第161話 雄弥の知らない、仲間たち
ええ。思いましたよ。
セラ・トレーソン。このヒトは最高の先生だって、俺は信じて疑いませんでしたよ。
実際そうではあるんです。ここに来てまだ1日しか経ってないけど、『褒躯』を扱う上でのコツみたいなものはひと通り教えてもらって、しかもそれが俺みたいなバカチンでもすっげー理解しやすかったんですよ。
……ただね? そのなんていうか……やり方が、ちょっとーー
「はびぇえええええええええええ!!」
セラさんの家に来て2日目の昼。彼女の指導のもと特訓に励んでいる俺は現在、屋敷の庭の中央で情けない悲鳴をあげ、全身黒コゲになってノビていた。
身体のあちこちで静電気がパチパチと弾けているのがわかる。そう、電撃をくらったのだ。とびきりキツ〜いヤツを。
「はーいダメ、もう1回最初からやり直し。この調子じゃいつまでたってもお昼ごはんにできないわよー。じゃあシフィナちゃん、また電流お願い」
「喜んでー」
原因はこの2人、セラさんとシフィナである。セラさんの指示を受けたシフィナが、『呑霆』の術によるカミナリを俺にブチ込んできたのだ。
しかも俺がまだ口から煙を吐いているというのに、コイツらはまったく躊躇せずに2発目をブッ放そうとしている。……あんまりだッ!
「バカバカ待て待て人でなしィィィ!! 『喜んで』じゃあねぇだろッ!! だいたい、"カラダに電流を流した状態で腕立て伏せ200回"だと!? できるワケねーだろイカれてんのッ!?」
「集中力を養うためよ。身体の中で魔力をコントロールするために必要な、ね。戦場では相手はこっちの都合なんて汲んじゃくれない。『褒躯』を戦いで使おうというなら、相手にどんな苦痛や攻撃を加えられようとも決して揺るがない強固な集中力が、不可欠なのよ」
そう。これはセラさんが定めた、れっきとした修行の一環なのだ。
腕を組みながら立っているセラさんは俺の魂の叫びをガチガチの論理で粉砕。ぜーんぜん聞く耳を持っちゃくれない。
「いや言ってることも分かるけど、俺の都合は汲んでくれよッ!! ショックで心臓止まっちまったらどーするってんだッ!!」
「バカじゃないの、あたしがそんなヘマするワケないでしょ。ちゃんと、身体の運動に支障の無いギリギリの電圧に保ってるわよ。いーからさっさと終わらせてよ。あたしまでゴハン食べれないじゃない」
おまけに修行を手伝ってるシフィナまで、彼女に迎合して無慈悲なことをヌカしやがる始末。
俺の第一印象は大正解だった。この2人……似たモノ同士ッ!
女好きのジェセリがシフィナにだけはビビッている理由は、このセラおばあちゃんを思い出すからに違いない!
「し、シフィナてめぇ〜……ッ!! 覚えてろよォォ〜……!!」
こんなおっかない女傑2人に囲まれては逃げることもできやしない。俺は半ベソをかきながら、この拷問じみた特訓を続けるのだった。
「こんにちはー!」
その日の夕方、仕事終わりのユリンが俺の様子を見に屋敷を訪ねてきた。……50メートルの絶壁をどーやって越えたんだろうか……??
