第175話 これは罠だ
初、アルバノの家。
宮都の隣、キグンジョー地区にあるアルバノの家は、人里から少し距離を置いたところにある一軒家だった。
大きさも並、敷地の広さも並。軍の最高幹部の住居にしては、やや迫力が不足してるようにも感じる。
そして、家の中は驚くほどなーんにもない。家具は最低限のものしかなく、ベッドの代わりに寝袋が床に敷かれ、食器は陶製の皿とコップがひとつずつだけ。ヒトが生活している気配がまるで感じられない、実に寒々しい空間であった。
だがそんなこと、今の彼らにはどうでもよかった。
雄弥とアルバノは家に入ってすぐに、やはりなんにもないリビングの床に向かい合って座り込む。……2人だけの会議を、するために。
「ーーよし。順を追って話そう。まずは現状までの整理からだ。先に断っておくが、質問は後だ。今は黙って僕の話を聞け。いいな、ユウヤくん?」
「お、おう! 分かった……!」
アルバノは雄弥のクチへ強引にチャックをかけると、A4サイズの1枚の白紙と鉛筆を取り出し、自分と彼の間でそれになにやら書き込み始める。どうやら自分が話す内容をあとで見返せるように、文字におこすつもりのようだ。
たった1つのランプのみで照らされた薄暗い部屋の中、やがてアルバノは語りだした。
「ーー我々の裏で暗躍している謎の組織……この組織と僕たちが初めて接触したのは、バニラガンが起こした事件のときだ。ヤツらはバニラガンに3体の魔狂獣と、高度な幻惑能力を使えるまでの魔力を貸し与えていた」
「このことからその組織には、まず2つの能力があると推測できる。魔狂獣を意のままに操る能力と、他人に魔力を与える能力。この2つだ。これを念頭に置いておいてほしい」
「その半年後キミはヒニケに配属になり、そこでゲネザー・テペトと出会った。少しあとに、この僕もな」
「そこでゲネザーの口から直接語られたのは、キミのもといた世界のこと。つまりゲネザーは知っていた。異世界転移のことも、キミがその転移者であることもな」
「問題なのはここからだ。宮都からヒニケに帰る途中、キミの乗る列車が魔狂獣ドルマルンに襲われた。キミはそのままマヨシー地区へ……人間の領土へと漂流し、そこであのイユ・イデルと出会った。これは今日、ここに来るまでの汽車の中でキミから聞いたハナシだが、間違いないか?」
「あ、ああ。なんも間違いねぇ」
雄弥は食い入るように身を乗り出しながら、相槌を打つ。
「そしてキミが人間界をうろちょろしている間、この宮都でも事件があった。エミィちゃんたちを巻き込んだ、メリッサ・デノムの冤罪事件。組織に所属する連中の仲間割れによって起きた事件だ」
「この時、アドソン・バダックという総隊長クラスの大物までもが組織の一員であったことが判明する。アイオーラ討伐後のキミに話した、サザデーさんが内通者であるかもしれない、というハナシの信憑性が、より現実的なものになってしまったとも言える」
「この事件のあと、バダックの家から1枚の資料が見つかった。そこにはキミの名前がハッキリと記されていた。"ユウヤ・ナモセ"と、ハッキリとね。僕はここでようやく確信した。ゲネザーたちの組織の狙いが、キミだということを。ヤツらの標的は、ユウヤ・ナモセという1人の転移者なのだと」
「そして僕は、口封じに殺されるところだったニビル・クリストンをひそかに匿い、彼から新たな証言を引き出した。それは、過去にバダックがしていた電話の内容だ」
「おそらく組織の仲間と電話で話していたのであろうそのバダックは、こう言っていたそうだ。『2段階目は終了。ユウヤ・ナモセは滞りなく、五芒卿との接触を果たした』……とね。これも、すでに汽車の中でキミに伝えておいたがね」
アルバノはここで1枚目の紙を埋めきったので、2枚目を用意。同時に三つ編みにしていた髪をほどき、いつもの1本結びに結い直した。
「組織に魔狂獣を操る能力があるという要素。そして、バダックが電話で話していた内容という要素。これらを合わせると、ある1つの真実が浮かび上がってくる」
「ーーそれは、キミが人間の領土に漂流したことも、ヤツらが仕組んだものだったということだ」
