第172話 誰を信じればいい
ザナタイト襲撃と公帝軍の侵入。その慌ただしい夜から2日が経った。
「イユ、大丈夫か? 遠慮しなくていーから、もっと体重預けてくれ」
「う、うん……ありがと、ユウヤ」
廊下を歩く、雄弥とイユ。
つい先ほどベッドから起き上がれるようになったイユに、雄弥は自身の身体を貸して歩行を補助している。無論、彼もザナタイト戦の傷がまったく癒えていない状態なのだが……。
「悪ぃ……俺が守ってやる、なんてエラソーに言っときながら、肝心な時にそばにいなくてよ……」
「なに言うの……? こんなの予想できるワケないでしょ。それにあなただってそんなボロボロなのに、私のことばかり気にしてないでよ」
「バカか、こんなん怪我したうちに入んねーんだよ。腕とか足とかがちょん切れでもしねー限り、俺にとっちゃ全部が軽傷だ。もう慣れっこなのッ」
「……そうよね。フフ……マヨシーにいた時だって、あなたはいつも危なっかしいヒトだったものね……」
「へへ、だろ?」
身体を寄り添わせて歩く彼らは、互いに擦り傷だらけの笑顔を見せ合う。
「それより……私が起きた時から兵士のヒトたちが、公帝軍が来た、って騒いでたけど……何があったの?」
「いや、分からねぇ。公帝軍の戦艦が1隻 領海に侵入した、ってことしか……。まだ俺はなんも聞かされちゃいねーんだ。一応ジェセリたちが向こうの使者と話をしたらしいけどーー」
「ユウさーん!」
彼らの会話を遮ったのは、廊下の向こうから小走りにやって来たユリンだった。
「おー! どーした?」
「ジェスとシーナがあなたと今すぐお話ししたいと言っているので、支部長室に来てください! ーーッ! あ、い……イユさん。ご一緒だったんですね。お身体、大丈夫ですか?」
ユリンはイユの姿を認識したとき、一瞬どこか気まずそうな表情を彼女に向けた。言葉もどこかぎこちない。イユも雄弥も、それにはちっとも気がつかなかったが……。
「大丈夫です。ありがとう、ユリンさん」
「ユリン、ちょっと待っててくれ。イユを部屋まで送ってくからよ」
「は、はい。じゃああとで……」
ユリンがほんのわずかに漏らした、イユに対する不穏な態度の意味。雄弥はそれをこのあとすぐ思い知ることになる。
「ーーは……ッ?? 俺とイユの引き渡しが、ヤツらの要求……ッ!?」
ユリンに連れて行かれた支部長室にて、雄弥はジェセリたちから告げられた衝撃の事実に絶句。先ほどまでイユとしていた会話については、頭から綺麗さっぱりと抜け落ちた。
「な……なんで!? なんでそんなこと、ヤツら……!!」
「マヨシー地区を攻撃しそこの住民を皆殺しにした犯人が、アンタとイユちゃんだと思ってるみたいよ、アイツらは。要は、自分たちの領土に手を出したテロリストの身柄を渡せ、ってこと」
「じょ……冗談じゃねーよッ!! フラムさんとかにも何度も言ったけど、俺はやってないッ!! ホントに何も知らねーんだよ!! だいたいイユに至っては、アイツは被害者の1人なんだぞ!? なんでアイツまで疑われなきゃならねぇんだ!!」
「ユウさん、落ち着いて! ……そんなこと、みんな分かってます。イユさんについてはまだ私はよく存じあげませんけど、少なくともあなたはそんな酷い真似ができるようなヒトじゃない。でも……相手はそう思っていない。……思ってくれてはいないんです」
「ぐ……!! ち、ちくしょう……!!」
興奮して怒鳴り声をあげる彼を、腰の前で手を組んで立つユリンが静かに諭す。
すると次は、机に腰掛けて、ぐで〜ッ、と頬杖をついているジェセリが口を開いた。
「……心配すんな。おめーの引き渡しは拒否できた。ただイユちゃんに関しちゃどーしよーもなくてな……。総本部に上申したから、今ごろは議事院会で協議がされてるハズだ……。とりあえずその決議次第だな」
「何言ってんだッ!! なにが心配するなだ!! 俺はどうでもいい!! イユだよ!! イユを渡すなんて許さねぇぞ!!」
「あーのね〜、それはもう俺らじゃどうにもならないし、俺らが決められることでもねーのよ。敵サンは、こっちが要求を飲まなきゃそれを口実に一戦おっぱじめようって腹づもりだ。こいつはとっくに世界レベルの外交問題になっちまってるのさ」
「知るかよそんなのッ!! そ、そもそも……イユがヒニケにいるってことをヤツらにバラしたのは誰だ!! ヤツらが持ってたっていうイユの写真の撮影者は、送り主は、どこのどいつなんだ!?」
「さぁねぇ〜……こればっかりは俺もマジで分からん。混血児を気に入らなく思っているヒマな差別主義者が、その鬱憤を晴らすためにやったのか。……あるいはーー」
ジェセリはこの時、シフィナにチラリとした視線を送った。
「俺たち第7支部の中に……敵サンと内通している裏切り者でもいるのか……」
「!! じぇ、ジェス……アンタもそう思ってたの……!?」
シフィナはそれに込められた意図をすぐさま察知。たちまち金色の瞳を見開いて驚く。
「あったりめーでしょ。あんな写真、誰が見てもおかしいもん。たっつぁんだって気づいてたぜ」
「!? !? お、おい! あんな、ってどういうことだ!? どんな写真だったんだよ!?」
