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第176話 残酷な決議

 ここから、やっと描きたい展開に取りかかれる! クッッッッソ楽しいィィィ!




 翌日執り行われた議事院会。

 荘厳な議事堂の中にある大会議堂において、上級議員数名が一同に会した。


 政務議員以外の参加者は4名。議長ラルバ・ベラーケンに、元帥サザデー、最高戦力末席アルバノ、そして後者2人のツテで参加を許された雄弥。

 もちろんここにいる者たちは全員、雄弥が転移者であることを周知している。だからこそ彼の列席が認められたのだ。


 かくして雄弥とアルバノは議員たちの前で、イユ・イデルの引き渡し要求を撤回させるために弁を振るった。

 雄弥は自分とイユの間に起きたこれまでの事態を事細かに説明しながら、その合間のひと呼吸ごとにイユを助けてほしい旨の懇願を挟む。そしてアルバノは、感情が先行する彼の言葉に論理による補足を付け加え、イユを引き渡すことのリスクを懇切丁寧に説いていった。当然、ニビルの生存はうまく隠したままに。


「バカか貴様ら」


 ……しかして、現実とはなんと無情なものか。

 数十分間水も飲まずに訴え続けた彼ら2人に即座にぶつけられたのは、議員たちからの嘲笑であった。



「たかが小娘1人のことでよくぞまぁそこまでクチが回るわい。やれやれ、よほど暇を持て余していたと見える」


「そのイユとかいう小娘を公帝軍に渡すことが、影で暗躍する敵の策略だと? まったく……何をどう深読みしたらそうなるのだ」


「そもそもイユ・イデルはもともと公帝領の住人だったのだろう? 敵の狙いが、その小娘の身柄を公帝軍預かりにすることであるなら、わざわざ1度ヒニケに来させるなど単なる二度手間にしかならんではないか。筋が通らんよぉ、筋が」


「それにルナハンドロ、貴様が述べた仮説のようにイユ・イデルがその見えざる敵の一員である可能性があるなら、尚更(なおさら)人間どもに押し付けるべきじゃないか。それならば我々は、余計な厄介ごとを抱え込まなくて済む」



 上級議員たち皆の意見は、どれもこのようなものばかり。要求を拒否する側に傾く者など、たった1人として現れそうにない。

 アルバノはそんな能天気ともとれる態度の彼らに対し、線の細い美顔に毛細血管を浮かべる勢いで檄を飛ばす。


「厄介ごと!? 今はそのような目先の問題を議論しているのではありません!! その見えざる敵の目的が明確になっていない今、明らかな誘導に乗るのはどう考えても愚策ッ!! イユ・イデルを引き渡すことで何が起こるのか、まだなにも手がかりは掴めていないのですよ!!」


 しかし議員連中はまるで耳を貸さない。



「フン……ルナハンドロよ、貴様いったいどういう風の吹き回しだ? この問題についてはつい先日まではまったく意中にも留めてなかった貴様が、なぜ急にそこまで反対する気になったのだ? ……その隣の転移者の小僧の口車にでも乗ってやったつもりか?」


「はっはっは! 軍でも随一の人間嫌いで有名な貴様が、人間の小僧と混血の小娘に肩入れするとは……こりゃひょっとしたら、今日は雪でも降るのではないか?」


「そりゃあいい! そしたらぜひ、ワシの家に来たまえ。縁側で雪景色を眺めながら、熱燗でもやろうじゃないか! わははははは!」



 ーー他人事。

 彼らの物言いは、まるっきり他人事。


 仕方ないのかもしれない。だって彼らには、ゲネザーたちに襲われているという自覚も、経験も無い。そして何より、イユ・イデルという女の子のことを何も知らない。このコが雄弥にとって、どれほど大切なのかヒトなのかを知らない。

