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第177話 最後の頼み




 雄弥はその日のうちに汽車に乗り、ヒニケへと帰ってきた。


 議事堂内で彼が起こした騒ぎは、ベラーケン議長の温情によって不問とされた。議員たちは全員彼の投獄や処罰を望んでいたが軒並み退けられ、彼は所属支部への帰還を許されたのだ。


 だが、彼自身はそんなものどうでもいい。自分の処遇などなんだっていい。

 この現実をどうするのだ。イユをどうするのだ。どうにもならないことをどうにかするには、どうすればいいのだ。

 結論は、諦めること。雄弥は汽車の中でそんな思考のスパイラルを延々と繰り返し、精神を擦り減らしていった。宮都のアルバノはまだ説得を続けてくれるとは言っていたが、期待なんてできるわけない。あの議員たちがそれで意見を変えるとは、彼には到底思えない。



「ちょっとぉッ!! アンタたちどういうつもり!? イユちゃんに会わせてよッ!!」


 そうして雄弥が第7支部本部へと帰り着くと、寮長リラ・ロデモが本棟正面玄関前で大騒ぎしていた。

 彼女は本棟の中へと入りたがっているのだが、それを数人の兵士たち……雄弥の同僚たちによって妨害されていたのだ。


「あ、ナモセくん!! 大変よぉ!! イユちゃんが……ッ!!」


 リラは自身の背後に来ていた雄弥の存在に気づき、いつもの真顔を完全に崩した表情で彼に泣きついてくる。

 雄弥には、分かっていた。議事院会で下された決議を直接聞いていた彼には、今イユの身に何が起こっているのかがハッキリと分かっていた。


「…………リラさん、ごめん…………」


「えッ? な、なにそれぇ……どういうこと……ッ!?」


 分かっていても、どうにもならない。彼にできるのはひたすらに謝ることだけ、当然リラはその真意を測りかねて困惑するだけ。

 雄弥はリラを、そして彼女を妨害していた同僚たちを押し除け、建物の中へと入っていく。


 その足で彼が向かったのは、本棟地下にある牢舎(ろうしゃ)、いわゆる留置所。犯罪者の拘束場である。

 (ほこり)っぽい空気が漂うそこでは、冷たい石の壁に沿うようにして、鉄格子区切りの独房が並んでいる。まばらに設置された電灯の明かりはあまりに頼りなく、端から端までどこまでも薄暗い。


 

 ーーその独房の一室に、イユはいた。

 華奢(きゃしゃ)な混血の少女は、鉄格子の部屋の中の隅っこの床に膝を抱えてうずくまり、肩を小さく震わせていた。



「…………、…………ッ」


 雄弥は彼女のいる独房の真ん前まで来たというのに、その姿をまざまざと見せつけられた瞬間息を詰まらせた。彼女にかける言葉を失った。


「…………! ユ…………ウヤ…………?」


「あ…………。よ、う…………イユ…………」


 よって、先に相手の名を呼んだのは、遅れて彼の来訪に気がついたイユのほう。

 罪悪感、無力感、責任感とその喪失感。あらゆる負の感情を改めて渦巻かせる雄弥は、彼女の顔をまともに見れなかった。視線こそ彼女に向き合わせてはいたが、その焦点を無意識のうちにずらし、視界をぼやけさせていた。


 イユはよろりと立ち上がると、鉄格子越しに彼と触れ合える距離にまで近づいてくる。

 するとしばらく2人はそのまま、至近距離から互いの顔にじっと視線を送り合った。何も喋らず、何も動かず。


「…………私、だったのね」


 ここで先に沈黙を破ったのも、イユだった。


「あの公帝軍の目的は……私だったのね。私を追ってきたのね……」


「…………ああ」


「びっくりしちゃった。兵士のヒトたちにいきなりこんなところに連れてこられたんだもん。……牢屋ってこんなカンジなのね。中に入れられてみると、意外と広いわよ? 少なくともマヨシーの私の家よりは、ずっと……快適……」


 イユは、笑顔だった。

 眼の焦点を合わせていない雄弥でも判別できるほどに。この薄暗い空間においてもそれが分かるほどに。


 そして、同時に伝わってくるもの。……彼女の全身の震え。

 肩も、膝も、口元も。その全てが、カタカタと音を発してくるほどに震えている。笑顔などよりもまず先に、その震えがどうしても眼に入ってしまう。


「……こうなったのは仕方ないわ。もともと私は密入国者だもの」


 強がりだ。


「マヨシーでたった1人生き残っちゃったんだから、疑われるのも当たり前だし」


 強がりだ。強がりだ。


「あなたは今まで、私を連れて行かせないようにするために色々してくれていたんでしょ……? ごめんね……そんなことさせちゃって。第7支部の他のヒトたちにも迷惑かけちゃったし、あとで謝らないと……」


 これもそれもさっきのも、何もかもが強がりだ。

 雄弥は堪えきれなくなり、自分と彼女とを隔てている鉄格子を右拳でダンッ、と思いっきり殴りつけた。


「ッ! ……ゆ、ユウヤ……」


 イユがびくりと驚くのと同時に、天井の低い牢舎に鉄棒の振動音が反響する。

 雄弥は鉄格子に右拳を押し付けたまま、顔をうつむかせていた。奥歯が砕けそうなほどに顎を食いしばり、己の無力を呪った。

 

「…………イユ…………。なぁイユ…………! 俺、俺と…………ッ」



 俺と一緒に逃げよう。

 何があっても俺が守ってみせる。必ず。だから今から一緒に逃げよう。今すぐ逃げるんだ。……逃げるんだ! 逃げてくれ……ッ!


