第159話 セラおばあちゃんとのゲーム
屋敷の中、畳の敷かれた和室客間にて、3人は座布団に腰を下ろしていた。
シフィナと並んで座る雄弥と、机を挟んだ彼らの向かい側に座るセラ。屋敷周りに人気などありはしないので、室内も当然、静かなものであった。
「ーーいいわ。『褒躯』の……体内魔力コントロールの指導……そのお話引き受けましょう」
「ほ、ホントかッ!? やったぁ! ありがとうございますッ!」
雄弥から改めて事情を聞かされたセラ・トレーソンは、ありがたくも彼の頼みを二つ返事で了承した。順調に事が運んだと思い、雄弥は大喜び。
……だが、それが彼の甘さ。世の中そうそうおいしいハナシなど無いのだ。ましてやこのセラは、それこそそんな単純なお方には見えないというのに。
「ただし。条件があるわ」
「へ? じょ、条件……?」
ほーらこの通り。ズズ、と湯呑みからお茶を飲むセラは、間髪入れずに怪しげな枕詞を割り込ませてきた。
雄弥の隣に座るシフィナも、彼女の言葉に心当たりがあるらしい。その証拠に、切り傷の痕が残る右眼の端をぴくり、と揺らしたのだ。
そして実際、セラが提示した条件は実に突飛なモノであった。
「私とひとつ、ゲームをしましょう」
雄弥は隻眼をぱちくりさせる。
「?? げ、ゲーム……ですか?」
「そう……ゲームよ。見ての通り、私が暮らしてるのはこんな場所でね。あなたやシフィナちゃんみたいなお客様なんて滅多にいらっしゃらないの。だからたまに誰かが来た時には、毎回ちょっとしたゲームをするの。それで日々の退屈を晴らしてるのよ」
「は、はあ……それを俺もやる、ってことすか?」
「そうよ。……でもね、ひとつカン違いしないでほしいのはねーー」
ゆらり。
その時、雄弥は空気の変化を感じ取った。
室内の景色がゆっくりと、陽炎のように歪み出す。酸素や二酸化炭素……部屋に満ちていた全ての気体が、その分子が、何かに怯えるようにその身を震わせているのだ。
そしてその原因がセラにあることは、言うまでもなかった。
「ーー私はヒマじゃないの。ついでに聖人でもないし、お人好しでもない。私を楽しませてくれない、満足させてくれないお客様のお願いなんて、一切たりとも聞く気はないわ」
「このゲームはいわば交換条件よ。私にお願いを聞いてほしかったら、あなたも私の要望を叶えなさい。そしてそれはすなわち、この私を楽しませること。それができるかを試すためのゲームよ」
「今から行うゲームにあなたが勝てば、私は責任を持ってあなたを指導すると約束しましょう。……いかがかしら? ユウヤ・ナモセくん」
……本気だ。
雄弥には、すぐにそれが伝わってきた。
表情こそやはり変わらない。だがその全身に纒う雰囲気や、声に乗る"圧力"。セラは悪ふざけやおどかしのつもりでこんなことを言ってるのではない、と、直感で悟った。
「…………な、なるほどな……。言ってることはもっともだ……。たしかにこっちだけ一方的に要求を押し付けるのは、不公平だぜ…………」
「ご理解いただけて嬉しいわ。それで? やるの? やらないの?」
「……へッ! トーゼン、やるに決まってんだろ! こっちゃワラにも縋りてぇ状況に追い込まれてんだ! このまますごすご帰れっかよッ!」
眼の前の老婦のあまりの迫力に冷や汗を滲ませながらも、雄弥は堂々と啖呵を切る。そうだ。彼にはもう、他に頼れる人がいないのだ。
「よろしい……では早速始めましょう」
するとセラは湯呑みを机の端に置いて立ち上がり、部屋の隅にあった箪笥の引き出しから長方形の小さな箱を出して持ってきた。その中には、雄弥もよく知るカードが入っていた。
『! これは……トランプカード!? この世界にもあるんだ……!』
彼が懐かしい遊戯道具に驚くのも束の間、再び彼の向かいに座ったセラはカードを取り出しながらこれまた珍妙なことを言い出す。
「さてユウヤくん。"神経衰弱"というゲームはご存知かしら?」
「……は? ……あ、ああ。シャッフルして混ぜた全てのカードを床とか机に裏返しで並べて、それを1枚ずつめくってペアを揃えてく……ってヤツだろ? え、だよな?」
「その通り。今回はそれで勝負といきましょう」
セラはかなり年季が入って薄汚れたトランプカードを、手際よくシャッフルしていく。
「あなたは『褒躯』の術を我が物にしようとしている。……そういう目的ならば、この勝負は今のあなたには最も相応しいわね」
セラがどことなく含みを持たせた呟きを漏らすが、雄弥は構っていられない。