 他人である以上これは仕方がない。さらに付け加えるなら、彼らの反論にも理に叶う部分はある。


 ……だが、雄弥はもともと感情に生きる男。彼らの言い分だとか、気持ちだとか、それこそそんなもの彼にとっては理解の外。

 ゆえに、議員たちの態度に対して彼の怒りが沸騰するのは、もはや必然の事象であった。



「てめぇらァッ!! なぜ笑うッ!! なんで笑えるんだよッ!! こっちは真剣に頼んでんだぞッ!? アルバノさんが色々説明してくれたけど、俺は正直細かい事情とかはどうでもいいんだッ!! イユは……アイツは俺の大事な友だちなんだよ!!」


「でもこのまま公帝軍に渡しちまったら、もうアイツに未来は無いんだッ!! 俺にだってそんなことくらいは分かる!! そして俺に分かるなら、アタマのいいアンタらにだってそれは分かるハズだ!! 俺はそれを止めたいだけなんだよッ!!」



「ふ……青いなァ〜、小僧。貴様の吐き散らす言葉たるや、なんと軽々しいものか……」


「身の程を弁えろ、ユウヤ・ナモセよ。ここは崇高にして神聖なる議事院会の集いであるぞ。ヒトの(なま)の感情を気安く撒くことは許されんのだ」


「その通りだァ。ましてや貴様のような、(まつりごと)のことどころか並の学さえ持ち得ぬ小童(こわっぱ)がなァ。参加を認めてやっただけでも慈悲だと思ってほしいものだ」


「ま! もともと我々が貴様の参加を認めたのは、貴様という転移者を1度、この眼で見定めておきたかったからというだけなのだがな! それがいざ蓋を開けてみれば、こんなギャーギャー喚き散らすしか脳の無い青二才(あおにさい)だったとは。異世界人とやらの底が知れるわい!」


「そういうことじゃ。最初(はな)から貴様には発言の権利など与えられておらん。それをあまつさえ、この我らに対してなんと無礼なもの。礼儀も知らぬような俗物に、我らが耳を貸す義理は無い。大人しく諦めるのだな」



 通じない。雄弥の感情など、通じはしない。この場では。この相手では。


 前提として、やはり議員たちの言葉にも汲み取れる部分はある。正論として成立している部分はあるのだ。

 ……だがそれを差し置いて、彼らを見る雄弥の瞳はすでに真っ黒に染まっていた。


 気がつけば雄弥には、まず、この議員たちがロボットに見えた。

 壊れたロボットだ。通り一辺倒の受け答えしかできない、感情への理解を欠落させた存在だ。修理など無意味な、手遅れのガラクタだ。


 ブッ壊してやりたいと、雄弥は思った。


 次に彼には、議員たちのことが悪魔に見えた。ヒトの絶望を好み、(わら)い、魂ごとそれを丸呑みにする存在。

 彼は、自分が今憎むべき敵を見失った。ゲネザー? ザナタイト? もうどうでもいい。1番大事なのは、自分の眼の前にいる悪魔どもをどうするか。どうしたいのか。


 ……八つ裂きにしてやりたいと、雄弥は思った。


 そう、彼は冷静じゃない。その隻眼を真っ赤に充血させながら、自分のなかに湧き上がる殺意に身を(ゆだ)ねつつある。

 それは確実に間違っている。なんの解決にもならない上に、逆に自分やイユを追い込みかねないではないか。

 

 しかし。

 それを耐えられないのが菜藻瀬(なもせ) 雄弥(ゆうや)の危うさであり、致命的な欠点であった。



「う"ぅああああぁぁああ"あ"ぁあ"ァァァーーーッ!!」

 