興奮でのヒートアップに加え彼らの会話を1ミリも理解できずに混乱する雄弥。そんな彼に、ユリンがゆっくりと説明していく。
「……私は先にシーナから聞かされていたんですけど、公帝軍使者が持っていたその写真に写っていたイユさんの姿は全て、兵士寮の建物の中で撮影されていたものだったそうなんです。関係者しか入れない、兵士寮の中で」
「そして何より奇妙だったのが、被写体であるイユさんと撮影者の、"距離"です。写真に収められたイユさんの姿はどれも、眼線の高さから、かつ、遠くても3メートル以内の距離から撮影されたものだった」
「つまりイユさんを盗撮した犯人は、イユさんの前に自分の姿を堂々と晒した上で、彼女を隠し撮りしたんです。撮影の瞬間だけは気づかれないように、さりげなく……。……だったよね? シーナ」
「え、ええ……! その通りよ、ユリン」
「ば、バカな……!! なんで……!? なんで俺らの仲間がそんなこと……!! そりゃあ最初はみんなギクシャクしてたけど、すぐにイユとも仲良くなってたじゃねぇか!! なんでそんなことするんだよ……ッ!!」
「心の中でどう思ってるかまでは分からねーでしょ。いくら表面上はニコニコ付き合っててもよ。……それにまだ、やったのが兵士や寮務員の誰かだと決まったワケじゃねーし」
「え? で、でもジェス……寮に出入りするのは基本的には第7支部の関係者のみです。だからこそシーナも内通者を疑ってたんですよ……?」
ジェセリの不可解な発言に疑問を抱くユリンだったが、次に彼が述べたのはそれこそ悪夢のような仮説だった。
「いやー……うん、ホラ……1人だけいるじゃん。ここ数ヶ月間ずーっと、寮に遊びに来ていた"部外者"がさ……」
……雄弥にはすぐに分かった。彼の言うその人物というのが、誰なのか。
「…………ま、ま……まさか……セレニィのことを言ってんのか…………ッッ!?」
「そ。あのコ、確かイユちゃんともすんげー仲良くしてるんでしょ? しかも最近は寮への立ち入りもほぼ顔パス状態だったみたいじゃない。それなら隠し撮りは十分可能だし、あのコは世界中の大企業や財界人とコネクションを持つハウアー商会のボスだ。写真を公帝軍に送るルートだっていくらでもあるだろーぜ。ま、仮に、だけどね」
そのような不謹慎なことを話すには、ジェセリの態度はあまりにもあっけらかんとしすぎている。そのギャップが雄弥の心中の混沌をさらに複雑なものにしてしまったのは、言うまでもない。
「そ……そん、そんな……そんなことあるワケ無ぇ……ッ!! セレニィが……アイツがイユを売ったなんて、そんな……!!」
「だーから仮のハナシだってば。それをしたところでセレニィちゃんになんの得があるんだかも分かんねーし、ぱっと見じゃあのコは差別主義者にも見えねーし」
「く、く、く……くそ……ッ!! どいつもこいつも……勝手ばっかぬかしやがってッ!!」
そこで雄弥はがばりと踵を返し、会議室の出口扉に向かってどかどかと歩き始めた。
「!? ユウさん! どこ行くの!?」
「公帝軍のヤツらは海上待機してんだろ!? 俺が直接ハナシつけて、説得してやるッ!!」
「はあ!? ちょ……待ちなさいッ!!」
そんな彼を、シフィナとユリンが慌てて止めにかかる。ユリンに腰にしがみつかれ、シフィナに両脇から羽交締めにされ、雄弥はその歩みを強制的に中断されてしまう。
「さわんなッ!! このままじゃイユが連れてかれるんだぞ!! 今なんとかしねぇでどうすんだッ!!」
「だから!! それはアンタ1人で判断することじゃないのよッ!! もうそんな段階はとっくに過ぎてるのッ!!」
「知るかってんだッ!! てめぇらは、イユがマヨシーにいたときどんな扱いを受けてたか知らねぇんだ!! 人間の手に渡したら、イユはひでぇ目に遭わされる!! ロクな証拠も集まらないうちに言いがかりをつけられて、確実に死刑!! 殺されるんだッ!! 絶対そんなの!! 俺は絶対させねぇぞッ!!」
「あなたが行ったら余計に状況が悪化するだけです!! お願いだからやめて、ユウさんッ!!」
「うるっせぇええッ!! はなせーーーッ!!」
ヤケを起こした雄弥はついに『褒躯』まで解放してしまい、強化した身体能力によって2人を無理矢理振り払った。
その勢いのまま出口に到達。扉を力いっぱいハネ開け、外に出ようとする。……しかし。
「げはッ!?」
それと同時に、彼は扉の外にいた"何者か"に顔面を思いっきりブン殴られ、会議室の中へと逆戻り。フッ飛ばされてしまった。
『褒躯』を使った状態の雄弥にこんなことができる人物は限られている。そして扉の外に立っていたのは、その中でも彼にとっては特に馴染み深い相手ーー
「キミのような単細胞が"説得"だと? 身の程知らずも大概にしろ、大バカめ」
……最高戦力第三位、アルバノ・ルナハンドロであった。
「げッ」
その華やかな桜色の長髪を眼にした途端、机でダラリと伏せっていたジェセリはあからさまな嫌悪の表情を見せた。
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