「あらユリンちゃん、いらっしゃい」
「ご無沙汰ですセラさん! ユウさんがお世話になってます〜!」
セラはそれにあたたかく対応し、ユリンもわざわざお土産のお菓子まで持参している。彼女らの様子を見る限り、セラさんはシフィナのみならずユリンとも親しいようだった。
「イユさんの精神はだいぶ落ち着きました。左手の経過も順調です。だからユウさんは何も気にせず、訓練に集中していいんですからね」
そんな彼女が帰り際に伝えてくれたことは、俺にこのムチャクチャな特訓に立ち向かうための活力を与えるには十分すぎた。
そうだ。俺には、文句を垂れてるヒマなんかないのだ。
「よぉーし……ッ!! やってやるぜぇーッ!!」
ーー雄弥の休日は1週間に2日。それが終われば当然、兵士としての仕事をこなさなければならない。
だが無論、特訓がたった2日で終わるワケもない。
ゆえに3日目からは、雄弥は職場とセラの家を往復する生活を始めた。勤務終了時間になると一目散にセラのもとに直行して訓練に取り掛かり、そのまま彼女の家に泊まって、翌日はそこから直接出勤する。この繰り返し……。
誰が見てもハードなルーティンだ。セラの家までは距離があるし、特訓自体もハイレベル。イユに会いに行くような余裕もない、眼まぐるしい毎日であった。
しかし彼は1度も根を上げなかった。
それは先述のユリンの気遣いのおかげもあったが、何より大きかったのはセラの存在である。
彼女は実に厳しい女性だった。特訓の際、雄弥に対して手心を加えるようなマネは絶対にしない。吐こうが倒れようが徹夜だろうが、彼をとことんシゴき抜いた。
が、それは逆に言えば、彼という男にどこまでも真摯に向き合っているということ。こんな突然現れたワケの分からない青年に、真正面からぶつかってくれているのだ。雄弥もそのことを感じているからこそ、彼女の教えには素直に従った。
そして、もうひとつ。重ねて言うが雄弥は職場とセラの家を往復しているので、寮に帰っていないのだ。
いつもなら毎日の食事も寮でしているのだが、今はそれができないということである。なら、特訓中の彼の食事は誰が用意を?
「今日は何が食べたい?」
……これもセラであった。
訓練が終わると、彼女はいつもこの質問を雄弥にするのだ。そして雄弥が想定する3倍の量の料理を作り、彼がそれにがっつく様を仏頂面のままじーっと見つめてくるのだ。
『……なんか……中学ん時に死んだ、ばーちゃんを思い出すな……』
郷愁すら呼び起こす家庭的なぬくもり。これもまた、雄弥にとっての日々の励みになっていることは間違いないだろう。
そんな毎日を1週間あまり続けた日のこと。
「セラさーん、風呂空いたっすよー」
特訓後の夜中。入浴を終え縁側を歩く雄弥は、身体からほこほこと湯気をあげながらセラを呼ぶ。しかし返事が無いので、そのまま彼女の部屋前まで来てしまった。
すると、部屋の襖が空いていた。雄弥は中をひょこりとのぞき込む。この家で寝泊まりしてそれなりに経つが、セラの部屋の中を見たのは初めてだった。
「あれ? いねーのか。…………ん?」
主人の不在を確認した雄弥だったが、同時にあるものを視界に捉えた。
部屋の奥に置いてある木棚。そこに飾られている小さなフォトフレームと、その中に収められている1枚の写真である。
……見たことのある顔がいっぱい映った写真、なのだ。
「あれは……?」
気になった彼は部屋の中にそそくさと入り、写真立てを手に取ってじっくりと眺めた。
集合写真であった。
写真中央にはいつもの人懐っこい笑顔を浮かべたジェセリが、その右隣にはポケットに手を突っ込んで不機嫌そうにしているシフィナが、左隣にはお淑やかに微笑むユリンが写っていた。
彼らの周りにもタツミ・アルノーを始めとした大勢のヒトがおり、それらは全て、今の雄弥の同僚たち。すなわち、第7駐屯支部所属の兵士たちであった。
「うわ、なんだろコレ……昔の写真か……?」
その写真に写っている者は、みんな今よりも若い……というか、幼い。全員、15歳に届くかどうかというレベルだ。
「それはジェセリたちがヒニケに配属された日に撮ったものよ」
その時彼の背後、部屋の入り口から、いつの間にかいたセラが声をかけてきた。
「あ! す……すみません勝手に入っちゃって」
「いいのよ」
セラはしずしずと雄弥に歩み寄り、彼の持つ写真立てが置いてあった棚から1冊の分厚いファイルを取り出すと、それを彼に広げて見せた。
