第17話 宮都へ
「ユウさん急いで! もう列車が来ます!」
ユリンに引きずられるようにして、俺は人と人の隙間を歩く。あっちもこっちもぎゅうぎゅうだ。耳に入るのは構内アナウンスと、ひしめく人々の足音のみ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! さっき買った切符が見つからないんだよ!」
俺はパーカーやズボンのポケットに手を突っ込みながらあたふたするばかり。
俺たちは今駅にいる。無論電車……じゃなかった、汽車に乗るために。
宮都ヴァルデノン西部。そこに赴くためにーー
* * *
サザデーさんが突然やってきた昨日の昼。話をひと通り終えた彼女に対し、ユリンは疑問を投げかけた。
「それで? その事件の話をして、私たちに何を……?」
「結論から言うとだな。明日、宮都西部に向かってほしい」
「宮都に? なぜです」
「そこにとある孤児院があってな。軍が管理しやすいようにという意味も込めて、今回の事件の被害者となった子供たちは全員そこに収容されている」
「全員!? よくそんな急な受け入れが叶いましたね」
「そこの院長と顔見知りでな。快く引き受けてくれたよ」
「でもそこに行ってどうするんです? 子供たちは全員事件についてどころか、自分の両親に関しても何も覚えていないんでしょう? 事情聴取など無意味では……」
「違う違う。ただの事情聴取なら、わざわざお前に頼んだりしないさ。そんなものは誰にでもできる」
俺はもはや完全に蚊帳の外に置かれた状態だった。
「それに、お前の言ったことにはひとつ間違いがある。子供たち全員が記憶をなくしているわけではない」
「え? どういうことです?」
「いるんだよ、1人だけ。明らかに事件当時の記憶を持っているであろう子供がな」
「は?」
そっぽを向いて聞き耳を立てていただけだった俺も流石にその言葉には反応し、サザデーさんに聞き返す。
「それって……その子だけ魔術にかかっていないってことすか?」
「そうなるんだろうな。まぁ、まだ子供らの記憶喪失が魔術によるものかどうかはハッキリせんが」
「でも、なぜその子が記憶を失っていないって分かったんです? それに当時のことを覚えているなら、早く聞き出したらいいじゃないですか」
「錯乱しているんだよ。その子は強い精神的ショックで、まともな会話をすることすら叶わない状態だ。聞きたくても聞けんのだ」
しかし、理解はできた。事件当時のことを忘れているのであれば、そんなトラウマだって残っているはずがない、ってことだ。
「……なるほど分かりました。だから私に、ですか」
その会話を横で聞いていたユリンが察したようにうなずく。が、俺にはその言葉の意味が分からない。
「え、だからって……どういうこと?」
「ユリンはもともと医者だ。精神疾患の研究をしていたこともある」
隣に向かって聞いてみると、代わりにサザデーさんが答えを教えてくれた。
「私にその子に会え、ってことですね」
「そうだ。直接話してみて、どうにか正気に戻すための糸口を見つけてほしい。少しだけでもいいんだ」
「分かりました。……でも、サザデーさんは私たちに、とおっしゃいましたが……それならば話を聞くのは私1人だけでよろしかったのではないですか?」
「いいや、ユウにも同行してもらう」
「ええ!?」
それを聞いた途端隣に座っていたユリンが、驚いて勢いよく立ち上がる。
「そんな、なぜ!?」
「訓練期間終了まであと4ヶ月と少し。ユウもその間に現場に出る感覚を少しでも掴んでおいたほうがいいと思ってな」
「それでも今のユウさんはただの素人です! 戦闘技術もまだまだ不安定なのに……! ダメです、反対です!」
「別に戦いに行けと言っているわけではないのだしいいじゃないか。それに何より、彼に知ってもらいたいのさ」
サザデーさんは横目で俺の顔を覗く。思わず震え上がってしまいそうになるほどの鋭利な視線を、俺にざくざくと突き刺しながら。
「兵士として生きるのが、どういうことなのか……をな」
* * *
「……しっかし……疾患の研究って……。すごいな。おまえマジで同い年かよ……」
「いえいえ、そんな大したものじゃありません」
汽車の車両の中。窓際の座席にもたれかかって走行の揺れに身を任せながら、俺は向かいに座るユリンと話す。
俺の格好はいつも通り。転移した際に来ていた私服一式と、安定のサングラス。
ユリンは、ハイネックの黒いブラウスに真っ白なデニムといった相変わらずのシンプルな服装に、革製の小さなショルダーバッグを持っている。
そして彼女の右胸には、小さな金色のバッヂが付いている。どうやらこれは軍に所属する者としての証らしい。つまり、今回のはれっきとした職務というわけだ。
結局あの後ユリンはサザデーさんに押し切られ、渋々と俺の同行を承諾した。
彼女には悪いが、俺には嬉しい機会だった。俺は単純に外に出てみたかったのだ。俺とユリンが暮らすあの山があるのは、ゼルネアと呼ばれる地区だ。この1年の間に4、5回ほど山から町へと降りたが、地区の外にまでは1度も行っていない。見てみたいのだ。まだまだ何も知らない、この世界を。
ゼルネア地区から宮都ヴァルデノン西部までは汽車で2時間。俺は、列車の窓から外の景色をぼんやりと眺めている。発車してからしばらくは畑しか見えなかったが、目的地に近づくごとに少しずつ建物の数が増えていく。
「……うぇ」
……それにしても、さっきから気持ち悪いな。ひどい吐き気だ。
どうやら酔ってしまったらしい。もといた世界じゃ電車酔いなんかしたことなかったけど、いかんせんこの汽車は揺れがひどい。技術進歩の差をこんなところで味わうことになるとは……。
