痙攣する顎の筋肉を無理矢理酷使して、彼女にそう懇願したのだ。


「……ッ!! ……ええ!! 任せて!!」


 一瞬の迷いこそ見せたがユリンはすぐにそれを振り払い、完全冷凍されたザナタイトを力強い返事とともに受け取った。


『手順を組み立てる余裕は無い!! アドリブ……一発勝負ッ!!』


 ザナタイトを地面に寝かすと、ユリンは1本の細長い鉄針(てっしん)を取り出す。グドナル戦でも使用した、彼女の常備武器である。

 彼女はその鋭い先端で、凍りついたザナタイトの全身を素早く、満遍(まんべん)なく突き叩いていく。体表面を覆う氷を砕いて除去するために。


『! この氷……ザナタイトの鎧と一体化している! そしてその下……! ……()()! 空洞じゃない! 鎧の下に、()()!』


 魔力による冷気と、魔力で固められた鎧。魔力どうしの結合。

 しかしユリンは原理など無視。両手を残像が発生するほど高速に動かし続けながら、現状のみを脳内で総括する。

 やがて針の刺突によって全身に叩き込まれた亀裂が全て繋がり、氷は静かに砕け落ちた。ザナタイトそのものを象徴する純黒の鎧仮面とともに。

 

 ……中から現れたのは、髪も肌もここに広がる氷景色より真っ白な女の子の身体。傷ひとつ付いていない、キレイなイユの姿であった。


 彼女は眼を閉じ、眠っている。心臓の鼓動も聞こえない。が、しかし。


『低体温による仮死状態……!! 魔力の鎧に包まれていたおかげで、そこまでひどい凍傷も無い!! これなら蘇生できる!! 可能性は十分!!』


 確かな希望はある。それを認識したユリンは両手の『命湧』の光をより強め、本格的な処置に入っていく。

 

 イユの上半身の衣服を破る。針を捨て、今度は小さなナイフを取り出す。

 イユの胸の正中線に沿って、その一太刀を振るう。胸の皮膚を、肉を切り裂き、その下で沈黙している心臓を白日(はくじつ)の元に晒す。


『治癒の魔力を確実に届かせるために、心臓に直接マッサージを!! 同時に視床下部の体温中枢にに魔力刺激を加えて、熱の回復を促すッ!!』


 オレンジ色に輝く右手で心臓に、同じく煌めく左手で口の中から上顎(うわあご)に触れる。心臓を規則的なリズムで揉み、上顎から間脳(かんのう)に向けて魔力を送り込む。



『急げ、焦るな!! ここでユウさんの頑張りを無駄にしたら、なんのために医者になったの!!』


『必ず助ける!! 私のこれまでの研鑽!! その全てを賭けてッ!!』

 

 

 己自身への鼓舞と、かすかな祈りを込めて……。



 ーークン。



 ーーックン。



 トクン。



「…………ッ!! イ…………ユ…………ッ?」


 それは、瀕死の雄弥の耳にもハッキリと聞こえてきた。希望の音。生命の音。未来の音。

 雄弥はガクガクと痙攣する足を引きずりながら、イユの身体のそばへと寄る。



 トクン。 トクン。 トックン。



 ……動いてる。開胸されて露わになっているイユの心臓が、頼もしい脈動を刻んでいる。命の証明を見せつけている。


「…………すぅ…………すぅ…………」


 聞こえるのはもうひとつ。イユの口で、空気が出入りする音。そして彼女の華奢な胸が、ゆっくりと膨らんだりしぼんだり……。


「……呼吸が、戻りました……ッ」


 ユリンが安堵の塊たるため息を大きく吐く。


 雄弥はボロボロの体力を振り絞り、1度納めた『褒躯』を再び解放。凍傷で腐りかけている左手で、静かな寝息をたてるイユの右手を恐る恐る握ってみる。

 そのまま、しばらく待つ。じっと感覚に集中する。



「ーーああ……。イユ、だ……ッ。イユしか……感じねぇ……。イユだよ……! イユだ……! ザナタイトなんかじゃ……ねぇ……ッ」


 

 『褒躯』による細胞強化で伝わってくる感覚の中には、邪悪な意志も、闇の瘴気も無かった。

 ()()()()()()()()()()()()()()。あるのはただそれだけ。腹部に刺された剣と同じドス黒さなど、そこには微塵も残ってはいなかった。


「ユ……リぃん……ッ。……帰って、きたよ……ッ。イユなんだよぉ……ッ」


 雄弥は(まぶた)を失って剥き出しになっている右眼球からボロボロと涙を溢れさせ、歓喜の笑顔をユリンに向ける。身体中の痛みなんか、もうどうだっていい。

 

「そう……! そう、ですか……! できた……? ……成功したんですね……ッ!」


「お、前の……おがげ、だよ……ッ! お前が、お前の……! ゔッ……あり、ありがど〜……ッ!」


「バカ言わないで! ……あなたですよ……! あなたが助けたんですよ!」


「……お、れれ、俺……ッ? 俺ぇ……!」


「ええ! あなたです、ユウさん! あなたが助けたんです! あなたが頑張ったんですよッ!」


 ユリンは眼の前で泣きじゃくる雄弥に向かって、半ば食い気味にそう述べる。

 彼女も笑っていた。緊張の糸をほぐした、開放感に満ちた笑顔を見せていた。


「……ッぐ……! お、おぉ〜……ッ! ど、ど……! どんな、もん、だい……ッ! へ、へへ……ッ!」


 地平線まで一望できる、氷の平原。

 そのど真ん中にへたり込んでいるのは、今にも天に召されそうなほど傷だらけの少年。


 だが、あの世の天使が彼を連れて行くことはない。彼に近づくこともない。

 それほどに、今の彼の笑顔は(まぶ)しい。傷と血と涙でぐちゃぐちゃのその顔は、どんな陽の光や魔力の輝きよりも鮮烈なのだから。




「……………………う……………………」


 その後、ユリンが開いた胸をもとに戻したのと同時に、混血の少女は眼を覚ましたのだった。



 

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