「!? おい、ユウヤくんッ!!」


 アルバノが制止するのも間に合わず、気がつけば雄弥は自身の眼前に座る議員たちに向かって咆哮を発しながら飛びかかっていった。


「!? ひいいッ!?」


 議員たちは先ほどまでの余裕たっぷりの(たたず)まいがウソであったかのように仰天し、各々の席から散り散りになって逃げ出す。

 勢いのまま突っ込んだ雄弥は誰もいない席列へと激突。バラバラに壊れた椅子の破片の山からすぐさまがばりと立ち上がると、今度は明確な1人の標的目掛けて襲いかかった。


 その標的とは、議員たちとは正反対に落ち着き払った様子でいる、議長ラルバ・ベラーケンだった。

 雄弥は逃げようともしない彼に背中側から掴みかかると、自分より10センチほど背の高いベラーケン議長の首を、背後から腕で締め上げる姿勢になった。


 まるでベラーケンを人質にしたかのよう。……いや、事実そうらしい。


「おい!! やめろユウヤくん!! 自分が今何をしているのか分かってるのか!!」


「うるせぇええッ!! 来るなアルバノさんッ!! 近づいたり何かしようとしたりしたら、このジジイの首をヘシ折るぞッ!!」


 大会議室の床の中央にて、雄弥はついに乱心した。

 彼は血相を変えて自分に近寄ろうとするアルバノに牽制の怒号を叫びつけると、会議室の隅っこにまとめて避難している議員連中へと身体を向き直らせる。



「俺は……イユを助けるんだ……ッ!! もう2度と、アイツを1人にしないと誓ったんだ……!!」


「アイツは……マヨシーでひどい生活を送ってた……!! 傷んだ野菜ばかりを売りつけられて、クソ野郎どもからの理不尽な暴力に泣かされて、たった1人で……暗い森の中にあるカビ穴だらけの家で暮らしてたんだ……ッ!!」


「でも……でもッ!! アイツはそんなひどい目に遭っていいヤツじゃないんだよッ!! 見知らぬ俺を家に匿ってくれて、なんの迷いもなく自分の気持ちより俺の立場を優先しちまうような……ただの優しいヤツなんだ!!」


「そんなイユがよぉ……最近やっと、普通の生活を手に入れたんだ……!! ヒニケで……俺たちの寮で働きながらよ……頼りになる先輩や、友だちに会えて……やっと普通の女の子になれたんだよ……ッ!! そういう生活を、できるように、なったんだよッ!!」


「分かるかよ!? アイツは今まで辛かった分を、ようやく精算し始めたんだ!! それを……それをこんな!! こんなあっという間に奪われるなんて、あっちゃならねぇよ!! ならねぇんだ!! 俺は、俺はそんなの許さねぇッ!!」


「拒否しろ!! 公帝軍の要求を!! そう決議するんだッ!! やらねぇって言うんなら、このジジイはこの場で殺す!! イユの引き渡しを拒否すると誰かが決めるまで、てめぇら議員どもも同じように1人ずつ殺していってやる!! さぁ、決議を出せ!! イユは渡さないって決議を出せェェェッ!!」



 ……天井が高く、並の学校の体育館の3倍ほどの面積を持つこの大会議室にて、壁にヒビが入りそうなほどの雄弥の絶叫が響き渡った。

 喉を酷使したことでひゅうひゅうと息を切らす雄弥。彼は叫んだのだ。たった今、自分の"魂"を吐き出したのだ。

 もう彼には何も見えない。何も聞こえない。自分自身が何をしているのかすらも、おそらく理解しきれていない。感情に生きる、とは、こういうことなのか……。


 しばらくは、誰も動こうとはしなかった。言葉を発することもなかった。

 アルバノはベラーケンを人質にした雄弥を愚かなと睨みつつも、彼の心中を無視することはできなかったのか、その表情には哀れみを漏らしている。

 雄弥の視線が集中している議員連中は、全員揃いも揃って冷や汗だらだらで震えるばかり。

 サザデーに至っては、何も起きていないかのように煙管(きせる)を吹かすだけ。……ただし、誰も気づいてはいなかったが、その口元はわずかに、邪悪に歪んでいた。



「ーーなぁユウヤ・ナモセよ。"天秤(てんびん)"のハナシをしようか」



 そしてなんとこの沈黙を破ったのは、現在進行形で雄弥に首を絞められている状態の、ラルバ・ベラーケンであった。


「……な……!? なんだと……ッ!?」


 自らが人質にしているこの老人の異常な落ち着きっぷりと、彼がたった今放った聞き覚えのあるフレーズ。雄弥はたちまち、その五体を硬直させる。



「お前も、今回の公帝軍の要求の内容は知っているな? 『イユ・イデルを渡せ。渡されなければ憲征軍に対して、マヨシー地区の報復という名目で攻撃を行う』。……要約するとこうだ。トレーソンの小僧あたりから聞いているハズだ」


