第182話 献命博打(デスペラード・タイム)
「……コイツ……ナンダ……?」
ザナタイトは奇妙な違和感に囚われていた。
先ほどから、雄弥の動きがどうもおかしいのだ。
鈍い、脆い、隙だらけ。自分の攻撃に対して防戦一方なのは変わらないが、その挙動の全てが明らかに集中を欠いてるとしか思えない。
ちょうど凍る海水を浴びてからだ。彼がおかしくなったのは。
「ユウさん……!? どうしたの……!?」
鍔迫り合う彼らから少し距離を取ってついて行っているユリンも気づいていた。雄弥の動きの変調に。
まさか。あきらめてしまったのか。
雄弥は、この状況でイユを救える方法などあるわけがないと匙を投げてしまったのか。
……少なくともザナタイトはそう考えたようである。
「フ……愚カ者メ……ッ!! ダガ ソレモヨカロウ!! ヨウヤク身ノ程ヲ理解シタトイウワケダナ!!」
接近戦を続けていたザナタイトは彼の顔面に重い膝蹴りを加える。雄弥は膝の直撃を受けた鼻から噴水のように血を撒き散らしながらフッ飛ばされていく。
ザナタイトは手を緩めない。もはや雄弥はさっきまでと同じ放心状態。この機を逃さんと、さらなる猛攻をかけていく。
「貴様ノ ソレハ自己評価トシテハ実ニ正確ダ!! ソウ!! 貴様ハ コンナ小娘1人救エナイ クズ!! クズ ナノダッ!!」
頬の肉を斬りつけ、額を横一文に切り裂き、至近距離から光弾を撃ち込む。
「貴様ガ シテイタノハ ソノ事実カラノ逃避ニ過ギン!! コノ小娘ヲ利用シテ、自ラノ劣等感カラ眼ヲ背ケテイタ!!」
雄弥はすでに全身傷だらけ。眼帯が外れて空洞の眼窩が剥き出しになり、寒さのせいなのか膝の曲がりもおぼつかない。しかもザナタイトに対する防御はさらにどんどん甘くなってゆく。
「『大切ナ友ダチ』ダト!? 笑ワセルナッ!! 己自身ノ実像スラ直視デキヌ分際デ、他人トノ繋ガリ ヲ求メルンジャナイッ!! 貴様ハ1人ッ!! 現世デモ、地獄デモッ!!」
雄弥は両腕を胸の前で組み、ガードの姿勢をとっていた。しかしザナタイトに下からの蹴り上げを見舞われたことで腕がハネ上げられ、彼は敵前で無防備な胴体を晒してしまう。
そしてザナタイトがガラ空きになったそこに剣を突き込みーー
「1人ノ ママ死ンデユクガ イイッ!! 菜藻瀬 雄弥ァァァッ!!」
……雄弥の、左脇腹を貫いた。
「ッ!? ゆ……ユウさんッ!!」
貫通した刃を背中側から見せてしまっている雄弥に向かって、静観に耐えかねたユリンは大急ぎで走る。
もう魔力の温存など考える余裕は無い。彼を早く処置しなければ。彼女の頭にあるのはそれだけだった。
しかし彼女は途中で気がつく。
雄弥の身体から発せられている『褒躯』が、消えていない。銀色のオーラがまったく揺らいでいないことに。
そして肉体に風穴を穿たれたハズの雄弥の瞳が、何かの"光"を……"希望"を見据えているとに。
ーーああ。いるんだ。
イユがいる。このザナタイトの中に、確かにイユの存在がある。
『褒躯』のおかげ。セラさんとのゲームの時と同じだ。腹にブチ込まれた剣から確かに、痛み以外の何かを感じる。
……昨日繋いだ手。イユの、ちょっとひんやりとした手。その体温とおんなじだ。おんなじものが、確実にあるんだ。
そうさザナタイト。お前の言う通り。
俺はクズ。イユを護る騎士になるには、絶望的に力不足なんだろう。
多分ちょっと探せば、イユにはもっといい相手がいる。アイツが自分の人生を預けるに相応しい相手は、他にきっといるんだろう。
でも……"今"なんだ。
今いるのは俺なんだ。イユのそばに今いるのは、この俺なんだ。
なら考えるさ。見合う見合わないのハナシじゃねぇのさ。
役目を全するために、俺がやるべきことはなんだ。俺というちっぽけな存在にできることってのはなんなのか。
……"ガマンする"ことなんだ。
他人よりも、誰よりも。
痛みにも、苦しみにも、傷も、死も。全てを許容し、耐えること。
それが俺の全て。俺が持ち得る全部なんだ。