「ユウさん大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど……」
俺のその様子に気づいたのか、ユリンが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「……ああいや、ちょっと酔っただけだから。気にせんで」
「気にしないでじゃありませんよ、もう。そういうのはちゃんと言ってください」
するとユリンは立ち上がって俺の隣に座り、自分の膝をぽんぽんと叩いた。
「ほら、横になって」
「え!? い、いや、それは……」
「あ、そうか。椅子の幅が足りないから、私が通路側にいたら寝転べませんね。場所を交換しましょう」
「あ、いやそうじゃなくて……悪いってそんなの」
「いいからいいから。遠慮しないの」
彼女は柔らかく微笑みながら手招きをする。
なんかカッコ悪いし、恥ずかしい。しかし気分はどんどん悪くなる。抗いきれなかった俺は情けなくも彼女に甘えさせてもらうことにした。
「眠ってていいですよ。着いたら起こしますから」
席の窓際に座るユリンの膝、というより腿に頭を乗せ、通路に足をはみ出す形で横になる。俺は薄目を開けながら、すぐ上にある彼女の顔を見ていた。
……やっぱり、信じられねぇなあ。俺と同い歳だなんて。
それはもちろん能力的な意味合いもある。さっきの医師としての資格を取得した時期の話もそれだ。
だがそんなことより、なんと言ってもこの雰囲気。ユリンは細身で背も低いし、顔立ちもどちらかといえば幼い。でもなんというか……オーラ? いや存在感というべきか。ユリンのそれは他人を暖かく包み込み、安心させてくれるのだ。その奥深いいで立ちは、大人っぽいなどという安い言葉では表せない。
この1年ずっとそうだったが、そばにいるだけでこっちは子供になったような気持ちになる。むずがゆくはあるが、決して嫌な感覚ではない。むしろもっと浸っていたいとすら思った。
……まぁ、単に俺がガキなだけかもしれないけど。
「ふぅ、着いたぁ〜」
駅の外。ユリンがぐいい、と伸びをする。
あれからすぐに俺は爆睡してしまい、ユリンに起こされたときには宮都に着いていた。2時間と4分の道のりだった。列車を降りた直後はかなり寝ぼけていたので、駅を出る際に切符を切らずに出ようとしてしまった。
無論、この世界には自動改札機などというものはない。駅員が乗客1人1人の切符を小さな鋏のようなもので直接切っていく方式が取られている。日本史の教科書でしか見たことのなかったものを、俺は直に体験したのだ。
ちょっぴりだが、感動を覚えた。
「さて。行きましょうか、ユウさん」
「おー」
俺たちは目的地である孤児院を目指し、並んで道を歩き出した。
ここ宮都ヴァルデノンというのは、いわゆる首都みたいなものらしい。その話に違わず、ここの騒がしさはゼルネア地区とはまるで比較にならなかった。
特に車だ。ゼルネア地区も人はそれなりにいたが、車はぽつぽつとしか通っていなかった。が、ここは車道という車道にぎっしりと自動車が並んでおり、どこもかしこも渋滞だらけだった。1台1台の車間はわずか30センチにも満たず、クラクションも絶えず鳴り響いている。
また、あたりにはいい香りが漂っている。ニンニクのようなもの、醤油のようなもの、カレーのようなもの。食事処もたくさんあるのだろう。
「あれ? おかしいな……」
そんなどうでもいいことを考えていると、隣で地図を見ながら歩いていたユリンが立ち止まった。
「? どうしたの?」
「ごめんなさい、道を間違えたみたいです。さっきの路地を左でした」
「ああそーなん? じゃ、戻ろう」
「ごめんね」
俺たちは引き返していく。
ーーその後。1時間が、経過した。
「……おーい、ユリンさん? 駅に戻ってきちまったんですけど……」
「あ、あれ? やっぱりさっきのところは真っ直ぐで……いや違う、その前の交差点を……あれ?」
俺はぜーぜーと息を切らし、ユリンは地図とにらめっこをしながらうんうん唸っている。
あっちこっちを行ったり来たりを繰り返し、結局スタート地点に逆戻り。道ってのはちゃんと繋がっているんだなぁ、などと言っている場合ではない。
「ちょ、ちょっと待ってて! 駅員さんに聞いてきます!」
そう言うとユリンは、慌てて駅構内に入っていった。
「……ぷっ」
その後ろ姿を見ていたら、勝手に変な笑いが込み上げてきた。完璧に見えるアイツにも苦手はあるらしい。
俺は彼女が戻るのをぽけーッと立ちながら待っていた。と、その時ーー
「うわッ」
突然何かが背後からどん、とぶつかり、俺はよろめいてしまう。振り返ってみると、そこには1人の男がいた。
180弱の身長。赤いモヒカン頭に、鼻と唇につけられたピアス。がっしりとした体格。……怖い。ものすごく厳つい男だ。
「あ、どーもすいませ……」
「どこ見てやがんだこのクソガキィ!!」
謝ろうとしたら割り込んできた。しかもなんつー怒鳴り声。思わず身体をびくりと震わせてしまう。しかもなんか酒臭い。まだ真昼間なのに。
「や、ぶつかってきたのはそっち……」
「あァ!? なんだテメー、俺のせいだってのか!? 他人に自分の罪をなすりつけるなんてカッコ悪いと思わねェのかよ! ナメてんのか? ナメてんだろ? テメー俺をバカにしてんだろ!?」
「な、なにィ!? てめぇ自分の胸に手ェ当ててみろッ! ブーメランって知ってるか、ああ!?」
往来のど真ん中でみっともなくギャーギャーと騒ぎ立てた俺はその後、帰ってきたユリンにたっぷり叱られたのだった。
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