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第155話 イユの姿……




「消……え、た……!?」


 想像しうる物理法則の全てを無視して姿をくらませた敵に呆然とする雄弥。


 もちろん考える。ヤツはまだどこかに潜んでいるのではないか。透明化の術でも使って、奇襲の機会を伺っているのではないか。

 だが感じない。あたりをいくらぐるぐる見渡そうが、気配も何も感じない。……ザナタイトは、本当に消えてしまったのだ。


「くそが……なん……なんだったんだよアイツは……。……う!! っおご……げぇええええッ」


 戦いの緊張感から解放された瞬間、『褒躯(ほうぐ)』の術の反動が彼の内臓という内臓に襲いかかり、行使した力の代償を請求。地面で四つん這いになり胃の中身を1滴残らず吐き出すことを強要する。


 ーーその最中(さなか)、彼のいるこの空間に異常が起き始めた。

 突然、景色の全てがぐにゃぐにゃと歪み始めたのだ。地面も、空も、太陽も。それら全てを包む赤黒い闇も。

 吐くのでいっぱいっぱいの雄弥は、それに気がついていない。どうやら彼の身体への影響は無いらしく、お構いなしとばかりに何もかもがねじれ、ひっくり返り、ミキサーの中身のように攪拌(かくはん)されていく。



「げほッ、げほ…….ッ! ……はぁ、はぁ、は……ち、ちくしょう……。前よりは……マシだったかな……」


 3分あまり嘔吐を続けたのち、雄弥はようやく落ち着いた。

 そこで気づく。周囲の景色が、先ほどとは全く違うものになってることに。


「な、なんだ……? また場所が変わってやがる……!」


 彼は四つん這いのままその場を見回す。

 暗い。さっきまでいた異空間よりも、ここはさらに暗い。そして……狭い。壁に跳ね返された吐息で顔が蒸れてしまうほどに狭い。


「今度はやたらと狭いな……。それになんか……あったかい……。……ん?」


 すると雄弥は、自身のすぐ眼の前にそびえ立つ2本の"棒"を認識する。

 景色同様、真っ黒な棒である。太さはそこまでではない。彼の腕よりほんの半回り大きい程度。それが2本、縦に生えているのだ。


「……なにコレ。なんかの……柱……??」

 

 雄弥は好奇心に促されるまま、そのうちの1本をきゅッ、と鷲掴(わしづか)みにした。

 


「きゃあああああああッ!?」


「うおおおッ!? な、なんだ!!」



 瞬間、()から落雷のような悲鳴が轟き、彼が握った柱らしきものが2本ともバタバタと暴れ出した。

 その悲鳴は、非常ぉ〜に聞き馴染み深い声である。驚きながらも、まさか……と雄弥が思ったのと同時に、彼の眼の前の"壁"がばさりと割れ、隙間から白い光が差し込む。


「ーーえ!? ちょ……ゆ、ユウさん!? いつの間に!? そんなところにいたんですか!?」


 ……そしてその光の中心にいたのは、逆さまの状態で雄弥を覗き込む、ユリンの仰天顔であった。


「へッ!? ユリン……!?」


 つまりこういうこと。柱だと思ったのは、黒いストッキングを纏ったユリンの脚。雄弥がいたのは、彼女のロングスカートの中だった……。


「はあ!? おいユウてめぇ!! 俺を差し置いてナニ羨まし……じゃない、けしからんコトしてやがんだッ!!」


「ユウヤさま〜ッ!! よくぞご無事でーッ!!」

 

 騒ぎを聞きつけ、顔を真っ赤にしたジェセリ・トレーソンが。加えて、人眼もはばからず涙を垂れ流すセレニィ・ウィッシュハウアーが、超特急で現れる。


『…………も…………戻った…………のか…………?』


 ユリンがよいしょ、と足を上げたことで、スカートの中からお天道様のもとへと晒される雄弥。

 ……本物である。彼が感じる全てが本物だ。ユリンも、ジェセリも、他の同僚たちも。ここが、ザナタイトが破壊した街であることも間違いない。瓦礫も焼け跡もそのまんまだ。


「て、ていうか……どうしたんですかそのケガ!! まさか敵に!? 何があったんですか!?」


「……は、はは……。……さ〜て……どこから話しゃいいものやら……」


 雄弥のボロボロにされた背中と左脚を見た途端、ユリンは顔を真っ青にして気を動転させる。彼女のそんな姿すらも、孤独から解放されたばかりの雄弥にとっては、圧倒的な安心感を与えてくれるものだった。






 雄弥がユリンに肩を貸されて運ばれていったその頃、被災現場では第7支部兵士たちによる救助活動が継続されていた。

 ザナタイトの破壊活動の爪痕はひどいもので、瓦礫の下に埋められた市民をいくら助け出してもキリが無い。その1人1人の命を繋ぎ止めんと、兵士たちは皆懸命に走り回る。


「おーい!! こっちにも担架(たんか)回せー!! 負傷者がいるぞーッ!!」


 そしてまたひとつ、救うべき命を発見。1人の兵士の呼び声に応じて、他の仲間たちがすぐさま駆けつける。

 彼らが今回見つけた要救助者も、多分に漏れずひどい状態である。そもそも全身が泥と擦り傷にまみれてるのもそうだが、特に左腕は肩から下が思いっきり絞られた雑巾のように捻じ曲がっていた。骨が完全に砕かれていたのだ。


「まだ子供だ……!! 女の子だ……!! かわいそうに……!!」


「息はある!! 急いで搬送するんだッ!!」


 無惨な姿で倒れている、()()()()()を被った女の子。兵士たちは彼女を、担架に移すために抱き上げた。


 ーーその振動で頭巾が脱げ、少女の顔が露わになる。

 そしてそれを目の当たりにした兵士たちは、全員揃って息を止めた。



「!? お、おい……!? この()は……!?」


「混血……!! こ、混血児だ!! この真っ白な髪と皮膚……間違いないよ!! 腕や脚が泥だらけで気づかなかった……!!」


「ホンモノは初めてみたな……!! ……っていうか……え? う、ウチの地区に混血なんていたっけ……? ……いやいねぇよ!!」


「ええ!? じゃこの娘どっから来たのよ!?」



 彼らは皆動揺。口々に騒ぎ出す。


 左腕を潰し、意識を失っている少女。

 身につけている白のブラウスや羊羹色(ようかんいろ)のスカートを、血やらなにやらで汚した少女。

 ……髪も身体も、爪や唇に至るまで、混血の証たる純白色に染められた少女。



 イユであった。

 彼女は紛うことなき、イユ・イデルであった。


 


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