「イユ・イデルを引き渡さないことはすなわち、公帝・憲征両軍間の開戦を意味するということだ。世界の二大陣営による大戦の勃発に繋がるということだ」


「そうなれば、多くの者が死ぬだろう。兵士はもちろん、戦局が不利になって本土決戦にでもなれば民間人も。もちろんお前の仲間たちもだ。ユランフルグに、ソニラ、トレーソン……第7支部の仲間たちの誰かも、戦争によって命を落とすことになるかもしれない」


「分かるか……? お前が今しているのは、その手助けだ。戦争を引き起こす手伝いであり、何万もの人々の無益な死を招きかねない行為なのだ」


「さて、"天秤"のハナシだったな。たった1人の混血の小娘をとるか、それ以外の仲間たちと何億もの憲征領民(けんせいりょうみん)をとるか。これが、お前が直面している選択……"現実"だ」


「さぁ……選ぶがいい。悔いの無いほうを、な」


 

 ーー無理。


 雄弥は、心の中で反射的にそう答えた。


 選べ?? その2つから?? ……選べない。選べるわけがない。なぜなら、選ぶようなことじゃないから。取るべき選択肢が決まりきっているから。


 同じだ。彼がマヨシーで、イユと別れた時と同じ。その時に突きつけられた選択と同じではないか。

 神の試練。悪魔の問答。理不尽という凶器で脅されながら決める道筋。

 なぜいつもこうなるのだ。なぜ運命は、こんな予定調和の決定権しか自分に与えてくれないのだ。雄弥は心の中でそんなことを、呪詛のように叫び続ける。

 

 イユを救えば、みんな死ぬ。ユリンたちだけではない。エミィも、リュウも、リラも、セレニィも、セラも。ただ穏やかに生きることを望む、なんの罪もない民草(たみくさ)も。

 自分が殺すのだ。もしそうなれば、彼らを殺すのは自分なのだ。菜藻瀬 雄弥なのだ。


 そうなってしまったら、なんのために今まで戦ってきたのだ。兵士として彼が懸命に働いてきたあの日々はどうなるのだ。彼が救ってきた人々はどうなるのだ。

 全てを失う。2年半以上もかけてこの異世界で紡いでいった自分自身の存在意義を、なにもかも。彼がやろうとしているのはそういうことなのだ。


 ベラーケンの首を絞めた状態のまま、雄弥は身体をガクガクと震わし始める。いつのまにか膝がわななき、まともに立つことすら危うくなる。そしてーー




「…………継承したその"魔力"に見合うような、弱いながらも誰かの役に立てる男になる。ユウ……お前は確か、そう言っていたハズだがなぁ…………」




 ……サザデーが放ったこのひとことが、最後の(つな)を断ち切った。


 自分がやろうとしていることは、今していることは。それに反してはいないのか。


 雄弥は全身から力という力を失ってしまい、ベラーケン議長の首に組み付けていた腕をだらりと解除、やがて床に膝から座り込んだ。

 彼はただ泣いていた。膝立ちのまま、声もあげずに泣いていた。


 アルバノは歯を食いしばりつつ、そのあまりに痛々しい姿から眼を逸らす。



「……では、決議を下す!! 公帝軍の要求に従い、イユ・イデルの身柄を引き渡す!! ただちにヒニケに連絡し、イデルを拘束させよ!! 引き渡しの日時は諸々の手続きを考慮し、3日後の明朝とするッ!! 以上ッ!!」



 どうしようもない。もう、誰にも。




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