なんだってするよ。なんでも差し出す。死んだ後地獄に落ちたっていい。
だからイユ。今だけ……今だけでいいから。
俺にお前を、助けさせてくれ……。
「…………ゲネザー…………なん、だぜ…………ッ」
黒紫色の刃で胴体を貫かれた状態のまま、顔を俯かせる雄弥がそう言った。
「……ン? 貴様、今ナニカ言ッタカ」
腹部の激痛による声のか細さと、その内容の不明瞭さ。当然、ザナタイトは聞き返す。
「教えてくれたのは……ゲネザーなんだぜ……。初めて会った時に、あのヤローが俺に教えたんだぜ……」
「『"魔力"から生成された冷気なら、同じ"魔力"を凍らせることだってできる』……ってよぉ……。俺の『波動』をカチコチにしながら、ヤツはそう言ったんだぜ……」
「ヌ……?? ナンノ話ダ。絶望ノ アマリ遂ニ気ガ触レタカ?」
やはり脈絡が見当たらない。しかし雄弥の口は止まらない。
「そんで……お前はなんつったんだっけ……? さっきお前、自分のことをさ……なんて言ってたっけな……」
「自分という人格は、イユの中の"何"に宿ってるって……言ってたっけか……?」
「いや……一応覚えてんだよ、俺……。ただ大事なことだから、最後に確認しとこうと思っただけなんだ……。だから質問してるんだ……」
……ここでようやく、ザナタイトには聞こえた。
自分の精神の中で鳴り響く警報音を。自分の身に何か取り返しのつかない危機が迫っていることを知らせる、直感の悲鳴を。
あり得ない。自分はもう勝ったも同然なのに。今、雄弥の腹には自分の剣が突き刺さり、腕につたるほどの出血があるというのに。ひきかえ、自分はまったくの無傷だというのに。圧倒的優位だというのに。
そう自分自身に言い聞かせ続けるが、ごまかせない。ザナタイトは感じている。雄弥の身体から、心から、何かただならぬパワーを感じている。
そしてなにより、切り裂いた額から滴る赤血の下で、雄弥の眼はまったく死んでいなかった。
『コイツ……何カ狙ッテイル!? ヨク分カランガ マズイ!! 1度離レナクテハ!!』
ザナタイトは雄弥から距離を確保しようと彼の身体を貫いている剣を引き抜こうとする。
ガシィッ!!
「ッ!? ハ!?」
雄弥は、掴んだ。ザナタイトの腕を。自分の腹の凶器が抜かれるより先に。
「グッ!? キ、貴様!? 何ヲ……ッ!!」
仰天したザナタイトは慌てて彼の手を振り払おうとする。
でもできない。雄弥の身体から発せられている『褒躯』のオーラがどんどん色濃くなり、彼の膂力を強化しているのだ。その凄まじい力は、とても振り切れるものじゃない。
雄弥はさらにもう片方の手をザナタイトのうしろ首に回し込み、此奴の身体を完全拘束。
これにより両者の身体は、向かい立った状態のまま密着することとなった。
「ナ……ナンナンダ……ッ!! 貴様ナニヲスルツモリダ!! サッキ何ト言ッタ!? 私ニ向カッテ、何ヲ ホザイテイタンダァッ!!」
ザナタイトが右腕を暴れさせたことで腹の肉をわずかにだが掻き回され、雄弥は口端からごぼりと吐血する。
だが笑っていた。激痛と出血で顔を青ざめさせながらも、雄弥は不敵に笑っていた。その笑みを、眼の前のザナタイトに見せつけていた。
「ああ……聞こえなかった……? じゃあもっと簡潔にまとめてやる……ッ」
すると氷の上に立つ彼の両足が、青白い光を帯び始める。魔力の光。『波動』の光だ。
それは足首から下、足裏までに収束し、やがて真下へと撃ち放たれーー
「ビーチデートだ!! 俺と……てめぇのッ!!」
雄弥とザナタイトの足元の氷結地盤を、粉々にブチ割った。
「ナニィィィッ!?」
足場を失ったザナタイトはそのまま雄弥に道連れにされる形で、彼とともに氷の下に広がる極寒の海中へと引きずり込まれていったのだった。
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次回第183話は、「1人のまま、死んでゆけ」となります。




