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第154話 諸刃の剣、解放せり





『ナンダ!? コ、コノ手応(テゴタ)エハマサカ……『褒躯(ホウグ)』ノ特性(トクセイ)!?』



「でえええええッ!!」


「グ……ッ!!」


 動揺するザナタイトは力勝負での逆転負けを喫し、剣を生やした腕ごと身体を弾かれ、20メートル近くもフッ飛ばされる。

 偶然やら奇跡やらが起きてこうなったのではない。その証拠に、コイツを押し除けた雄弥の身体からは、天の川のような神秘的な(きら)めきを放つ"銀色"の魔力が立ち昇っていたのだ。


『バカナ……ドウイウコトダ……ッ!! 菜藻瀬(ナモセ) 雄弥(ユウヤ)ガ『褒躯(ホウグ)』ダト!? "(ワタシ)(ナカ)"ノ事前(ジゼン)データニ、ソンナ記録(キロク)()イ!!』


 ザナタイトは今日初めての、そして大きな焦燥に取り憑かれていた。仮面で表情を覆っても隠し通せないほどに。

 そしてそれは当然、対峙する雄弥にも伝わっている。


「どーしたよ……てめぇにできて俺にできないことは無かったんじゃねぇのか? それなら当然……この術のことも知ってるはずだし、てめぇも使えるハズだ……。さぁ……出してみろよ……! 『褒躯』の能力を……ッ!」


「…………ッ」


 挑発する雄弥。拳を握って黙り込むザナタイト。……どうやら結論は出たようだ。


「……そうかい。できねぇのか。これで、てめぇの言った"明確な差"は……少しは俺の方に傾いたかな……?」


貴様(キサマ)……ッ!! ()()ルンジャアナイゾ!! 小僧風情(こぞうふぜい)ガァッ!!」


 ついに激昂したザナタイトは再びスラスターを噴かして雄弥に肉迫し、その切先(きっさき)を彼に突き打つ。

 だがなんと雄弥、その一閃を指でつまんで止めてしまう。


「!? ナンダト……ゴハアッ!!」


 驚くザナタイトに構わず、雄弥はそのまま攻め手をかけていく。

 剣に触れられるほどの近距離から顔面をブン殴り、遥か向こうへ大きく吹っ飛ばしたところを一瞬で追いつく。

 さらに真上からの蹴りで地表に叩き落としーー


「おおおお!!」


「ゥグガアアアッ!!」


 地面に身体がめり込んで仰向けになっているザナタイトの腹に、"砥嶺掌(とれいしょう)"の拳打を(ねじ)り込む。

 悲痛な叫びとともに、ザナタイトの腹部の鎧には巨大な亀裂がはしる。


「ッグゥウ……!! オ……ノレェェェッ!!」


 ギリギリで意識を繋いだザナタイト、倒れた姿勢のまま両脚から推力火炎を噴射し、1度この場を退避。

 だがすぐさま攻勢へ。退避先からバネで弾かれたように再び雄弥に攻めかかった。


「シィィイアアアアッ!!」


 右腕の魔力剣を、銀色に染まる少年へ、その顔面のど真ん中へと振り下ろす。

 だが当の雄弥は逃げるどころか、なんと自身も右の手刀を振り込み、真っ向の勝負を臨んだ。


「だーーーッ!!」



 バギィィインッ!



 ……勝ったのは、雄弥の右手だった。


「ンナ…………ッ!?」


 ザナタイトが腕から生やしていたブレードは根本近くからへし折られ、飛ばされた剣先は黒紫色の微粒子となって消滅。凶器は失われたのだ。

 雄弥は残った左腕で、戦慄し動きが止まっているザナタイトの横っ腹にもうひとつ、"砥嶺掌(とれいしょう)を見舞う。それをどうにか左腕で受け止めようとするザナタイトだったがーー


「ッギ……ガッハアアアアァアアァァ!!」


 防御は間に合った。自身の腹と雄弥の左手の隙間に、ガードを滑り込ませることはできた。……ただ……シンプルに威力が強すぎたのだ。

 ザナタイトは防御の左腕を潰された挙句全身まとめてブッ飛ばされ、今度は100メートル以上先の地面に顔面から激突。とうとう体力が尽きたのか、そこで動かなくなってしまった。




「ーーッはぁ……は……ッは……はあ……ッ!」


 ……鼓動が、早過ぎる。たかが1回1回の心拍で、心臓そのものが破裂しちまいそうだ。

 視界も霞んできた。酸素が足りないせいだ。いくら呼吸しても、肺への供給が追いつかない。


 あの野郎は倒れた。だが正直、俺自身もいつそうなることやら。グシャグシャにされた左脚はもちろん、まともな右脚も……いやもう、腰から下の感覚が無い。

 だからイヤなんだ、『褒躯(この術)』を使うのは……! コイツの負担は、『波動(はどう)』なんぞの比じゃねぇ……ッ!


 ……だがやっぱり、現実ってのはちっとも甘くないらしい。


「…………ウ…………ッグォ…………」


 起きやがった。あのザナタイト……立ち上がりやがった。

 

 鎧の腹にはでけぇヒビ。左腕に至っては、関節じゃないところであっちこっちに捻じ曲がってる。ありゃどう見ても折れてる。粉砕複雑骨折だ。なのに……立ちやがった。

 ……認めるしかねぇ。アイツ、クチだけじゃねぇ……! タフさなら完全に俺より上だ……!


 今この状態での継戦は、それすなわち俺の負けだ。まだ『褒躯』の術は……銀色の魔力は生きちゃいるが、本体がオシャカじゃどうにもならない。


 ……が、俺の脳裏に死の覚悟が舞い降りそうになったその時。

 フラフラの両の脚で姿勢を整えたザナタイトが静かに、そして薄気味悪く笑い出した。




「ーーク…………フッフッフ、ソウダ…………ソレデナクテハ(タタカ)意味(イミ)()イ。…………マタ、(タノ)シマセテクレヨ…………?」




 真っ白な複眼をジラリと光らせるザナタイトは、その捨て台詞を残して…………消えた。

 この血と闇が混じり合ったような空間の背景に溶けるようにして、その姿を消したのだ。



 音も、光も、何も無い世界。感じるのは、聞こえてくるのは、俺自身の吐息だけだった。




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