第165話 ユリンとザナタイトの、シンパシー
「あれが……ザナタイト……!?」
炎に包まれる建物を踏みつけて立つ黒騎士。ユリンは初めて見たその者のあまりに邪悪なオーラに戦慄し、息を呑んだ。
対して彼女の隣の雄弥が抱くのは、溢れんばかりの敵愾心のみ。
「てめぇ……ッ!! よくもこんな……!! なんで……なんでこんなことしやがる!! てめぇが用があんのは俺なんだろ!? だったらこんなコソクなマネしねぇで俺だけを狙ってこいよッ!!」
「クク……都合ノイイコトヲ、ホザクンジャアナイ。姑息二為ラズデナニガ悪ヨ……」
「自覚してるってのか!? だったら……ブッ殺されても文句言うんじゃねぇぞォッ!!」
堪忍袋の尾を切らした雄弥は両足からの『波動』放射で上空に飛び上がると、4階建物の屋根の上に立つ敵に向けて猛スピードで突進。あっという間にその眼と鼻の先まで接近し、"砥嶺掌"の正拳を打ち込もうとする。
翻ってザナタイト。……動かない。回避も、反撃の気配も見せず、微動だにしない。コイツがしたのは、ただ呼ぶだけーー
「"オーパル"!」
その瞬間、ザナタイトの眼の前まで迫っていた雄弥の背後に、突如巨大な影が出現した。
「ユウさんッ、うしろッ!!」
「!? なに……ぐあああッ!!」
先にその存在に気づいたユリンが大声の警告を放つが雄弥の身体の反応までは間に合わせることができず、彼はその影に背中から殴りつけられ地面に叩き落とされる。
「いぎ……な、なんだ……ッ!! ーー!?」
ズズゥンッ。
身体の痛みに視界を明滅させる彼の前に、彼を殴り落とした"影"が重々しい足音とともに着地。
「キィィィィィィ!! キィィィィィィィィィィィィーーーッ!!」
眼前の獲物である雄弥に向かって耳障りな咆吼をあげるその"影"の正体は、異形の怪物……魔狂獣であった。
"オーパル"、と呼称されたこいつは、甲殻類型の魔狂獣。
ハラビロカマキリのような瓜状の腹部から、ゲジゲジに似たうぞうぞと動く極端に短い節足を無数に生やし、尻の先端には太い筒のような何かをつけた下半身。
ヒトの2、3人を1度に真っ二つにできそうなほどに巨大なザリガニ型の鋏を両腕に持ち、オオスズメバチと同形の横開きの口をガキガキと鳴らす上半身。
上下を合わせた総身長は8メートル以上。あのゼメスアに迫る大きさ。それが、この"オーパル"であった。
「あのザナタイト……魔狂獣を使役してるの……ッ!?」
ザナタイトが、オーパルを呼んだ。この事実をユリンは見逃さない。
「ギィィィィッ!!」
「うるッせぇんだ!! どけよてめぇえッ!!」
しかしこちらはそれどころではなかった。
オーパルが雄叫びをあげながら振り下ろしてきた1本の鋏腕に、雄弥も対抗して魔力を纏わせた右拳骨を突き上げる。
激突した結果、雄弥が優勢。オーパルは腕ごと身体を弾かれ、上半身をのけぞらせた。雄弥はすかさず追撃を加えようと左手を構えるがーー
「ジャィイアッ!!」
「!! うッ!!」
彼の意識が自分から離れた隙をついて、右前腕から魔力剣を生やしたザナタイトが屋根から急降下。その肉体を斬り刻まんと、彼へ襲いかかった。
「"慈䜌盾"!!」
すかさず離れた位置から、ユリンが術を発動。雄弥とザナタイトの間に防御壁を展開する。
やはりユリン、見事な腕である。ザナタイトが突き込んだ剣は、彼女の"慈䜌盾"にぶつかって完全に阻まれたのであった。
ーーその時。
「きゃッ!?」
「グオ……ッ!?」
何かが、バチッ、と爆ぜた。
ユリンの盾と、ザナタイトの剣。それら2つが接触した瞬間、彼ら両者の手の中で突然謎の小爆発が……魔力の破裂が起こったのだ。
『な……なに……!? 今の感覚は……!? 何か……魔力が、反発したような……!』
ユリンは自身の手のひらでいまだにバチバチと暴れ続けている魔力を見つめ、動揺。そしてそれはザナタイトも同じだった。
『……ナンダ……!? アノ小娘……ユランフルグ、トイッタカ……!? ……今ノハ……マサカ……!!』
