第156話 意識外の再会
「ーーってことでな。その敵は……ザナタイトは、相手を別の空間に引きずりこむ能力を持ってる。ヤツがいなくなったら、俺も元の場所に返されたってワケだ」
四畳半にも満たない、狭い部屋の中。
背中と左脚を包帯でぐるぐる巻きにされて椅子に座る雄弥は、眼の前に立つジェセリとユリンに、自身の身や街に起きたことの全てを話した。
「……次元の狭間……異空間ねぇ。アタマの痛くなるハナシだわね〜……」
腕組みをしながら聞くジェセリは、すました顔をしながら首をコキコキと鳴らす。
「実際に体験した俺が聞くことじゃねーんだろうけど……そんなことができるのか? そんな魔術特性なんて、あるのか?」
「俺は知らにゃいねぇ。まーでも、無いとは言いきれんさ。魔術の可能性は未知数、言い換えりゃ無限大だ。その……"ザナタイト"ってヤツが独自に編み出した術かもしれねぇしな。空間……空間を操る力、と推測するのが無難かな。……今んところは」
「"ザナタイト"……まるで魔狂獣のコードみたい……」
すると険しい顔をして考え込んでいたユリンが、そんなことを言い出した。
「いや、それはねーよ。サイズや形も俺らと変わらんかったし、会話だって気持ち悪いくらいにできたんだ。あんなのが魔狂獣であってたまるかよ」
雄弥はすぐに否定するが、そこで突然、ジェセリがその紫色の瞳の中に密かに、鋭い光を宿らせる。
「"ザナタイト"がヒトであることを前提にして、だ。ユウ、"中身"に心当たりは無ぇのか? そいつはオメーのことを知ってたんだろ?」
「いや……まったく……。男が女かすらも……」
「……そーかい」
彼の視線は、明らかに雄弥に対して向けられている。訝しむような……何かを疑うような眼つき。しかし、当の雄弥本人はそれに気づいていない。ユリンでさえもだ。
「ま、それはあとでまたゆっくり聞かしてもらうわ。俺はもっかい街を見回ってくる。ユウにコテンパンにされてトンズラこいたとはいえ、ヒトをなんの痕跡も残さず消しちまうような力を持つヤツがまだ生きてるっつーのは気がかりだ。そいつとゲネザー・テペトの関係も洗わなきゃならねぇしな」
「お、おう。……ワリィ。俺がちゃんと仕留めていれば……」
「よせよ。そいつは言いっこ無しだ」
ジェセリは脇に置いてあった白鞘の刀を腰帯に差し、部屋の扉に手をかける。……そこで、ピタリと止まった。
「なあ、ユウ」
「ん? なに?」
「ーーオメー…………ホントにただの人間か…………?」
彼は扉と向き合ったまま……雄弥とユリンに背を向けたまま、いまいち本意の掴めない質問を投げかけたのである。
「え…….ッ? ど、どーいう……イミ……?」
「ジェス……? 何を……?」
回答を求められた雄弥だが、当然、ポカーン。それはやはりユリンも同様だ。
だが狭い部屋にしばしの沈黙を流したのち、ジェセリはくるりと首を振り返らせた。雄弥たちに向けられたそれは、いつもの彼の……無邪気な笑顔であった。
「……いや〜! オメー、いっつもいっつも見るのもキチィくらいの大怪我しまくってんのに、なんだかんだ生き延びてんじゃん? オメーこそ、実は俺らの知らねー不死身能力の魔術でも持ってんじゃねーのかな〜、って思ってよ! な、どうなんだ?」
「は、はあ?? こんな時になぁに言ってやがんだ! んな大層なモンがあんなら、こんなボロ雑巾みてーな身体になってねーんだよ!」
「なっはっは、だよね〜! じゃ、お大事にな! 行ってきまーす!」
そのまま、ジェセリは突風のごとき勢いで扉の向こうへと走り去った。残された雄弥はちっとも釈然としていない。
だが。彼と付き合いの長いユリンは気づいた。ジェセリの態度が見せかけあることに。最後の発言が、単なるごまかしであることに。
『……ジェス……。まさか、あなた……』
「ユリンさんッ!」