 

 彼はこう言ってしまいたかった。


 そしてやってしまいたかった。今この場で、彼女を連れ出してしまいたかった。

 こんな鉄格子など彼の前では枯れ枝も同然。『波動(はどう)』でフキ飛ばすことだって、『褒躯(ほうぐ)』で引き千切ることだって、やろうと思えばいつでもできる。

 


「……ダメよ」



 しかし、イユは知っている。彼のその行動が、彼自身の破滅となることを。彼の仲間に対する裏切りであり、孤立する行為であることを。

 ゆえに彼女は断った。彼の気持ちを口にされずとも瞬時に理解し、その言葉を言われる前に遮った。


「イユ!! で、でもイユ!! イユ、俺は……ッ!!」


「ダメ。あなたにそんなこと……させない。あなたと、ここの他のヒトたちを戦わせるなんて、させない。……そんなの、見たくない」


「ば……バカヤロウッ!! なんなんだお前は!! なんなんだよ!! 俺の心配すんなよ!! してる場合かよ!? 自分のことだけを考えりゃいいんだよッ!!」


 その黒き瞳に明らかな恐怖を滲み出しながらも、イユはどこまでもイユのまま。

 雄弥はそれに納得がいかなかった。もう自分で自分が何を考えているのか把握できぬまま、逆ギレにも近い感情を剥き出しにする。



「あ、ああそうだ……!! 俺は迷ってる!! 全部は手に入れられないッ!! お前を選んじまえば、俺はそれ以外の全部を失うんだ!! 正直それは死ぬほど怖いし、俺1人でお前を守り抜けるか、って不安もある!! ああ迷ってる!! 迷ってるよ俺はッ!!」


「だ、だから……だからお前が言うんだ!! お前から言ってくれるしかないんだ!! 『ユウヤ、私をこの檻から連れ出してくれ』って、お前から言ってくれ!! その"願い"が"(やいば)"になる!! 必ず、俺のこの迷いをブッた切ってくれる!!」


「そうすれば俺は、お前のためなら何とだって戦えるんだ!! ユリンとも、シフィナとも、ジェセリともッ!! どんな運命とだって戦えるようになる!! その決意ができる!!」


「1人じゃ決められない!! 俺1人だけじゃそれはできない!! だからイユ!! 正直になってくれッ!! お前の本音だけが、今の俺の"勇気"なんだッ!! 俺を頼れ……!! 頼りにすると言ってくれッ!! 言うんだァッ!!」



 見苦しいまでの、必死さだ。

 鉄格子にへばりつく勢いなのだ。いつの間にか涙声になっているのだ。


 これが今の雄弥にとっての魂の叫び……最後の希望。


 おそらくイユは、揺らいだであろう。迷ったであろう。

 見開いた(まぶた)を痙攣させていた。彼に向かって2、3度、何かを言おうとしていた。勝手に出てきそうになっている本音を、無理矢理に押し殺していた。何度も、何度も何度も何度も。



「……………………ダ、メ……………………ッ」



 それでも。彼女はとうとう、自分の"表面"を曲げなかった。


「私は……あなたの言う"刃"にはならない……ッ。あなたにそんなモノは与えない……ッ。だ、ダメよ……そんなの無理よ……! あなたにそんなことさせて……させてたまる、ものですか……ッ!」


「〜〜〜〜ッッ!!」


 雄弥は眼を(つむ)り潰しながら、彼女の前でズルズルとへたり込んだ。


 そんな彼を見下ろすイユは、泣いてはいなかった。

 泣ければ幸せだったろう。少しは気持ちが晴れたかもしれない。

 

 涙とは、本能。つまり真実。それを雄弥に見せるわけにはいかない。

 ゆえに彼女は泣かない。泣かなかった。ここで泣いたら舌を噛んで死んでやると、自分で自分を脅迫し続けた。


 他人(ひと)への"気遣い"とは、己の心を八つ裂きにすることに違いないと……。






「…………ジェセリ、頼みがある」


 その後、雄弥は支部長室に行き、そこの主にとある話をつけに行った。


「……な〜んだい?」


 机にだらりと座っているジェセリはいつも通りの調子でそれに対応する。

 いつも通りの調子、と表現はしたが、それは口調のみ。さすがの彼といえどこんな事態と成り果てては普段のにこやかさは封印せざるをえず、顔つきは重々しいものだった。


「……1日だ。明日の朝から、明後日の明朝……つまり引き渡しの時間まで、イユを自由にしてくれ。俺と一緒に外を出歩くのを許してくれ。俺と一緒に、だ。……それならいいだろ……?」


 机の前に立つ雄弥は、締め付けられる喉をさらに絞り出してやっとの思いで声を綴る。自身と向かい合うジェセリに届くギリギリの声量を。


「……ん。いーよ。ただしユリンとシフィナを見張りにつける。……この意味はわかるな?」


「……ヘンな気は起こさねぇよ」


「せーかい。分かってるならいい。……上には、俺から報告しといてやる」


 あっさりと要求は認められた。

 それは雄弥への同情なのか。イユへの哀れみなのか。



 とにかく翌日。ジェセリの許可でイユは牢から解放され、彼女の()()()()()が始まった。




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