その様子から、この現象はザナタイトが仕組んだものでもないことが伺えた。
「ぬああッ!!」
彼らが動きを硬直させている間、雄弥はセラのもとで真に習得した『褒躯』を解放、"砥嶺掌"無しの蹴りの1発で眼の前のオーパルを数十メートルもブッ飛ばした。
「キィアアアァアアァァァーーッ!!」
以前より魔力を抑えてはいるものの、やはりその力は絶大。オーパルは苦痛の悲鳴を叫ぶ。
『!! ……チ……!! 分カラン……分カランガ……アノ ユランフルグ 、何カガ妙……!! 得体ガ知レン!! ヤツヲ菜藻瀬 雄弥ト マトメテ相手取ルノハ、止メタホウガヨサソウダナ……』
それを聞いたザナタイトは、自身が今いるのが臨戦の場であることを思い出し、意識を現実へと引き戻す。
此奴が出した結論は、雄弥とユリンの分断。ならばやることは1つである。
「"闇二……沈メ"ッ!!」
ザナタイトは雄弥との初戦時と同じ、黒紫色の半球ドームを発生させた。雄弥1人だけを、その空間に呑み込めるように……。
「ーーハ!! ゆ、ユウさんッ!!」
そこでようやく、ユリンの意識もこの場に帰ってくる。
だが、時すでに遅く。彼女が気がついたときには、雄弥の姿も、ザナタイトの姿も、どこにもありはなかった。
「……クソが……またここかよ……!!」
雄弥はまたも1人だけ亜空間に……"次元の狭間"へと転送された。彼は2度と見たくもなかった赤黒い景色に顔をしかめていた。
「見事ナモノダ……。『褒躯』ノ練度モ、素ノ身体能力モ、前トハ比較二ナラン。余程優秀ナ師ト巡リアエタラシイナ……」
訂正、1人ではない。この空間への案内人も一緒である。
彼と対峙するザナタイトは、雄弥が纏っている色素の薄い銀色のオーラを眺めながら、心底からの感服を述べた。
「ああ……てめぇをブチのめすために手に入れた力さ……!! さぁ覚悟しろ……!! 今度は、逃げられると思うなよ……ッ!!」
「クク……確カニ……。今ノ貴様ノ実力ハ、コノ私ヲ充分二超エテイル……。マトモニ闘レバ私ハ負ケルダロウ……」
「……!? なんだそりゃ……!? わざわざまたこの場所に連れてきておいて、潔く観念でもしたってのか?」
降参したかのような敵の物言いに困惑する雄弥。だが、ザナタイトは明らかに、その仮面の下に大きな余裕を孕ませている。それがまた薄気味悪いものだった。
「ーーイイヤ……? マトモニハ戦ワン、ト言ッタマデダ……!!」
そう言ったザナタイトは、全身から黒紫色の邪気溢れる魔力を解放した。
……すると、奇妙なことが起こる。
雄弥には突然、ザナタイトが2人に見え始めたのだ。
「……? なんだ……? 眼がボヤけて……?」
ホコリでも入ったのかと思った雄弥は、瞳を手でゴシゴシとこする。
だが、景色に変化はない。依然として彼の視界には、2人目のザナタイトが映っている。
いや。3人。3人だ。今は3人になっている。また増えているのだ。
「な、な……な!? 幻……幻覚か!?」
増殖してゆく敵。あまりの異常事態。雄弥の焦燥は募ってゆく。
そして彼がそうしている間、最終的にザナタイトの姿は4人になってしまった。
「……幻惑ナドトイウ小技デハナイ。マシテヤ分裂デモナイ……」
「コレラ全テガ別ノ、シカシ、タダ1人ノ私……。ザナタイト トイウ私ガコノ世ニ存在デキル可能性ヲ、具象化シタモノダ……」
「わ、分からねぇって言ってんだよ……ッ!! てめぇのバカ話は……ッ!!」
相変わらずの難解さ。雄弥に理解できるはずもない。
……それでも事実はひとつだ。
この空間にいるのは、雄弥とザナタイトだけ。そして雄弥は1人、ザナタイトが4人。1 vs 4というこの状況。
これだけが、今の雄弥にとっての現実だった。
「サァ……!! 馬鹿正直ナ貴様ニ教エテヤロウ!! マトモナラザル戦イ方トイウモノヲッ!!」
オリジナル体の号令を合図に、4人のザナタイトは一斉に、四方八方から攻撃を開始した。
おもしろいと感じていただけたら、ぜひ評価やブックマーク登録、感想などを、よろしくお願いいたします。




