第168話 みんないればこわくない
ーー私が"慈䜌盾"を創出したのは、今から10年以上も昔。孤児だったところをサザデーさんに拾われてから、少し経った頃だった。
「かーしゃん! おかーしゃんッ!」
「ん……? ユリンか。どうした?」
まだ舌も満足に回らないほど幼かった私は、自分の人生で初めて使えたその術に興奮し、仕事中のサザデーのところへ大急ぎで披露しに行った。
「あのね、みてて! みててよ! ふ……ッぬむむむむむむむむ……ッ! ……てゃいッ!」
机に座るお母さんの前に右の掌を差し出し、ふんばりにふんばってそこにようやくひとつの"盾"を作って見せた。
その直径はおよそ30センチ。今と比べるととても可愛らしく、かつ頼りないサイズだ。
「…………ほぉ。……ユリン、なんだそれは?」
でもはっきりと覚えてる。この瞬間に、お母さんの眼が丸くなったことを。
「わたしがかんがえた、じゅ、じゅ……"じゅちゅ"だよ!」
「お前が……? 自分でか?」
「うんッ!」
私がそう返事をすると、お母さんは私の前にしゃがみ込み、私の右手の前にふよふよと浮かぶ小さな"盾"を凝視する。
「『波動』ではない……。私も見たことがないタイプの特性だ。……ふふ、素晴らしいじゃないかユリン。これはひょっとすればお前の……お前だけの才能かもしれんぞ」
するとその大きな手で、私の頭に優しく触れてくれた。
……私はこの時が初めてだったのだ。お母さんに褒められたのも、お母さんに撫でてもらったのも。
ーー嬉しかった。
本当の意味で、このヒトの娘になれた気がした。
この気持ちを忘れたくない。その一心で、私は"慈䜌盾"を磨き続けた。
この術は、不思議だった。まるで生まれた時から私の身体に備わっていたような感覚……あるいは、双子の妹のような親愛感があった。だからこそ研鑽も積めたし、どうすればより強力にできるのかも肌で理解していた。
ただ、どれだけ研究しても詳細な特性や原理が分からない。似た術を使う者にだって1人として会ったことはなかったし、聞いたこともなかった。行く先々でこの"盾"を見せるたびに周りの全員に珍しがられるのも、今はもう慣れっこ。
自分1人でできることは全てやった。それでも、最後の本質だけがどうしても掴めない。私の力は長きに渡る停滞に陥っていた。
今日、この日までは。
* * *
『ーーバカナ』
ザナタイトは絶句した。
自らが転移の先導を務めたこの異次元亜空間。その"天上"に開かれた、ひとつの穴を目の当たりにしたために。
『ドウイウコトダ……!! ナンダ、アレハ……!?』
パキン、と音がしたと思ったら、いつの間にか空いていた穴。ヒト1人が通れそうな大きさの穴。
そして次の瞬間、そこから何かが落ちてきた。ひとつ、ふたつ……みっつの何か。この空間の中の、雄弥の眼の前に。
「うおおッ!? な、なんだ……また敵か……ッ!?」
眼と鼻の先の落下物に足をふらつかせてしまう雄弥。こんな追い詰められた状況でよもや新手ではあるまいなと、彼の顔は青ざめる。
……が、着地の煙が晴れ、その落ちてきた"何か"をよーく見てみると……
「や……やったぁ! ほら、ほらね! できたでしょー!?」
「うひゃーすげぇよユリン! お前すげぇ! こりゃホンモノだぜ!」
「ちょ、ちょっとなに!? こんなキモチ悪いトコロが、その次元の狭間とかいうヤツなの!?」
そこにいたのは、ユリン、ジェセリ、シフィナの3人であった。
「ナニィィィィッ!?!?」
彼らのその姿を見た4人のザナタイトたちは全員揃いも揃って、仮面の複眼が飛び出そうなほどに仰天する。もちろんそれは雄弥もだ。
「はあッ!? お、お、お前らァッ!?」
「あ! ユウさんッ! よかった無事だったんですね!」
「いやあんま無事じゃねーけど、じゃなくてッ!! な、なんで!? みんなどーやってここに!?」
「ユリンが出入り口を開けてくれたのよ。……まぁあたしも、まだ何が何だかよく分かってないんだけどね」
「ゆ、ユリンが……!?」
雄弥は自身の前に立つ赤眼の女の子をまじまじと見つめる。
「あのザナタイトの能力は、私の"慈䜌盾"と同質の力だということに気づいたんです! 性質が同じなら、互いの術に干渉することもできる! ……って思って、イチかバチかザナタイトが展開した術の軌跡を辿ってみたんです! そしたらここに来れたんです!」
「へ、へ? へへん?? な、なーるほど? イミ分からん……??」
ユリンは新しいおもちゃを買ってもらった子どものように大はしゃぎで説明してくれたが、やはり雄弥にはサッパリ理解できない。多量の出血で思考が鈍っていなくとも、結果は同じであったろう。
そんな彼の肩を、ジェセリがうしろからポン、と叩く。
「まーまー、それはまたあとでゆっくり話そーぜ。……それよりユウ、こりゃどういう状況だい。ザナタイトってのは四つ子さんだったのかな?」
ジェセリは遠くから唖然とした様子でこちらを眺めている4人の黒騎士をジロリと睨みながら質問する。
「あ、ああ……いやなんつーか……分身? みたいなモンで……ああいやでも、そーいうわけでもなくて……」
「? なによ、ハッキリしないのね」
「お、俺だって知らねーんだよ! ……だが気をつけろ! あいつ……あいつら、俺のデータを吸収して、前よりもっと強くなってるぞ……! 4人全員がだ!」
呆れた様子のシフィナに警告する雄弥。
しかし、彼女はシフィナ・ソニラ。そんな脅かし文句程度に怯むようなヤワな精神は持っちゃいない。
「へえ? そりゃおもしろそうね。あのカス共への鬱憤を晴らすにはそれくらいでなきゃ」
「あっちも4人、こっちも4人。……ちょうどいいんじゃないですか? ねぇ、ジェス」
「だ〜な。みんなでやりゃあ怖くもねーさ。まぁそれはユウによるけど。ユウ、どーだ? お前まだ戦えるか?」
「お…………お、お前ら…………」
そしてそれは他の2人も同様だ。
ゴキリ、と拳を鳴らすシフィナ。
ぐいーッ、と伸びをするユリン。
首のネックレスをチャラッ、といじるジェセリ。
一見ノンキにも感じる態度の彼ら3人は、雄弥に対して頼もしい笑顔を向けてきた。
すでに雄弥は全身血まみれ。フルマラソンを完走した選手よりも激しく息をきらし、立つのもやっとな状態である。
……だが、その笑顔を見せられた瞬間、彼は身体の痛みなど忘れてしまった。体力の消耗など気にならなくなってしまった。
孤独からの解放。それは今の彼にとっての、1番の回復薬。
「ーーあ……ったりめーだろッ!! ナメんじゃねーよッ!!」
雄弥は拳を握り直し、生気みなぎる瞳で仲間たちの隣に並ぶ。
「よぉーし、じゃあ決まりだ。ノルマは1人1体! ちゃちゃっと片付けて帰るぞー!」
「おおうッ!!」
ジェセリのどこか気の抜けるような啖呵に、他の3人は気合い十分に応えた。
ーー第7支部の、四銃士。
奇醜の異地にて集いたらん。
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