しかし彼女がその懸念を雄弥に伝えることはできなかった。突然部屋のドアが外から勢いよく開かれ、1人の兵士が入ってきたためである。
「ああよかった、ここにいたんですね! 来てください! 重傷者の処置をしていただきたいのですッ!」
「は……はい! すぐに!」
さすがユリンはプロである。すぐさま気持ちを切り替え、その兵士に小走りでついて行きながら身支度を整えていく。
「……って、なんでユウさんまで来るんですか! あなたは休んでていいんですよ!」
「バカ言うない! こんぐらいでダラけていられるか! なんか運んだりとかくらいできるさ!」
ギプスを巻いた左脚をヨタヨタさせながら、流されるようにして雄弥も同行してしまうのだった。
そうして彼らが来たのは、仮設の救護詰所。周囲には慌ただしく駆け回る医療従事者と、ベッドの上で苦しそうに横たわる怪我人たちでごった返していた。
「こちらです、ユリンさん! 15〜16歳くらいの女の子なんですが、左腕全体が複雑骨折しています! 出血も多く、衰弱もひどいです!」
「分かりました、この場で処置します! 輸血の準備! あと、栄養剤の用意も!」
現場に"入り"いよいよ一触即発の苛烈さを纏ったユリンは呼びに来た兵士に促され、詰所の1番隅っこに寝かされていたお目当ての患者のもとに辿り着く。
そこで、絶句した。……雄弥は。
「……………………イユ……………………?」
「? ユウさん、今なにか言いました?」
自身の背後から聞こえた彼の声に反応し、ユリンは振り返る。
だが雄弥は右側しかない眼球を瞼が裂けそうなほどに見開きながら硬直。彼女の言葉が届いている様子も無い。両手の指先と眉端を小刻みに震わせながら、ベッドの上にいる患者の女の子を凝視していた。
「……イ、ユ……ッ? ……イユ……イユ!! イユッ!! な、なんで、なん、なんでここにッ!?」
何度も見た。全身を何度も、舐め回すように眺めた。これが幻かもしれないとだって考えた。
だが、雄弥は確信した。この患者は……この女の子は、イユであると。
マヨシーを出てから何度も夢にすらみた顔だ。何度また握りたいと思ったかも分からない手だ。間違えることなど、絶対にあり得なかった。
「イユ……さん、って……あなたを助けてくれたっていう……!?」
「そ、そうだよ!! こいつだ!! イユだよこいつは!! おいイユ!! しっかりしろッ!! どうしたんだ!! こんなところにいる、どうしてお前がッ!!」
彼は前にいる人たちを無理矢理押し除けてイユへと駆け寄り、無惨な姿で横たわる彼女の肩を掴んで錯乱。しかしどれだけ大声で呼びかけようが、昏睡状態のイユが反応することはない。
「ユウさん、下がりなさい!! 揺らしちゃダメッ!!」
ユリンに咎められ、他の兵士たちに取り押さえられ、暴れる雄弥はイユから遠ざけられた。
ーー燃えてる。
街が。マヨシーが。私のふるさとが。
住人たちが、向こうへ逃げていく。私も逃げなきゃ。みんなについて行って、避難しなきゃ。
あ。おじぃちゃんだ。よかった無事だった。一緒に逃げよ? 1人じゃ心細かったの。
……ねぇ。待ってよ。なんでそっちに行くの。なんで止まってくれないの。私だよ、イユだよ。気づいてないの?
待ってよ。置いてかないでよ。1人にしないでよ。寂しいよ。怖いよ。
ーーえ。なに。刃物が……剣が。
黒紫色の剣が近づいていってる。おじぃちゃんに。
誰が、誰がやってるの。……いない。見えない。どこからやってるの。
だめ、だめ。やめて。何するの。
やめて。やめて。やめて。そのヒトは私の大事な、大事な家族なんだよ。
やめて。
やめて……ッ!
やめてええええええええええええええッ!!
ーーイユの叫びも虚しく、彼女が祖父と慕った老人の首は刎ねられた。
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