「ユウヤくんは、ヒニケに来て半年くらいだったわよね? ならまだみんなのこともよく知らないでしょう」
それは古い写真がぎゅうぎゅうに保管された、アルバムだった。
写ってる写ってる。今より幼いユリンが、シフィナが、ジェセリが、他のみんなもいーっぱい。
「おおッ!? す、すげーッ!」
その新鮮さに、雄弥は大興奮。セラと一緒に畳に座り込み、自身の知らぬ仲間たちの思い出を堪能する。
怒ったシフィナに追いかけ回されているジェセリと、その彼らの様子を見て大笑いしているユリンやタツミの写真。
「今の第7支部のコたちは、ほとんどが練兵学校時代の同期でね。みんな昔から仲が良かったわ」
この屋敷の庭で武術の特訓をする、中学生くらいの年頃のユリンとシフィナの写真。子供ながら、2人とも真剣な表情である。
「ユリンちゃんとシフィナちゃんも、今のあなたと同じようにジェセリのツテで私のもとにやってきたのよ。私たちを鍛えてください〜、って。2人とも可愛くていいコでね……ユリンちゃんなんか私のことを、本当のおばあちゃんみたい、なんて言ってくれて……」
豪華なごちそうがずらりと並んだでっかい円テーブルを囲み、天地がひっくり返りそうな勢いでどんちゃん騒ぎをしている第7支部の面々の写真。みんな漏れなく満面の笑顔であり、ユリンなんて酒を飲みすぎたのか眼つきがトローンとしている。
「これはジェセリが支部長に任命されたときのお祝いパーティね。酔ったシフィナちゃんが雷の制御ができなくなっちゃって、大変だったらしいわ」
セラは終始、微笑ましく写真を見つめていた。
「ん……ッ?」
その時、アルバムのページをめくっていた雄弥は1枚の写真に眼を止めた。
これまでよりもさらに幼いジェセリが、1人で写ってる写真である。外見から判断するに、おそらくまだ10歳くらいだろう。
だが、違う。今のジェセリと全く違うのだ。
もちろん背格好が、というつまらないことではない。……顔だ。顔つき、表情が、まるで別人なのだ。
その写真のジェセリ坊やは、笑っていなかった。全てを憎むような、出会う人々全員を殴り倒してしまうような、鋭利な殺気が宿った表情をしていたのだ。
ちゃらんぽらんでどんなことがあっても基本的には明るい笑顔を絶やさない現在のジェセリとは、似ても似つかなかった。
「あ、あの〜セラさん。これジェセリっすよね? な、なんかあったんすか? この時……」
幼子とは思えない面立ちにびくびくしながらも、雄弥はセラに聞かずにはいられなかった。
その写真を見たセラはわずかに、紫色の瞳を悲しみで濁らせる。
「…………私のせいなのよ」
「へ??」
「あの子の両親……私の息子夫婦は、あの子が生まれてすぐに亡くなってね。それからは、私が親代わりみたいなものだった」
「そして、私は間違えた。自分の信じる"強さ"をあの子に押し付けるあまり、あの子の気持ちを殺し続けてしまった。……そうでなければ、あの子が兵士になんてなることもなかったでしょうに……」
ーージェセリ、お前はなんで兵士に?
ーー他にやることも無かったからさ。おめーだって同じじゃねぇのか?
彼女のその独白に、雄弥はジェセリと以前交わした会話を思い出していた。
「…………セラさんは、ジェセリには兵士になってほしくなかったんですか?」
「……命をかけて、命を守る。兵士とはもちろん、誇り高い素晴らしい仕事よ。……でもね? いないのよ。自分の孫がいつ死んでもおかしくないような仕事をすることを、喜ぶ者なんて……いないの」
ぽつぽつと、まるで懺悔でもするかのように語るセラ。雄弥はそれ以上何も聞けない。
やがてセラが、ぱたん、とアルバムを閉じた。
「ユウヤくん……あなたもよ」
「えッ?」
「あなたも死んじゃだめよ……? どんな特訓をしても、どんな力を手に入れても、勝てない相手……敵っていうのはいるの。その時は迷わず逃げるのよ。あなたも、ジェセリも、ユリンちゃんもシフィナちゃんもみんなも……死んじゃダメなのよ……」
気難かしそうな顔はいつもどおり。しかし、雄弥の眼をじっと見つめて静かにそう訴えるセラの姿は……どこか寂しそうで。
雄弥は気の利いたことも言えず、おずおずと首を頷かせるだけだった。
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次回第162話は、「メイド・オブ・イユ」です。