「…………!!」
質問はあとだ、と指示された雄弥は、今はなんとか言葉を発するのを堪えた。
アルバノはそんな彼が耐えきれなくならないうちにと、説明を続けていく。
「ヤツらは、キミを人間界に送り込むために、キミの乗る汽車を狙った。目的は、キミと五芒卿を引き会わせること。そしてそれは、キミがマヨシー地区でフラム・リフィリアと接触したことで達成されたんだ」
「それならば、全てに合点がいく。10年間も姿を見せなかったドルマルンが突然現れたのは、ヤツらがキミを連れ去るためにドルマルンを操っていたからだ。キミが漂流したマヨシー地区にゲネザーがいたのも、彼自身がそれを仕組んでいたからだ」
「おまけにキミは、ゲネザーの言葉に従うことで、ここへの帰還を決意した……。おそらく、それも含めて全てが計算されていたんだ。キミが〈剛卿〉グドナル,〈煉卿〉フラムという公帝戦力の上澄どもと立て続けに交戦したのも含めて、全てがな……」
「……よし。一旦、質問を許そう。ここまでで何か聞きたいことは?」
「! あ、ある!! あるッ!!」
待ちに待った時間に、雄弥は息急き切って口を開く。
「か、仮に……仮にアンタが今話したことが本当だとして、だぞ? なんでヤツらは、俺を五芒卿と会わせようとしたんだ? それで何がしたいんだ?」
「そこまでは分からない……。キミを貶めるためだったのか……」
「お、貶める……??」
「ーー『人間の身でありながら憲征軍に所属している男』、というのが、今のキミの立場だ。異世界転移のことなど知る由もない人間どもからすれば、キミは単なる裏切り者にしか見えない。そんなキミの存在を直接公の場に引きずり出すことで、人間どもにキミを攻撃させ、キミを追い詰めようとしたのかもしれない」
「さらにキミの中には、世界屈指の巨大さを誇る魔力がある。そんな莫大な力を持つキミが五芒卿などとハチ会えば、その存在は確実に警戒され、危険視される。現に公帝軍は今こうして、キミの引き渡しを要求しに来たワケだろう?」
「だとすれば、マヨシー地区の破壊をキミの仕業に見せかけたのも、おそらく組織の計略だ。公帝軍にキミを狙わせ追い詰めさせるための、計画のひとつなんだ」
「……ただね。キミを追い詰めることが、ヤツらにとってなんのメリットに繋がるのかは……現段階ではやはり判然としない。すまないが、ここらはまだ僕の想像だ。鵜呑みにはしないでくれ」
「そ、想像……か……。そうであってほしいぜ、クソッタレめ……」
情報を一気に詰め込みすぎたあまり、もともと容量の小さい雄弥の脳ミソはオーバーヒート寸前。
しかしこの後、彼の脳はすぐにパンクした。アルバノが最後に説明した内容によって。
「そして、最後だ。イユ・イデルについてだ」
「さっきのクリストンの証言によって、僕は彼女についてひとつの確信を得た。もう結論から言ってしまうが……」
「おそらく、"キミとイユ・イデルが出会ったこと"も……全てヤツらに仕組まれたことだったんだ」
「…………あ??」
雄弥は、たまらず素っ頓狂な声をだしてしまう。
「キミを、ただでさえ人目につきやすい混血児と一緒にいるよう仕向け、キミという男をより目立たせるようにしたんだ。キミが周囲の人間たちや公帝軍の眼に、確実に認識されるようにしたんだ」
「そして、マヨシー地区襲撃の罪を彼女にも着せさせることで、キミをこの事態から逃げられないようにもした。キミ1人ならどうにか切り抜けられたハズのこの事態から、キミを絶対に無関係にしないために。キミを……"公帝軍の射程"から外さないために」
「現にキミは今こうして、イユ・イデルを守ろうと躍起になっている。ジェセリくんのおかげでキミの引き渡しだけは拒否できたというのに、キミはいまだに公帝軍との関わりから抜け出せずにいるだろう?」
「つまりイユ・イデルもまた、ヤツらに利用されているんだ。キミと公帝軍を繋ぐための"糸"としてな……!」
「……ば、バカな……!! じゃあ俺とイユが会ったのは、偶然でもなんでもなかったってのか……ッ!?」
「そういうことだ。敵は恐ろしく賢く、狡猾で、実に計画的なヤツだ……。僕らの想像を遥かに超えていた……。敵は僕たち憲征軍のみならず、公帝軍までをも手玉に取ろうとしている……。その"意志"を感じるんだ……!」