だってあまりに不自然。妙だ。彼女があんな真剣な顔で提示した交換条件が、こんな子供の遊び。ギャップがどうとかという問題じゃない。警戒しない方が無理がある。
『な、なんなんだいったい……!? 何をするのかと思えば、マジの遊びじゃねぇか! 子供でもできるカンタンなヤツだぞ! ……まさか、このヒトにとってはホントにただの暇つぶしなのか? ただ俺が、勝手に身構えてただけなのか……!?』
そうこう考えてるうちに、セラが机の上一面に、裏返したカードを全て綺麗に並べた。ゲームの準備完了である。
「では最後にルールを決めておきましょう。勝負は全部で3回まで。そのうち1回でもあなたが勝てば、私はあなたの指導を引き受けます。それでいいわね?」
「え、3回もいいんすか?」
「これくらいのハンデはあげないとね。あなたみたいなボウヤが相手ですもの」
カッチン。
……今のひとことで、雄弥は警戒だとか疑念だとか、そういう感情をフッ飛ばした。代わりに溢れ出てきたのは、このセラ・トレーソンに対するイライラである。
『そ、そうかこのバアさん……俺のことナメてやがるな……!? いくら俺でも、こんな遊びに手こずるわきゃねーだろうがよ! ……まぁとにかく、思ったより楽そうで助かったぜ。さっさと勝って、特訓を始めてもらわねぇとな』
「このゲームは後攻のほうが有利だから、それはあなたに譲るわ。私からいきましょう」
「へーへー、至れり尽くせりでどーもッ!」
こうして、隣でシフィナが見守る中、彼ら2人のトランプ勝負は幕を開けた。
先行はセラ。両手で同時に、ぴっしりと並べた52枚全てのカードの裏面を、探るようにさわさわと撫でていく。
そして右手で1枚、左手で1枚を掴む。最初にめくるカードはそれらに決めたらしい。そのままオープン……。
……それぞれ、スペードとクラブの『8』。見事にペア成立である。
『! くっそ、マジか! いきなりのラッキーかよ!』
いきなり差をつけられ、悔しがる雄弥。
神経衰弱は、相手と自分がめくったカードの位置をどれだけ記憶していられるかがカギになるゲームである。普通に考えれば、なんの情報も無い先行1ターン目にペアを揃えるのは、運否天賦に賭けなければ不可能。雄弥ももちろん、そう思っていた。
……この時までは。
ペアを出したセラは、そのまま自分のターンを続行する。再び右・左手で1枚ずつカードを選び、同時にオープン。
ハートとダイヤのエース。またもやペア確保である。
『んなッ!! 2連続!? なんて運のいいバアさんだ……!!』
初手の倍、驚く雄弥。
またもやセラのターンは続行。両手に1枚ずつカードを取り、オープン。クラブとハートのキング。3連続ゲットだ。
また彼女が続行。4回目……またペア成立。さらに続行、5回目。……また成立。6回目成立、7回目、8回、9回ーー
「…………え…………ッ!?」
……あまりの異常事態に雄弥が絶句する頃には、セラは10ペア、20枚ものカードを取得していたのである。
「あら、間違えちゃった。さぁユウヤくん、あなたの番よ」
11回目でようやくハズした彼女だが、それがなんだ。もはや今更すぎる。
「ば……ば、ば、ば、バカな!! こんなのありえない!! あるわけない!! 何をしやがった!! いや何か……何かイカサマをしたな!?」
「まさか。言ったでしょう? 私は楽しみたくてあなたとのゲームをしているのよ? 対等な勝負をね。イカサマなんてつまらないことをする理由がどこにあるの? あなたにできないことは、私もやらないわ」
雄弥は至極真っ当な疑い、抗議をするが、セラの態度は微塵も揺るがない。ウソをついたり、やましいことをしているような雰囲気は何も無い。
……むしろ、彼女の方が雄弥に対して、逆になにか……なにかを"訴える"ような視線を送っていた。
「ユウ。あたしも保証するわ。セラさんはインチキみたいなことは何もしてないわよ」
「……っぐ……!!」
おまけにシフィナまでもがそんなことを言い出す始末。どうやら彼女はカラクリを知っているらしい。
卑怯・卑劣を何よりも嫌う彼女の証言まであるとなれば、雄弥も感情を抑えるしかなかった。
ーーその後。結局彼は1枚のカードも取れないままセラの総取りを許し、1戦目の惨敗を迎えたのだった。
『だ……ダメだ……!! これじゃ勝負にならねぇ!! どうすりゃいい……!! このバアさん、いったいどんな手ェ使ってやがるんだ!?』
焦りばかりが募る雄弥。
なんの手がかりも掴めぬまま、彼は2戦目に臨む。
おもしろいと感じていただけたら、ぜひ評価やブックマーク登録をお願いいたします。感想などもいただけるとめちゃくちゃ嬉しいです。