「そ……んな……ッ。イユが……イユも、利用されて……??」
「…………そう。そして、可能性がもうひとつある。イユ・イデルも、ゲネザーやザナタイトたちの仲間である可能性だ」
「な、なにッ!? 何言ってんだ!?」
「気持ちは分かるが、聞いてくれ。キミにはつらいだろうが、そう仮定すると全てに辻褄が合うんだよ。ドルマルンに攫われて漂流してきたキミをあっさりと保護してくれたことも、その娘がヒニケに来たのとほぼ同時にザナタイトが出現したことも、ね。ヒニケに来るまでの記憶を失っているというのも、単にウソをついているだけなら、ハナシは早い」
「ふ……ふざけんなッ!! じゃあなにか!? ザナタイトのヤツをヒニケに手引きしたのもイユだってのか!?」
「この仮定に従えば、その可能性も高い。そして、公帝軍に送られていたという彼女のリーク写真。あれがもし、イユ・イデルが自分で撮っていたものだったとしたらどうだ? それならば、被写体と撮影者の距離がやたらと近いことも、写真が寮の中でしか撮られていないことも説明がつくじゃあないか」
「公帝軍をヒニケに呼び寄せるために……イユが自作自演をしたってことか……ッ!?」
「……そうだ。ただカン違いするな。これはあくまでも憶測だ」
「お、憶測にしたって言っていいことと悪いことがあるだろッ!! んなバカなハナシがあってたまるかッ!! い、イユが……あんな優しいヤツが、俺を嵌めるだなんて!! 敵だなんてッ!!」
「落ち着け! ここまで話したが、今はイユ・イデルが敵かどうかは問題じゃあない! 真に大切なのは、彼女を公帝軍に引き渡すのは絶対に阻止しなければならない、ということだッ!」
「え……ッ? な、なんで……?」
「言ったろう! ここまでの"全て"の事態は組織によってコントロールされてる、と! これは罠なんだよ!」
「"全て"とは、今の状況も含めて"全て"だ! ジェセリくんの機転によってキミの引き渡し要求が撤回され、公帝軍がイユ・イデル1人を連れて行こうとしているこの状況も、ヤツらの手の内なんだ!」
「考えてもみろ……! これほど緻密な計画を立てるような者たちが、計算しないと思うか!? キミの引き渡し要求が拒否されることを! 反対にイユ・イデルについての要求は、絶対に無下にはできないことを!」
「つまりこの要求に限っては、キミは初めからどうでもよかったんだ! 今回の狙いはイユ・イデルただ1人だ! 彼女の身柄を公帝軍の預かりとさせることで、敵は"何か"を起こそうとしているんだ!」
「クリストンが言っていたのはそれだ! イユ・イデルという"エサ"を、公帝軍の"胎"の中で、"大爆発"させる……! すなわち彼女がこのまま引き渡されることで、何かとんでもないことが起きるんだ! いや確証はもちろん無いが、推測の根拠としては十分だ!」
「……分かったか……!? 僕たちは彼女の引き渡しを、必ず阻止しなければならない……! 彼女が何も知らないただの女の子ならば尚更だし、仮に敵の一員だったとすれば僕たちにとって重要な手がかりになる! ゲネザーたちの組織の全貌を明らかにするための手がかりにね……! どっちみちそんな者を、みすみす公帝軍に渡すワケにはいかん!」
「ぐ……!! あ、アイツが疑われているのは気に入らねぇが……ひとまず理解したぜ、アルバノさん……!!」
「よし……! ならば明日だ……! 明日の議事院会にて、議員たちに直談判をかける。なんとしても要求を飲むことだけは避けねばならないぞ……!」
「俺は最初からそのつもりだ!! 俺は死んだじっちゃんに、イユを守るって誓ったんだ!! 誓いは……破らねぇ!! 破るモンじゃねぇんだッ!!」
ーー意見こそ異なれど、彼ら2人の目的は一致。アルバノのメモはすでに8枚に到達していた。
勝負は明日の議事院会。ここに全てがかかっている。雄弥の誓い、アルバノの正義、そして……イユの人生が……。
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